Genocider from the Dark 15
*
「――それで、さっきから
食後のお茶を飲みながら――
アルカードは少々批判的なもののこもった彼の視線に肩をすくめ、
「そうなんだ。少々からかいすぎたらしい」
「うちの食事事情は
「ふむ」
アルカードは手元の焼ける様に熱いコーヒーを一口すすって、
「覚えておくよ。ところで――」
彼が話し始めたところで洗い物が終わったのか食堂に戻ってきた
「今人手は何人動かせる?」
「三十人程度――必要なら香港の警察の手を借りることも可能です」
その言葉に、吸血鬼がうなずいてみせる。
「頼む。香港のすべての出国手段に見張りをつけてほしい――特に日本、台湾、韓国に船便が出ている港を」
「すぐにあれが出国するとお考えですか?」
「俺ならそうする――俺なら今挙げたみっつの国のどれかに逃げ込むな」
「可能性が高いのは海路で密航かな――それなら記録が残らない。飛行機だとまず間違い無く面が割れるし――空港内に監視カメラが山ほどあるだろうし、対テロの関係で監視が厳しい。船と違って、どこからでも接近出来て忍び込めるわけでもない――滑走路にある飛行機の機内に忍び込むのはまず無理だ」
そこまで言って、吸血鬼は軽く腕組みした。
「『クトゥルク』が現代文化に関して俺と似た様な程度の知識を持っていれば、迷わず船の密航を選ぶだろうな」
「KCRは……?」
カオルーンから北へと延びる鉄道の名を挙げて、
「中国本土へ、ってことか? たぶん無いだろうな」
†
「KCRは……?」
こちらに視線を向けて、
KCRはKowloon Canton Railway、九廣鐵路の略称で、香港に四つある鉄道会社のひとつだ。
香港にある鉄道会社は四つ――香港島の北部を東西に走っている『トラム』、四つ(エアポートエクスプレスを含めると五つ)の路線を持つ地下鉄『MTR』、
そもそも
理由はいくつかあるが――第一に、中国は全土が観光地というわけではない。
聖堂騎士団が把握している限り、へぼ死霊術師以下『クトゥルク』の
その理由は簡単だ――まず第一に、食糧の確保が容易だ。
観光地は――当たり前の話だが――観光客が多い。特に外国人旅行者の場合、同行者ともども行方不明になってしまえば、捜索願を出す人間は少なくとも国内にはいない――たまたま別行動をしていた同行者が捜索を願い出ても、それがまともに受理されることはまず無い。
たいていの吸血鬼は、獲物の狩り場に繁華街を選ぶ――民家を襲うことはまず無い。一家の住人が誰かしらいなくなれば、残った住人が捜索願を出すはずだからだ。
もしもたまたま襲った民家の家族が誰か不在にしていて、襲撃後に帰宅すれば、その家族が捜索願なり、内部の状態によっては通報することになり、人間たちの警戒が強まる。
家族全部が一度にいなくなれば露見する可能性は減るが、それも所詮時間の問題だ――働き手が会社に出勤してこなくなれば、勤め先の誰かが連絡を取って状況を確認しようとする可能性があるからだ。
結局、観光客を襲って餌にするのが一番足がつかない、それが無理なら最低限外出中の相手だ。単身生活者なら、すぐに捜索願が出されることはまず無いとみていい。
すなわち観光客が多い土地や都心部というのは、それだけで食糧が確保しやすいのだ。
全土が観光地の香港と違い、中国国内には万里の長城や紫禁城といった世界に名だたる世界遺産、観光地はもちろんあるのだが、逆に言えばそういった有名観光地に外国人が集中し――それ以外の場所で外国人を見掛けることはあまり無い。
さらに、各観光地が離れているために、よほど時間と資金の余裕が確保出来ない限り、中国国内のあちこちを行ったり来たりして離れた場所の観光地めぐりをすることは無いはずだ――時間と資金が確保出来ても、交通手段は限られてくる。
つまり追跡者が『クトゥルク』を探そうとすれば、そういった有名観光地を
さらにいざ国外脱出という段になったとき、少し内陸に潜伏しているとそれだけで脱出は難しくなる――必要に迫られたときにすんなり脱出するためには、常に国境附近、それも北側にいなければならない。中国は国境を接する国が世界中の国家でもっとも多いことではギネス級だが、その大部分は――西洋人が厭でも目立つ東南アジアなので――役に立たないからだ。
逃げ込んで目立たないのは、ロシアの様な白人系の人種が多い土地だが――それだって怪しいものだ。モスクワの様な都会ならまだしも、国境附近のど田舎に外国人の観光客がいたら目立って仕方が無い。
さらに言うなら、
よって、手っ取り早くいくなら国外脱出がいい――最低限、近くて人口密度が高く、外国人が大量にいて紛れ込むのが容易な土地で、交通手段が整い、そこから世界中のどこにでも行ける場所。
極東にはその条件がそろった土地はほとんど無い――最上が日本、次いで台湾、どちらも駄目ならまあ韓国。いずれも中国本土とは比較にならないほど小さな国ではあるが、交通網が整備され、特に日本は港も空港も各地にあり、入国してしまえばそこを起点に世界各地に高飛び出来る。
そして深刻な脅威にさらされたことが無く危機管理意識が低いために、水際での阻止が甘い――やれと言われれば、アルカードは十回試みて十回密入国を成功させられるだろう。
アルカードはかぶりを振ってみせると、
「中国本土へ、ってことかね? たぶん無いだろうな――少なくとも可能性は低い。中国国内に逃げ込むことは出来ても、そのあとの行動が問題だ。繁華街の無い田舎では吸血鬼は近くの民家を襲うしか無いが、それだと確実に騒ぎになる」
そう言って、アルカードは椅子の背凭れに体重を預けて足を組んだ。
「かといって観光地に紛れ込むと、そこがヴァチカンに目をつけられたときに移動するのが面倒だ。国土が極端に広いというのは隠れるぶんには有利だが、逃げ回る段になるといささか面倒だからな――これがアメリカの様に航空機自動車鉄道と、移動手段が整っている土地なら別だが」
「これは俺の体験からくる考え方だが――逃亡するなら、あまりに広い国土の国には入らないほうがいい。国境線を接する国が多いのは逃亡には便利だと思えるが――逃亡先の選択肢が多いぶん、追跡を撒きやすくなるからな――、中国に関しては実際にはそうでもない。たとえば同じ行政特別区のマカオを除けば、ここから一番近いのはヴェトナムだ。だが、そのヴェトナムまでだって相当な距離がある。直接国境線を接しているのはその次にラオス、その向こうにはミャンマー――ブータン、ネパール、インドにパキスタン、アフガニスタン。陸路で行くには相当時間がかかる」
そう言って、アルカードはパンと手を打ち鳴らした。足元に丸くなっていたマークツーが、耳を動かすのが気配でわかる。
「陸路がはっきりしているなら、こっちとしてはいくらでも手が打てる――し、大体の国は政情が安定しているとは言い難い、特にミャンマーや最後の三国はな。ありていに言ってしまうと、国土が広すぎて逆に越境の選択肢は狭まってくる。俺が思うに、逃亡先として選ぶにはほどほどに広くほどほどに狭い国が一番いい。その気になれば数日でどこにでも行けるほどの国土面積で国内に交通手段が整い、出国手段が大量にあり、西洋系の外国人が紛れ込みやすい場所だ」
アルカードはそう言って、指を三本立ててみせた。
「東洋でその条件に該当するのは、ここから最寄りだとさっき挙げた韓国、台湾、日本の三ヶ国で、特に日本だ。狭くもなく広くもなく、観光地が国土全体に分散しているために西洋系の外国人が各地に山ほどいる。東京、名古屋、札幌などの大都市は言うに及ばず、京都、小樽などの有名観光地にはなおのことな。で、そういった土地には近くに空港や港が必ずある」
アルカードはそこまで話してから脚を組み直すと、
「関東は成田、羽田、中部は
アルカードはそう言ってから、指を一本曲げた。
「台湾も観光地が多くて、港も空港もある。食糧の確保にも潜伏先にも適してる」
そう言って指を曲げて、残るは一本。
「で、韓国――観光資源はろくに無いし治安も最悪だが、ビジネス上渡航する外国人は多い。なにしろ放火だの強姦だの、事件の多い国だからな――アメリカの外務関係の省庁が、渡航の自粛を呼びかける様な体たらくだ。考え様によっちゃ、潜伏先としては最上だろうな――誰かいなくなっても、襲われたり殺されたりしても誰も気にしない。ある意味南アフリカよりも治安が悪いからな。俺が獲物を探す場所を選べと言われたら、まあ韓国は避けるよ。治安も悪いし警察も無能だが、それはつまり自分が予定外の厄介事に巻き込まれる可能性も高いってことだから」
しゃべり終えたところで皮肉げに唇をゆがめ、アルカードはコーヒーを口に運んだ。
「あれが現代文化について、どの程度の知識を持っているかはわからない。だが奴の下僕、特にクロウリーはつい三十年前に生まれた人間だし、ジャクソン・スタンレーもたかだか六十年程度しか生きてない。三十六年前に一度戦ったとき、奴の配下はほとんどがここ七十五年以内の生まれだった。それ以前の配下は七十七年前に、俺が皆殺しにしたからな。『クトゥルク』は人間を僕にするための儀式契約の最中に対象者の記憶を一部吸い上げるから、吸い上げた記憶を総合してある程度の現在文化に対する土壌は出来ていると思う。現代的な交通手段の大半は四十年前には完成しているから、それらの情報から逃亡手段の選択くらいは出来るだろう」
「なるほど、それで港を見張れということですか」
小さくうなずいて、
「警察に連絡して、非常線を張ってもらいます――が、あまり期待は出来ないでしょうね」
「だな。わかってるのは、背の高いスペイン系の女だというだけのことだしな――VDM(識別の手がかりとなる外見的特徴)としては弱すぎる。チェックは貨物船のほうも行う様にしてくれ。俺があの女の立場なら、貨物船での密航を選ぶ。なにしろ現代の貨物船は、大型タンカーでも十人も乗っていないことがざらだからな」
†
「だな――わかってるのは背の高いスペイン系の女だと言うだけのことだしな――VDMとしては弱すぎる。チェックは貨物船のほうも行う様にしてくれ。俺があの女の立場なら、貨物船での密航を選ぶ。なにしろ現代の貨物船は、大型タンカーでも十人も乗っていないことがざらだからな」
十五世紀に生まれた吸血鬼はそんなことを言ってから、席を立った。
「わかりました」
「ご馳走様、
実際眠そうに、吸血鬼は小さく欠伸をした。実際、ここのところアルカードは不眠不休で動いていた――
吸血鬼でも疲れが溜まったりするのだろうかと
「ええ、連絡が終わったら少し休むことにします。ではごゆっくりと」
「ああ、おやすみ」 眠そうな声でそう言って――アルカードも
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