Genocider from the Dark 18
4
「――ここです」 ハザードランプを出して年代物のライトバンを道端に停車させ、
アルカードが止まった車のドアを開けて歩道に出ていく。車に乗ったまま襲われることを脅威だと見做しているのか、アルカードの動きは迅速そのものだった。
吸血鬼は車から若干距離をとり、油断無く周囲に視線を走らせている。だがそれを不思議に思ったのは
彼は左手でグレーのスーツのポケットをまさぐりながら、
「最後の
周囲を警戒する様に見回していたアルカードがその言葉に小さくうなずいてみせる――アルカードの表情は精悍に引き締まっていて、子犬の相手をしたり猫に餌をやったりしていたときの穏やかな面影は微塵も無い。
右足の太腿にショットガンを固定している彼を見ながら、歩道を自転車で走ってきた女子高生ふたりがなにやら会話している。「映画の撮影かな」「でもカメラ無いよ」「あの鎧着た人とか、神父さんとかカッコイイよね」――、少女たちが通過するのを遣り過ごして、吸血鬼は視線をめぐらせ、そしてある方向を見据えて視線を固定した。
「アルカードさん?」
「見つけた……」
「……え?」
それまでに見たことも無い凶暴な笑みを浮かべている吸血鬼に、
「
そう言ってから、吸血鬼は今度は
「吸血鬼どもは俺が潰します。警部はここでお待ちください――ここなら安全です。日光に邪魔されて、吸血鬼は貴方たちに直接接近出来ない――今見つけた連中の位置から考えて、ここに物を投擲することも出来ない。ここから動かずに――車内で暖を取るのは結構。しかし建物の陰には近づかないでください。完全に全身が隠れるほどの日陰の中なら、
その言葉を残して踵を返した吸血鬼に、
「吸血鬼殿。これを」
足を止めたアルカードが肩越しに振り返ると、
「無線機ですか」
「ええ、フェイフートァイの装備品です。役に立つかと思って借り出してきました」
「素晴らしい」
フェイフートァイ?
知らない単語だ――出来れば
「フェイフートァイってなんですか?」
「
本体から伸びたコードの先のイヤホンを耳に引っ掛ける様にして装着しながら、アルカードがそんなことを言ってくる――
それ以上なにも言わずに首元にマジック・テープでベルト状のマイクを留めている吸血鬼を見遣って、蚊帳の外の
それに気づいて、吸血鬼が笑う。彼は
「キー・ガンは?」
「すでに調整済みです」
吸血鬼の言葉に、
「どうですか?」
「良好です」
†
「吸血鬼殿。これを」 歩き出しかけたアルカードの背中に、
「無線機ですか」
「ええ、
「素晴らしい」 うなずいて、アルカードは差し出された超小型無線機を受け取った――
無線機本体をコートの内ポケットに納め、コードを取り回して、フックつきのイヤホンを耳に引っ掛ける様にして装着する――結局疑問を抑えきれなかったのか、
「フェイフートァイってなんですか?」
「
その言葉に、
編成は一九七〇年代に遡り、当時観光と貿易を基幹産業として発展しつつあった香港がテロ攻撃の標的になりやすかったために(実際に一九七一年にフィリピン航空の旅客機がハイジャックされ、
その主な任務は対テロの他に密入国・貿易の取締り、麻薬摘発、人質救出、銃器を用いた犯罪の鎮圧と幅広い。警察組織の一部ではあるものの、香港政府には独自の軍事組織が無いために軍事クラスの任務もこなすことがある。
選抜方法や訓練内容はイギリス陸軍から選抜された
自分だけが脇に追い遣られているのが気に入らないのか、
スロート・マイクと呼ばれる、声帯の振動を直接拾うタイプのマイクだ――通常のヘッドセットと違って声量を抑えた囁き声でも確実に拾うことが出来、周囲の雑音を気にする必要も無い。パソコン用のマイクとしては微妙なところだが。
「キー・ガンは?」
「すでに調整済みです」
吸血鬼の言葉に
アルカードはコートの襟元に止めた感圧式のリモート・スイッチに指先で触れ、抑えた声を発した。
「どうですか?」
「良好です」
音量をもう少し抑えたところで結果に満足して、アルカードはでは、と言葉を残して踵を返した。
歩くたびに甲冑の装甲板がこすれあって、耳障りな音を立てる――二、三分ほど歩き続けるうちに
振り返ると視界を横断する高速道路の向こう側に、赤い耐錆塗装が施された鉄骨組みのクレーンが海岸沿いに列をなしているのが見えた。
世界最大とまではいかないが、世界有数の貨物取り扱い施設のひとつだ。コンクリートで護岸処置された上に海に面して鎮座したいくつもの赤いクレーンの背後に、色とりどりの無数のコンテナが置かれている。その数は優に数百を超える――ことによっては千にも容易く手が届こう。
やがていくつも並んだ集合住宅が視界に入ってきて、彼はいったん足を止めた。
窓は真北もしくは真南に面しているため、どちらに入居するかによって日当たりはまるで違ってくる。窓からハンガーで吊り下げられた洗濯物が強風にはためいているのが見えた――こうして見る限り、ベランダがあってその両脇に窓がひとつずつある。
その横の小さな窓は、おそらく風呂かトイレだろう――上のほうの階にある部屋のいくつかは、窓を開け放っている様だった。
トイレだとしたら臭いを追い出すために、風呂だったら湿気を逃がすために開け放っているのだろう――さすがにリビングの窓をこの季節に開け放っているところは無い様だった。
不用心だと言ってしまえばそれまでだが、この近辺はお世辞にも平均所得が高いとは言えないので、盗みに入っても金目のものが無いのだろう――ただ単に住人がいるだけかもしれないが。
いずれにせよ――
※……
原題は『
ジャッキー・チェン主演のアクション映画。 日本では東宝東和系で二〇〇五年三月五日に公開されました。
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