Genocider from the Dark 6

 彼は拳銃の様に右手で保持したストックの無いサブマシンガンを刃物の様に振り下ろして据銃し、トリガーを引いた――暴れ馬の様に跳ね回るサブマシンガンの反動を片手で抑え込み、彼はとりあえず反撃能力を失ったクロウリーにさらに四発撃ち込んだ。二発ずつ短く区切って二回――指を離すタイミングを間違えさえしなければ、フルオートしかない銃でも訓練次第で自由自在に発射弾数をコントロール出来る。

 両膝にそれぞれ二発――排出された空薬莢ケースが合計四個、綺麗な放物線を描いて宙を舞った。

 撃発の際に発生した圧力で膨張した空薬莢が薬室内部に張りつくのを防ぐための構造によって縦に筋の入った空薬莢が、朽ち果てた絨毯の上で踊る。

 それを片足で蹴散らして、彼は手近で棒立ちになっていた『人形』――人間の肉体を生きたまま継ぎ接ぎして低級霊を憑依させた、一種の寄せ肉フレッシュゴーレムだ――に視線を向けた。

 これ以降はMP5は使えない――クロウリー・ネルソンの体内に銃弾が残ってしまっているからだ。

 MP5に装填した銃弾は対フリークス用の特殊なフランビジリティーで、封入された水銀とそれに混ぜられた彼自身の血液を通じて彼の魔力を目標の体内で放出する――それが異物となって標的の霊体構造ストラクチャを破壊し、標的を死に至らしめる――が、撃ち込んだ銃弾の魔力の放出を個別に制御することは出来ない。

 寄せ肉フレッシュゴーレムに銃弾を撃ち込んで魔力を放出すれば、同時にクロウリーの体内でも同様に魔力が放出される――おそらくクロウリー程度の能力しか持たない個体では、たとえ『クトゥルク』の下僕サーヴァントといえども即座に死んでしまうだろう。

 ゆえに――あとは接近戦。

 胸中でつぶやいて、彼は左手で保持していたMP5サブマシンガンをコートの内側にしまいこんだ。無造作に右手を伸ばし――おそらく敵の眼には見えていないであろう得物を軽く握り直した。

 ――ぎゃぁぁぁぁっ!

 ――ヒィィィィィッ!

 ――イヤァァァァァァッ!

 次の瞬間、手にした『剣』が身の毛も彌立つ悲鳴をあげた――五百三十年も前からとうに聞き慣れた、塵灰滅の剣Asher Dustの絶叫だ。

 しっ――歯の間から息を吐き出しながら、彼は床を蹴った。

 一撃で頭蓋骨を叩き割られた寄せ肉フレッシュゴーレムの体が、その一撃で瞬時に塵に変わった――クロウリーがなにも指示を出していなかったために、寄せ肉フレッシュゴーレムたちはその場に棒立ちになっている。いくら数をそろえたところで、効果的に運用出来ない様では意味が無い。

「殺せ――」 一体を仕留めて二体目の寄せ肉フレッシュゴーレムに向かって足を踏み出しかけたところで、埃だらけの床の上にうずくまっていたクロウリーが声をあげた。銃撃で膝蓋骨を破壊されたために立つこともかなわないままその場にくずおれたクロウリーが顔を上げ、血を吐く様な声で――というのはそのままの意味だが――命令を発する。

「その男を殺せぇッ!」

 口蓋から血を吐きながら下された命令に呼応して、寄せ肉フレッシュゴーレムたちが外套の下にあった二対の腕を出した。あらわになった寄せ肉フレッシュゴーレムたち、そのすべての腕が曲刀やフレイル、手斧や戦鎚を握っている。

 時代錯誤なことだ、と鼻で笑ってもいいのだが、そうもいかない――寄せ肉フレッシュゴーレムの一体が、常人ならば目で追うことも出来ない様なスピードで床を蹴った。

 寄せ肉フレッシュゴーレムは魔術師たちの作り出した、人間の体を継ぎ接ぎして作った肉人形だ――かつてフランケンシュタインと呼ばれた人造人間を作り上げた技術の発展形で、複数の人間の筋繊維を接合することで常人の数倍の筋力を持たせた『タイプ』も存在する。

 どういった『タイプ』を作るかということに特にこれといった規定や決まりは無いので、どんな寄せ肉フレッシュゴーレムを作るかは術者次第だが――これは戦闘用に特化した『タイプ』なのだろう。銃を装備していないのは、彼らに銃を扱う知能が無いことと、原始的な武器を腕力で振り回して敵を叩き潰すほうが効率がいいからだ。

 ――

 胸中でつぶやいて、彼はすっと目を細めた――まだ寄せ肉フレッシュゴーレムたちは十九体残っている。床に転がっている衣装の数からして、さっき踏み込んだ直後に斬り斃したのは三体。今一体仕留めて残りは十九。

 寄せ肉フレッシュゴーレムの出来は決して悪くない――が、彼にとって問題になる様な相手というわけでもない。かといって、ここにいる寄せ肉フレッシュゴーレム全部を一度に相手するのは少々厄介だ――格闘技の達人が素人十人に囲まれて袋叩きにされれば負ける様に、たとえ相手が格下でも『手数』というものは深刻な脅威になる。

 彼はいったん後退して全体の位置関係を簡単に確認すると、簡単に結論を下した――玄関に朝刊を取りに行くのと同じ感覚で。そしてこの状況は、彼にとってはそれと大差無い。

 ――

Aaaaa――raaaaaaaaaaアァァァァァ――ラァァァァァァァァァァッ!」 咆哮とともに――彼は前に出た。

 一度に十九体もの寄せ肉フレッシュゴーレムを相手するのは無理だ。

 だがいったん距離を取ったために、全員が全員一度に接近してきてはいない――ならば各個撃破は容易、攻撃範囲に入ってきたものから順に斃せばいい。一対多数戦で勝利を収めるための理のひとつが――敵の戦力の重厚を無くすこと。

 最初に間合いに入ってきた一体が振り下ろしてきた一撃を、彼は床を削り取る様な軌道で繰り出した逆袈裟の一撃で迎え撃った――寄せ肉フレッシュゴーレムの手にした戦鎚が、塵灰滅の剣Asher Dustの物撃ちと激突する。

 次の瞬間、寄せ肉フレッシュゴーレムの手にした戦槌の玄翁が火花とともに斜めに削り取られた。手首を返してサイドステップする様にして踏み出しながら、寄せ肉フレッシュゴーレムの頭部めがけて返す一撃を叩き込む。

 頭蓋を削り取られて、寄せ肉フレッシュゴーレムが一瞬ふらつき――しかし塵灰滅の剣Asher Dustの稼働を止めているために筺体が崩れたりはしなかった。

 倒れ込む様子も見せない――切断面から脳髄がこぼれ出したりもしない。

 だがふらついた、それで十分――鋭く呼気を吐き出しながら一歩踏み出し、彼は寄せ肉フレッシュゴーレムの体を後続のほかの寄せ肉フレッシュゴーレムに向けて思いきり突き飛ばした。

 突き飛ばしは白兵戦における常套戦術のひとつだ――ちょうど戦争で狙撃兵が標的の脚を撃ち抜いて助けに来たほかの兵士を狙撃するのと同じで、突き飛ばされた者の仲間は彼を受け止めるか、それとも躱して攻撃を継続するかの二者択一を迫られる。

 だが、彼らは寄せ肉フレッシュゴーレムだ――先ほど頭蓋を半分削り取ってやった個体が斃れなかった様に、寄せ肉フレッシュゴーレムは通常の武器で頭部を破壊しても死ぬことは無い。ここにいる寄せ肉フレッシュゴーレムたちの様に頭部がある場合もあるが、命令実行に必要な器官――胴体と手足――しか備えていないことも多い。

 たいていの寄せ肉フレッシュゴーレムはほかの『層』から呼び出されて憑依させられた低級霊が直接肉体を操っているために、脳を使っていない。頭部は必ずしも必要な器官ではなく、頭部があってもその内部に脳は入っていないのだ――口の端から鰐のそれを思わせる鋸の様な牙列が覗いているところからすると、噛みつき攻撃のためにあるのだろう。

 ただ、それは代わりに寄せ肉フレッシュゴーレムたちが思考能力を持たず、従って高度な命令実行能力も持たないことを意味する。

 もとより寄せ肉フレッシュゴーレムたちには仲間の亡骸を受け止める様な優しさも無いが、かといって回避する様な知能も無い。彼らは突っ込んできた仲間の体を避けることも躱すこともせず、結果群れをなした寄せ肉フレッシュゴーレムたちは仲間の体が突っ込んできたためにその衝突によって足を止められ、――先頭にいた寄せ肉フレッシュが立ち止まったところに後続の寄せ肉フレッシュゴーレムが突っ込んできたために――そのままドミノ倒しみたいに床に倒れ込んだ。

 クロウリーには視線も呉れなかった――いくら手勢が多くても、使いこなせなくては意味が無い。

 これでは宝の持ち腐れだ――

 一歩足を踏み出して、床を剣先で引っ掻く様な軌道で斬撃を繰り出す――先頭にいた寄せ肉フレッシュゴーレムの一体が先ほど突き飛ばした、頭蓋を削り取られた寄せ肉フレッシュゴーレムともども胴を薙がれて塵と化した。

 特にその個体を選んだ理由は無い――近くにいただけのことだ。

 るなら近場から――別に離れた場所から撃たれそうになっているわけでなし、わざわざ遠くの敵を最初に狙って背後から斬られる危険を作るより、手近から潰していったほうがいい。

 ギャァァァァァァァッ!

 ひぃぃぃぃぃぃっ!

 あァあぁアぁァっ!

 柄を握りしめると同時に、塵灰滅の剣Asher Dustの絶叫が一段と激しくなった――続いて同じく先頭にいたためにほかの寄せ肉フレッシュゴーレムの下敷きになっている寄せ肉フレッシュゴーレムの背中へと霊体武装を振り下ろす。なんとか起き上がろうともがいていた寄せ肉フレッシュゴーレムいがまるで半ばまで割った竹の様に上半身を叩き割られ、そのまま塵と化して消滅した。

 しっ――歯の間から息を吐き出しながら、折り重なって倒れている後続の寄せ肉フレッシュゴーレムたちを狙って低い軌道で剣を薙ぎ払う。

 斬撃の軌道に巻き込まれて斬り飛ばされた腕や手首や指、武器の破片が、刎ね飛ばされた首や削り取られた頭蓋骨と一緒にくたびれた絨毯の上にぼとぼとと落下し――そしてそれらは瞬時に塵と化して消滅した。床に倒れた寄せ肉フレッシュゴーレムがいなくなり、足元の障害物がすべて無くなったところで、彼は床を蹴った。

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