Genocider from the Dark 5
†
それがなんなのか、知識の無いクロウリーには瞬時に理解出来なかった――理解出来なかったから対応も出来なかった。
だが、危険なものだ――
それだけは理解出来たが、どう危険なのかはわからない。結局なんの対応もとれないまま、クロウリーは投げ込まれてきた物体に視線を向け――結果、
同時に耳を聾する凄まじい轟音が響き渡り、強烈な耳鳴りで耳が聞こえなくなる――なんなのかはわからないが、おそらく強烈な閃光と轟音で視覚と聴覚を一時的に麻痺させて隙を作る、強襲用の爆発物の一種なのだろう。
確かに三十六年前に襲撃を受けたとき、あの男は銃を遣っていたとジャクソンから聞いたことがある――当時はクロウリーはまだ『彼女』の下僕ではなかったから、現場に居合わせたわけではないが。
だからあの男が現代兵器を遣うことはある程度予想していたが、こんなものまで遣ってくるというのは予想外だった――せいぜい拳銃止まりだと思っていたのだ。
廃ビルには電気が来ていないので、彼らはとうに闇に目が慣れてしまっている――魔物であるがための自分たちの夜間視力の高さに自惚れていた彼らは、照明のたぐいを使っていなかった。そのために薄暗がりの中で夜間視力はすでに完全に機能しており、ゆえに太陽を間近で見たかのごとき閃光を正面から目に入れてしまったことで視覚は完全に機能しなくなった。
手にしたショットガンに衝撃が走る――室内に突入してきたあの男に撃たれたのだろう。薬室に装填されていた弾薬が撃発したのか、ショットガンが手の中で激しく跳ねた。
続いて腹と胸、両膝になにかが喰い込む衝撃と、焼ける様な激痛が走る――彼の行動能力を奪うために、あの男が銃撃を加えてきたのに違い無い。
その場に蹲って喉の奥からこみあげてきた血塊の感触に嘔吐きながら、クロウリーは声をあげた――自分の声も聞こえず、敵の姿も見えないまま。
「殺せ――その男を殺せぇッ!」
†
室内制圧戦用の
蹴破った扉の蝶番が吹き飛び、扉が床の上に倒れて埃を巻き上げる。
ギャァァァァァァッ!
ヒィィィィィィッ!
アァァァアァァアッ!
手にした霊体武装が、頭の中に直接響く悲鳴をあげる――彼は手近にいた三体の人影を、対応するいとまを与えること無く一撃でまとめて斬り斃した。
二百四十万カンデラというのは、自動車用の
暗闇に慣れた状態で
加えて百七十デシベルというのは、航空機用ジェットエンジンの稼働音を間近で計測したときの騒音よりもはるかに激しい轟音だ。航空機用エンジンの騒音は約百二十デシベルで、数字上は五十デシベルしか違わない。
だが、音量は直線グラフではなく曲線グラフで表され、三デシベル違うだけで約一・四倍にまで騒音が増す。百七十デシベルに音圧を上げたとき、その音量は航空機用エンジンの騒音の約三百十六倍にまで達するのだ。
闇の中で行動していた者にとってみれば、これは核爆発の閃光と轟音に間近で曝されたに等しい――閃光を正面から網膜に入れていれば閃光と残像で網膜をやられて一時的に視界が失われ、さらに轟音で鼓膜を潰されて耳が一時的に聞こえなくなる。
室内では壁からの反響音もあるから、実際には全方向からの轟音に曝されることになる――たまたまそちらを見ていなくて光が正面から視界に入らなくとも、轟音のほうはどうしようも無い。
コートの下に帯びた甲冑の脚甲で扉を蹴破ると、彼は室内へと飛び込んだ――周囲に視線を走らせ、一瞬で周囲の状況を把握する。
先ほどで崩れた半円状の円陣、その向こうには縮れた金髪の陰気な男がAR-16に似た形状の銃を持って立っている――口径と外観から推すに、
左の奥のほうには会社の社長が使う様な大きな机が分厚い埃をかぶって鎮座している。元は会社の社長室だったのだろうか。
ほかの調度は小さなテーブルと、それを挟んで向かい合わせにされたソファーがふたつ――向かい合わせの二脚がそれぞれ意匠がばらばらで、それぞれ別の入手ルートがあったことがわかる。きっとどこかから盗んできたのだろう。
壁を背にしたソファーの前には、ふたりの女の屍が折り重なる様にして倒れていた。
おそらく、ここを根城にしていた
金属酸化物の燃えた、饐えた臭いが鼻を突く――かすかに顔を顰めながら、しかし行動は止めない。どうでもいい――そんなことはどうでもいい。
まだクロウリーは視界が回復していないらしい。吸血鬼は夜間可視力が高く、視力も人間とは桁違いで、さらに聴力も人間の十数倍に相当する。建物の中に一切明かりがついていないことを考えると、自分自身の高い夜間視力をあてにして、わざわざ照明を用意したりはしなかったのだろう。
自分の夜目に頼りきっていたために目が暗闇に慣れきっていたから、クロウリーは特殊閃光音響手榴弾のダメージがことのほか大きかったのだろう。
持っているのはUSAS12セミオートショットガン――世界各国の銃の特徴を取り入れた、大口径の支援火器だ。
フルオート射撃が可能なために面制圧が必要な室内制圧戦闘向きだが、あいにく乾燥重量が五・五キロでは重すぎて話にならないために実戦配備はほとんどされなかったという話も聞く。
もっともその携行するだけで常時腕を鍛えている様な代物であっても、実際にそれを使うのが人間外のモンスターであれば関係無い――それは彼も同じことだ。
剣のたぐいを持っていないのは、クロウリーの肉体的な運動能力がさほど高くないことを示している。
大量の雑魚を相手にするのならば銃も有効だが、吸血鬼が
攻撃の順番を頭の中で確認しながら、彼はヘッケラー・アンド・コッホMP5サブマシンガンをコートの下から引き出した。
寸毫のいとまも与えてやるつもりは無かった――時間が経過すればするほど、強襲の成功率は低下する。それが人間が人間に対して行う人質救出任務であれ人間外が人間外に対して行う殲滅強襲であれ、基本は変わらない。
安全装置はフルオートに、クロウリーに銃口を向けて片手で据銃し、トリガーを絞る――轟音とともに銃口から派手な火花が噴き出し、射出された九ミリ口径の弾頭が三発、クロウリーの手にしたショットガンのレシーヴァーに着弾した。
その斉射でUSAS12の機関部が破壊され、薬室に装填されていた弾薬が轟音とともに銃口から吐き出される。
機関部内部の撃針か撃鉄が着弾の衝撃で作動して、薬室内部に装填されていた弾薬を撃発させたのだろう。銃口の向きから考えて、跳弾の心配も無い――実際まだ構えていなかったショットガンから発射された弾頭は、壁際に寄せられていた死体の山とたまたま射線上にいた『人形』の一体をもみくちゃにしただけだった。
続いていったん銃口を下げて腹部に二発、その反動で銃口を跳ね上げて胸部に一発。
彼が装備しているのは旧型のヘッケラー・アンド・コッホMP5AをベースにしてMP5Kの部品を組み合わせたものだ――邪魔になるストックを取り除き、全長を短縮している。
MP5Kを使わないのは、銃身が短すぎて必要な初速が確保出来ない可能性があるからだ――彼の銃に装填された弾薬が十分な破壊力を発揮するには、ある程度の運動エネルギーとそれを確保出来るだけの銃口初速が必要になる。
銃身はフォアグリップを取り除き、四十ミリ口径のグレネード・ランチャーを取りつけている――今回携行している弾倉は、普通の三十発入り箱型弾倉を互い違いにアダプターで接合したものだった。
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