Genocider from the Dark 4
吸血鬼は生前人間であったときと同様、体内のエネルギー源を熱に変換して生きている――そのために、彼らは酸素を必要とする。それも基礎代謝率が桁違いに上がっているために、生身のときの数倍の量の酸素を必要とするのだ。
だがその一方で、人間が吸血鬼になっても血液量そのものはさほど変わらない――ではなにが違うのかというと、血中で酸素の運搬を行うヘモグロビンの量と能力が違うのだ。
これが彼であれば、大量の血を失っても周囲に存在する大気魔力を自身の活力に転化することで補うことが出来る――が、下位の吸血鬼ではそうもいかない。そして血液量そのものは変わらない以上、出血による損耗は生身の人間よりも吸血鬼のほうがよほど深刻なのだ。彼ら下級の吸血鬼は、大気魔力を取り込んで自分の活力に転化する能力を持たない――代わりに吸血によって出血や消耗を補うことは出来るが、ここには血を吸う相手はいない。体力低下や出血を補う手段が無い以上、待っているのは死だけだ。
吸血鬼の強靭な生命力は呼吸が封じられた状態でも男を生かし続け、その状態でもなお意識は保っているのだろう、男は瞳に恐怖を湛えてこちらを見つめている。だがそれだけだ――呼吸器系が破壊されている以上、もはや助かる可能性は無い。体内から血液が失われ、やがて死ぬだけだ。
血管の収縮で血は止まっているものの腕の組織の再建はまだ始まっていないらしく、左腕は切断面から肉と骨が剥き出しになっていた。
もっとも、左腕切断に内臓破裂、肺の損傷と満身創痍の状態では、腕の切断面の修復は後回しになっているのかもしれない。吸血鬼の自己復元能力は、生命維持に不可欠な器官から優先して治そうとする傾向がある。
もっとも、もはやそれも不可能だ――吸血鬼は大量出血やガス交換器の損傷など、生命維持にかかわる甚大なダメージの治癒に、人血の摂取を必要とする。力尽きる前に人血を摂れなければ、力を使い果たしていずれ死ぬ。
こいつはこれでいい、次は――
胸中でつぶやいて、彼は手にした霊体武装を肩越しに突き出した。
背後から襲いかかってきていた
ふん――やはり気配だけを頼りにするとこんなものか。今ので心臓をえぐり出してやるつもりだったんだがな。
胸中でつぶやいて――振り返りざまに繰り出した横蹴りが、肩口に霊体武装の鋒を突き込まれたまま泣き叫んでいた
そのまま壁に叩きつけられた
おそらく折れた肋骨が肺に突き刺さったからだろう、
意外とタフらしくまだ消滅しない
「じゃあな」 口元をゆがめてかすかな笑みを刻み――別離の言葉とともに、九ミリ口径の彼はトリガーを引いた。
対吸血鬼用の特殊なフランビジリティーの弾頭が頭蓋骨を粉砕して脳髄を攪拌し――脳を完全に破壊された吸血鬼の肉体が崩壊して、塵と化して消えて失せる。
あとは、そこの死体の処理を――
胸中でつぶやいて視線を転じ――彼は右腕の下膊を鎧う手甲の裏側に仕込んだ
「……許せ」
カランカランと音を立てて床の上で跳ね回る
「……ほう」
吸血鬼の首を貫き、その体を壁に縫い止めていたアイアンのシャフトが無くなっている――シャフトによって壁に磔にされていた、
「……しぶといな」
胸中でつぶやいて、彼はビルの奥へと視線を転じた。おびただしい血痕が、視線の先へと続いている。
廃ビルの中に入ったら、四体の
まだ動けたというのは予想外だったが――
足元に転がっていたアイアンのヘッドを適当に廊下の隅へと蹴飛ばして、彼は結婚をたどって歩き始めた。
奥に人間がいるのか……? そんな気配は感じられないが。
『クトゥルク』の
数少ない両者の相違点のひとつであり、そして
無論先ほど磔にしたあの
その一方で、
そしてもうひとつの特徴が、上位個体である『クトゥルク』の死亡によって
ゆえに
だが――もちろん、上位個体である『クトゥルク』が生きてさえいれば
歩を止めないまま、先ほど頭蓋を踏み砕いた
おそらくあの男は、助けを求めて仲間のところに向かうだろう。
この廃ビルの玄関で始末した
個体識別も可能だから、一番最初に殺した個体も含む三体の
ならば、もはや
あの男は最短距離で仲間のところに逃げ込むだろう――仲間に迎撃準備を整える時間を与えるために廻り道をする様な余裕はあるまい。
ならばあれについていったほうが早い――あれが道案内をしてくれるだろう。
さらに、あれの惨状を見れば『クトゥルク』の手下たちは戦力を集中して守りを固めるはずだ――彼らは彼が誰かをを知っている。戦力の分散などなんの意味も無いことも理解出来ているだろう――彼としても分散した敵を部屋から部屋へとめぐって殺して回るより、一網打尽にしたほうが効率がいい。
そして戦力が集中していたほうが、効果的な攻め手というのはあるものだ。
急ぐとしよう――敵が完全に迎撃態勢を整える前に踏み込まなければならない。理想的には敵が戦力をひと部屋に集中し、かつ状況が完全に把握出来ていない状態のときに襲うことだ。
奇襲を成功させる鉄則は常にひとつだ――敵を混乱に陥れながら、自分は冷静であること。
懐に手を入れて、
デフテックNo.25ディストラクション・ディヴァイス――室内制圧作戦に用いられるスプレー缶に似た形状の非殺傷手榴弾を手の中で弄びながら、彼はゆっくりと笑った――人間相手でも怪物相手でも、こういうものはたいてい有用だ。
男に焦燥感を与えて冷静な判断を封じるためにわざと聞こえる様に足音を響かせ、男に遅れて階段を昇っていく――どのみち彼の身を鎧う重装甲冑は、足音を殺して歩くには向いていない。
その間に、彼は攻撃の手順を頭の中で組み立てていった。
さて――少しは楽しめればいいんだがな。
かすかなつぶやきを漏らして、彼は階段を折り返して次の階段の一段目に足をかけた。
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