あなたがいればそれでいい。

高瀬涼

あなたがいればそれでいい。

赤い毛に覆われた獰猛な獣を剣ひとつでなぎ倒したのは、まだ若い女だった。


村人に頼まれて、一つ目の、赤毛の大きな猫のような魔物を倒した。

しかし、獣を倒すのは楽なことではなかった。

あちらこちらから血を流している。

その、大きな猫のような魔物が地面に倒れたのを見届けてから、女は物陰に隠れている何かに向かって手招きをした。


「おいで。こいつはもう死にかけだから」

「ほ、本当だろうな?!」

「ええ。本当よ」


村のはずれにある、丘の上で死闘を繰り広げていた。

木陰から出てきたのは、女の腰ほどの背丈しかない二足歩行の猫だった。

立派な服を着ており、腰には短剣を指している。

帽子も貴族がつけるようなもので、羽がついていた。

長靴をどうやって履いているのかはよくわからないが、びくびくしながら女のもとへやってきた。


「……とどめ、さすでしょ?」

「そうだな。じゃないと、俺の善行にならないからな」


そう言って、長靴を履いた猫は、短剣をすらりと抜いた。

大きな獣は微かな息をしている。

一つ目は固く閉じられていた。

目が弱点なので、刺すなら今だ。


ガルルルル……


低く唸り声が聞こえて、長靴を履いた猫は後ずさった。

そして、後ろに立っている女に確認をするが、女はうなづいただけだ。

意を決して、猫は短剣を一つ目に向かって刺す。


すると、眩しい光が魔獣から発せられ辺りがまぶしく照らされた。

猫も女も目を腕で覆う。

すると、魔獣は骨だけになっており、白い煙を上げていた。

魔物は浄化され後には骨しか残らなかったのだ。


退治は済んだ。

長靴を履いた猫は、やった、と飛び跳ねて嬉しがる。

ほとんどは女が死闘を繰り広げてお膳立てしたことだった。


「やった、やったよな、俺!」

と猫がぴょんぴょんと女の元へやってくるが、女は息も絶え絶えであった。

そして、微かに微笑んでからその場に崩れ落ちた。

からん、と剣の乾いた音だけが響く。


「おい、大丈夫か!? しっかりしろ! 頼むから村まで自分の足で歩いてくれ。今の俺じゃあ運ぶことができないよ」

「……ええ、わかってるわ。少しだけ休ませて。体がいうことをきかないのよ……」

「そうか……って、お前腹のところから血が流れてるぞ。やばくないのか!?」

「危ないかもね」

「そ、そんな、どうしてそこまで俺の為にがんばったんだよ」


長靴を履いた猫は元は人間だった。

美しい王子だったので、周りにはいつも女がいた。

毎晩誰でも選び放大で王子はまた、女好きであった。

ところが、そのうちの一人が王子に呪いをかけた。

嫉妬からくるものだった。

王子はたちまち猫の姿になってしまった。

呪いを解くには百の善行をしないといけなかった。


猫の姿になった王子を誰も彼だと信じなかった。

城から追い出された王子は頼る者もなく、死にかけたところを剣士に助けてもらったのだ。

それからずっと旅をしている。

剣士の女は、王子のために危ない案件を引き受け、とどめを彼のためにとっておいた。

女は王子の元の姿を知らないので、助けてくれるのはどうしてか全く見当がつかない。


「私ね」

「ああ」

「猫が……」

「ああ」

「猫が好きなの」

「うん……って、え? なんて?」

「だから、猫が好きだからあなたのために頑張れるのよ。二足歩行の猫が困ってたら助けたくなるじゃない」

「そういうものなのか」

「お腹の傷も今から止血する。大したことない。私には、あなたがいればそれでいいの」

「どんだけ、猫好きなんだよ……」

「呆れるでしょ。呆れるあなたの顔もかわいい」


そう言って猫好きな剣士は微笑んだ。

彼のふっくらとした頬に触れる。

今回、魔獣に苦戦したのは魔獣とはいえ、大きな猫の姿をしていたかららしい。


「本当は呪いなんて解けなければいいと思ってるけど」

「おい」

「冗談よ。ちゃんと協力するから。あなたもがんばって、ね――」


女はそう言うと気絶したのか、両目を閉じてしまった。


長靴を履いた猫は止血くらい手伝えるようになりたいと思った。

女という生き物は自分の役にたつことしかしない物だと思っていた。

ところが、初めてこの目の前のボロボロの女のために自分ができることはないかと焦燥感に駆られた。

そして、悔しいが誰か人を呼ぶしかできないので急いで村まで走ることにした。

二足歩行で走れるが、四足のが早い。

プライドが許さなかったが、王子は四足で夜道を走った。


女には生きてほしいと思った。

さして、美しくない女なのにどうしてか猫は失ったらもう二度と会えないタイプの人だと思った。

俺のために働いてくれるから、それだけが理由じゃなかった。

初めての感情に王子は戸惑った。


けれど、今はそれどころじゃない。

俺にできることは、今、誰かを呼ぶこと。


いつ元の姿に戻れるかは知れないけれど、王子も考えていた。


――とりあえず、今はあいつが傍にいればそれでいい。


蒼白く輝く月が辺りを照らしている。

王子は猫で良かったと思った。

毛に覆われていれば、わかるまい。

自分で自分の思考に赤面してしまったからだ。




おわり。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あなたがいればそれでいい。 高瀬涼 @takase

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ