少女の家には人形が転がっている

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 少女の家には人形が転がっている。男と、女の人形である。

男の人形は力強く、少女を守る騎士の役目を負っている。かつて、少女を苦しめていた悪夢の根源を断ち切ったのは、この騎士、ラインハルトである。ラインハルトの左胸には、幾つもの勲章が煌めいている。それはつまり、それだけ彼が、少女の安寧の為の活躍をしてきたという証なのである。ラインハルトはそれを誇らしく思い、また、少女のことをとても大切な、まるで実子のように思っている。

 女の人形はまだまだ幼く、少女にとっては妹か、或いは娘のようなものである。床に就く前には、必ずといっていいほど、少女に童話の朗読を哀願する。少女は表では「仕方がないわねえ」と渋る素振りをして見せるが、内心では、頼られることに喜びを感じている。その子の名前はメアリー・スーで、少女はメアリーとその人形を呼称する。

 両親の居ない少女にとって、二人は掛け替えのない実の家族のようなもので、少女は金や銀や宝石よりも大切にその人形たちを扱い、日々、甲斐甲斐しく世話を焼いている。まるで、彼らが生きているように振舞うのである。それを気味悪く思う人も居るし、心配に思う人も居る。でも、当の本人があまりにも幸せそうなので、誰も何も口を挟めないのである。

 そうして今日も、少女は少女の人形たちと、楽しくて賑やかな素晴らしい時間を、過ごしている。


 父の心臓を貫いたサバイバルナイフを、少女は未だに捨てられないでいる。

 黒の、手に吸いつくようなグリップに、十五センチの鋼のブレード。両親を殺すべく、このナイフを購入した時、少女は、それだけで胸のすくような思いを噛み締められた。生まれて初めて、正の感情というものを少女は得た。暴力と重圧の弾丸の雨を、少女はボロボロになりながらも掻い潜り、そうして漸く、終戦の為の切り札を手にしたのだ。少女が、少女の手によって、少女の戦争に終止符を打つ。――その筈だったのに。

 気がつくと、父は倒れていた。母は部屋の隅で厳重に捕縛されている。少女は何にも覚えていない。手が血で濡れている。ナイフは父の左胸を貫いている。少女の中指の先から手首程まであった筈の大きな刀身が、見えなくなるまで深々と父の身体に埋まっている。

 ――パン。と手を叩いたような音が鳴る。少女はハッとして顔を上げる。父の胸からナイフが消えている。少女は辺りを見渡す。母親が死んでいる。サバイバルナイフが深々と、憎き母の腹部に突き刺さっている。空恐ろしく、少女は思う。嬉しくも、喜ばしくもなく、只々、色々な恐怖が折り重なって、少女の心臓に伸し掛かる。

 ――殺そうと思っていたのに。殺したのは私? 殺したんだ、人を。どうしよう。どうして……。何で殺したの。殺す必要なかったのに。まだ耐えられた筈なのに。あと二年で高校を卒業出来たのに……。何で。何で? 何で!?

 ――どうしよう……。

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