僕の純愛

     b-3.

クラスメイトに敷島さんという人がいる。ショートの黒髪が程好く似合う、笑顔の素敵な女の子である。僕は幸運にも妹尾という苗字から、彼女のすぐ後ろの席へと居座ることを許され、授業中は黒板よりも彼女を観察している時間の方が長いというくらいの彼女スキーであるが、実は先日、ある幸運から彼女との同棲生活が始まるという、思いがけない確変イベントに遭遇した。これは、僕の普段の行いを神が見ていたとしか言いようがなく、その瞬間から、僕は神を信仰する従順な信徒となることを固く決意した。

 ああ、神よ。願わくば、僕を現状から救い出し給え。


 グッドモーニング。3LDKのマンションルームで、僕は薄っすらと朝の訪れを認識する。とても愉快な夢を見ていた気がするのに、断片的な部分しか思い出せない。一面の樹海。藍色の飛龍。赤熱色のひよこ。そして、箒と金髪の魔女。未だにドキドキしているから、これはきっと、とんでもなく面白い夢だったに違いない。のに、やっぱり詳しいことは思い出せない。残っているのは美しい黄金色の余韻ばかりである。

 僕はもぞもぞと芋虫のように布団の中で蠢き、どうにかこうにかベッドからごろりと抜け出す。これだけでも結構な重労働で、病み上がりには十分辛い。縫われた傷口から内臓が飛び出しそうなくらいには、しんどい。

 それでもどうにか立ち上がり、頭突きでもって寝室の扉をノックする。僕の寝室には時計すら置かれていない。あるのは、正真正銘、パイプベッドただ一つである。それ故、今が何時頃で僕が引きこもりを始めてからどれくらいの日数が過ぎ去ったのかすら、よく分からない。

 扉を叩いて暫く待つと、聴覚の感知できる外側から、小さな足音がフェードインする。敷島さんの足音だと僕は思う。小柄な彼女に似つかわしい、控えめで、可愛らしい足音である。

 ――トントン。

 扉が外側から叩かれる。僕はもぞもぞと這いつくばって、扉から距離を置く。少しして、取手が回る。音もなく、蝶番がするりと回転する。扉の向こうに、敷島さんが立っている。

「おはよう、プリメラ」

 元、彼女のストーカーである僕が言うのも何だが、敷島さんは相当頭がおかしい。

「おはよう、ご主人様!」

 教室での彼女は、極々有り触れた(ちょっと他人よりビジュアルの良い)一介の女子高生に過ぎないのに、そんな彼女が裏ではこんなことをしているのだから、人間の表裏というものは中々に奥が深い。

「ようく、眠れた?」

 今も、右手には血みどろのサバイバルナイフが握られている。春先の太陽のように朗らかな微笑みを僕に向けてくれているのに、刃先から滴る鮮血のせいで、僕は気が気ではない。

「うん! とっても面白い夢を見たよ!」

 架空の人形プリメラ(僕)とありもしない独り芝居を続ける彼女。狂気の沙汰ではない。ただ、惚れた弱みという奴で、それでも僕は彼女が好きで好きで仕方がないのである。瞳が溝色に濁っていても敷島さんは可愛らしく、鮮血艶めく黒髪もまた優美と言えないこともない。恋は盲目。僕は一体、何時頃、目ン玉を抉られてしまったのだろうか。見当もつかない。

「そう。どんな夢?」

 夢……。夢か。あれ。僕は今朝、どんな夢を見たんだっけ? 面白い夢だったということだけは、しっかりと覚えているのだけれど……。

「――魔法使いの夢!」

 ドキリとした。そういえば、金髪の魔女が箒で樹海の上を飛ぶ、そんな感じの夢だった。隣には藍色の飛龍が居て、腕の中には赤熱色のひよこみたいな魔法生物が居る。風を切って、地平線まで緑色で、空は底抜けの青色で、どこまでも爽快感に溢れていて……。

 僕は敷島さんを見る。聖母のような微笑みに、底なし沼のような水晶体が美しく映える。偶然、偶々言い当てただけだけれど、運命を感じる。やっぱり敷島さんは特別なんだと僕は思う。

「ふふふ。プリメラは魔法使いが大好きなのね」

 僕が好きなのは敷島さんだけだけど。

「うん!」

 無邪気に頷く敷島さんも、可愛らしくて素晴らしい。

「じゃあ、今度、魔法の本を買ってあげる」

 慈悲深い。母性愛を感じる。

「ほんと!」

 喜ビに瞳を輝かセる敷島さん。

「もちろん。――やくそく」

 小ユビを立テる敷島さん。

「うん。やくそく!」

 ヤ、ク束する敷島さ、ん。

「じゃあ、朝ごはんにしましょう」

 提あんす、る敷シマ、さん。

「うん!」

 こど、も、ポい、敷し、ま、さん。

「さ、行きましょ」

 立ちアが、る、敷、シマ、さん。

「きょーうの、朝ごはんは、なーにかなー」

 ウタ、う、シ、キシ、マさ、ん。

 血、ダまりの中、で、でも、や、ぱり、僕、は、し、きシマ、さん、が、ス――、キ。

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