第9話 ユメミヤ
「おはようございます」
目を開けるとユメミヤがまだそこにいた。
というか、俺は何回こいつにおはようって言われるんだ? スズハと合わせたらかなりの数だ。
「おい、なんでまだお前がいるんだ、スズハは?」
俺は確かにさっき現実に戻ると決めたはずだ。
「スズハは現実に戻りました。ただあなたにはもう少し話があったので」
ユメミヤの声はいままでの不気味な感じとは違って、なぜだか優しく聞こえた。
「じゃあ、ここはまだ夢の中なのか? でも、ここはいつもの俺の部屋だろ?」
「いいえ、ここは夢の中です。そもそもあなたはずっと夢の中にいたんですよ」
ユメミヤはいやに明朗に話した。
「だから、その夢から覚めたんだろ?」
「違います、ここも夢なんです。あなたがバスで私と会った日、あの日の夜からあなたはずっと夢の中にいたんです。スズハと一緒にいたセカイ、そしてこの現実のようなセカイ、どっちもたった一夜の夢なんです。
「なんでそんなことをする必要があるんだ? なんのためにそんな面倒くさいこと」
ユメミヤがそんなことをする理由がわからなかった。
「スズハがそう望んだからです。スズハは何回も好きな夢を見るうちに、夢から覚めた後の現実を恐れるようになりました。自分だけが夢から取り残されると。だから、夢の中の人物にも同じ境遇を求めた、現実から私の手によって夢を見ているという境遇を」
「ちょっと待ってくれ」
もしいま言ったことが本当なら、
「俺は夢の中の人物なのか?」
もしそうなら俺は実在しないことになる。
急にあやふやになった自分の存在に、恐怖を感じながら俺はユメミヤの返事を待った。
「スズハはそう思っているみたいですね」
曖昧な答えに、まだ不安を拭えない。
「スズハは度重なる夢への旅の中で、現実を恐れるようになった。それでも、夢を見ることはやめられず夢に縋り続けました。そんなスズハを現実に戻すために、私はあなたをスズハの夢に招待しました」
「招待?」
「はい、私の力であなたとスズハの夢をつなげた。つまり、安心してください。あなたはちゃんと実在します」
俺は実在する。その言葉を聞いて安心したのか、いままでの緊張がほぐれ汗がどっと出た。
ただ、そこで一つ疑問が生まれる。
「だけど、なんでお前があいつのためにそんなことするんだ? 都市伝説の怪人がなんで? お前は誰なんだ?」
「私はスズハのイマジナリーフレンドです」
イマジナリーフレンド、聞きなれない単語に、俺の動きが少し止まった。
それを察してか、ユメミヤは自分について語り始めた。
「イマジナリーフレンドというのは、子供によく見られる現象で、自分に都合よく振舞ったり、助言をしたりする、自分で創った空想上の友人のことを言います。スズハは小さい頃両親が離婚して、家に一人でいることが多々ありました。そんな寂しい時間を紛らわす存在として私が生まれました」
ユメミヤがスズハが創り出したものということはわかった。
でも、そしたら疑問が一つ残る。
「じゃあ、なんでお前は都市伝説なんかになってるんだ? そのイマジナリーフレンドっていうのは、創った本人にしか見えないんだろ?」
「イマジナリーフレンドはよく見られる現象ですが、スズハはもう一つ、明晰夢を見ることができました」
「明晰夢って、好きな夢を見れるやつか?」
それなら聞いたことがある。
「厳密には少し違いますが、まあ、そんなところです。スズハは両親が離婚した頃から、明晰夢を使って家族三人仲良く暮らす夢を見るようになりました。両親が離婚せず、幸せだった頃の夢を。その頃流行っていた都市伝説が『ユメミヤ』です。ユメミヤは好きな夢を見せてくれると、どこからともなく噂になった」
「ユメミヤの都市伝説が先だったってことか?」
「はい、そしてそんな時にちょうど、イマジナリーフレンドである私が生まれました。明晰夢、都市伝説、そしてイマジナリーフレンド。スズハは自分の明晰夢という能力を、都市伝説のユメミヤの力で見ていると考えるようになりました。そしてそのユメミヤをイマジナリーフレンドである、私に当てはめた」
「私は最初『夢宮』という、スズハの話し相手になるだけの男の子でした。しかしスズハが都市伝説のことを聞き、私は好きな夢を見せる『夢見屋』になりました。そうして、昼はスズハの話し相手『夢宮』、夜は好きな夢を見せる『夢見屋』として私はスズハの近くに居続けました。普通、イマジナリーフレンドは成長するにつれて自然と消滅するんです。しかしスズハはいつまでも私を空想し続けました」
「でも、それならなんでお前は俺の前にいる? 俺にはお前は意思をもって行動しているようにしか見えないし、それに俺に夢を見せる能力だってあるだろ?」
意思をもって行動して、俺とスズハの夢をつなげた。これは明らかにイマジナリーフレンドなんてもんじゃない、都市伝説の怪人『ユメミヤ』そのものだ。
「私が意思をもったのはつい最近のことです。私は気づいたら、自分を認識し、他者に夢を見せる力も持っていた。自分でもなにがおきてるのかわかりませんでした。いや、そもそも自分というのがなんなのかすらわからず、ずっと自問自答していました。そしてそれがやっとわかった頃、私はスズハのことを考えるようになっていました。私のせいでスズハは夢に逃げるようになった」
「私が意思をもったのは、スズハを現実に戻すためじゃないかと思うようになったんです。そんな時にあなたを見つけました。あなたならなんとかしてくれると思ったんです。そしてあなたは本当にスズハの心を動かした。本当にありがとうございます」
目の前で頭をさげるユメミヤは、もう俺には不気味な都市伝説の怪人なんかじゃなくて、ただのスズハの良き友人にしか見えなかった。
「そろそろ起きる時間ですね。最後の仕上げ、現実のスズハをよろしくお願いします。私はそちらには行けませんから。それに彼女に必要なのは、もう私じゃなくてあなたです。どうかよろしくお願いします」
そう言ったユメミヤの顔は、やっぱり見えなかったけど、なぜだか笑っているような気がした。
「ああ、わかった。俺が絶対になんとかする。任せろ」
俺はもう一度誓った。
スズハの友人に。
いままでずっと一人でスズハを支えていた、一人の勇者に。
「ありがとうございます。それじゃあ、目をつぶってください。これが私の最後の仕事ですかね。一つあなたにヒントを差し上げます。彼女の名前は——」
意識が浮く感覚の中、その声は確かに俺の耳に届いた。
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