第8話 素敵な嘘に溺れて

知ってた。

わかってた、こうなるって。


夢から覚めたときはいつも暗い気持ちになる。

わかってたよ、夢を見るから失うんだって。


「鈴葉、どこいくの?」

母親の声が聞こえる。

それを無視して私は家を出た。


十一月の海はとても寒かった。

彼はここではないここで、私のことを好きって言ってくれた。

私も好きだった。

たった一夜の夢だったけど、それでも私は彼が好きだった。


でもここに彼はいない。

だって、全部私が創った。

彼は夢の中にしかいない。

ユメミヤは小さい頃からいつも好きな夢を私に見せてくれる。

だけど、夢から覚めたあとの、この感情をどうすればいいかは教えてくれない。


いつからだろう、夢に逃げるようになったのは。

小さい頃ユメミヤが現れたときから、私は辛いことがあるといつも楽しい夢をみるようにした。


夢の中では私は無敵で、全部思い通り。

だけど夢から覚めたら、私には何もない。


だから、今回の夢は少しシチュエーションを変えてみた。

彼も現実からユメミヤに連れてこられて、私と同じ。

そういう設定。

そんな風にしたら彼が本当にいるみたいに思えてきて、幸せだった。


それなのに、おきてみたらやっぱり彼はいなかった。

なんでも思い通りになるんだったら、私はおきたくなかった。

ずっと夢を見ていたかった。


でも、彼はそれを許してはくれなかった。

その代わり私と一緒に現実を生きてくれるって言った。

そう言ったのに……


「……嘘つき」

自然と声が漏れていた。

別にいっか、ここには私の声に反応してくれる人はだれもいない。


また会えるかな、そんなかすかな思いを胸に、だれもいない海で私は眠りに落ちた。



なにかに呼ばれた気がして、目を開ける。

気がつくと、辺りはもう暗くなっていた。

結局夢の中でも彼には会えなかった。

そしてここにも彼はいない。

いや、彼どころかこんな田舎でこんな時間、しかも十一月だ、周りにはだれもいない。

私は一人、


なはずだった。


「おはよ」


その声は確かに聞こえた。

どうしてここにいるの? なんで?

横から聞こえた声に、

聞きたいことがいっぱいあった。

伝えたいこともいっぱいあった。

朝おきてから泣きっぱなしだったから目も腫れてるし、今もきっと涙で顔がぐちゃぐちゃで大丈夫かな、とか。

頭の中もぐちゃぐちゃで、結局出てきた言葉は一つだった。


「おはよう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る