第3話 真冬のプールには青春が隠されている

「ねぇ、起きて、キョウヤ」

暗転、かすかな光が目に、スズハの声が耳に差し込んできた。

俺はスズハに何回起こされるんだろうか?

そもそも夢なんだから、わざわざ寝てる状況から始まることないと思うんだけど。

これも、夢にリアリティを持たせるためのユメミヤの気遣いなのかな。


「おい、ナラサキ、早く答えろ」

目覚めた場所は教室で、どうやら俺は問題を当てられらてるらしい。

いくら夢だからってすごいありきたりなシチュエーションすぎじゃない?

もう少し考えて欲しいな。


というかさ、全然わかんないんだよね、答え。

自分の思い通りなる夢だったら、もっとさ、パッと答えが浮かぶものじゃないわけ?

ちょっと不親切すぎるよな、まったく。


俺が答えられないでいると、横からスズハの声が聞こえた。

「If you want to be happy, be.」

「え?」

「いいから、言って」


「いふ ゆー うぉんとぅ とぅ びー はっぴー びー?」

「はい、正解。幸せになりたいのなら、なりなさい。トルストイの言葉だ。正解したのはお前じゃないけどな、ナラサキ」

先生が俺の方を見てそう言うと、ハハッという笑い声がクラス中から聞こえた。

横を見るとスズハも呆れた顔で俺の方を見ていた。



「もー、私まで恥ずかしかったじゃん」

放課後、一緒に帰るとき、スズハが不満そうに言ってきた。

「いや、だってしょうがないだろ、急だったんだし」

「そもそも寝てるのがいけないんでしょ」

それを言われると何も言えない。

いや、本当はあんなとこで夢が始まったのが悪いんだ、別に俺は寝たくて寝てたわけじゃない。

だけど、そんなことをスズハに言うわけにもいかないので、一応謝っておいた。


「まったく、貸し一つだからね」

「ああ、いつか返すよ」

どうせ夢のなかだしいくらでも返せるはずだ。

「だめ、今日返して」

「今日?」

「うん、今日の夜ちょっとつきあって」


スズハは今日の夜何かやりたいことがあるらしく、深夜学校に集合だと言われた。

俺はそれを危ないからと、スズハの家まで迎えに行くことにして了承した。

夢の中だから危ないもなにもないんだけどさ、いやにリアルな夢だから一応ね。

まあ、その夢の中って言うのが了承した理由なんだけど。深夜の学校とか普段できないことをやるのは、やっと夢っぽくなってきたなんて思ったんだ。



夜の学校は昼間とはまったく違った風景を見せてくれた。

実際に来てみてわかったけど、この雰囲気はとても尊いものだね。

青春ドラマとかで、夜の学校に忍び込むなんてやりたくなる気持ちがよくわかったよ。


「なんかわくわくするね」

「ああ。だけど、これからなにするんだ?」

スズハはここでなにをするつもりなのか、まだ教えてもらっていなかった。

「なにって……青春だよ」

スズハは鼻歌交じりに答えた。

アバウトすぎてわけがわからなかったけど、なんとなくいい響きだったからよしとした。


そのままスズハについていった結果、たどり着いたのは思いもよらないところだった。

「おい、ここってプールだろ?」

「うん、入ろ、プール」

「入ろって、入れるわけないだろ、いま十一月だぞ」

そもそも水だって入れてないだろう。


「大丈夫だよ、なんとかなるって」

スズハに引っ張られて、プール場に入ると、そこにはしっかり整備されたプールがあった。


「じゃあ入ろっか」

「いや、無理だっ——」

スズハに引っ張られて宙に浮いた、次の瞬間、気づくと俺は水の中にいた。

「なにすんだよ! 寒……くない」

「ほら、なんとかなったじゃん」

スズハは満面の笑みで、勝ち誇った顔をしていた。


でもなんで寒くないんだ? いくら夢だからって適当すぎないか?

「なにしてんの、えいっ」

俺に考える暇をあたえないように、スズハは水をかけてきた。


そこからはなんかもうどうでもよくなって、水を掛け合って、泳いで、飛び込んで、そうだな、要するに青春した。

さっきスズハが言ってた青春っていうのはこういうことだったんだな。

平凡な日常とか全部忘れて、俺は夢に溺れていた。



「疲れたな」

「うん」

俺たちはどれくらいだろう、長かった気も短かった気もするんだけど、まあ、それくらいして水から上がって、プールサイドに寝そべった。


「でも、楽しかったでしょ?」

「ああ」

「よかった」

楽しかった。本当に楽しかった。

だけど何か胸に引っかかるものがある。

ただ、それに気づく暇なんてなく、次の『楽しい』が襲ってきた。


「でもね、まだだよ、まだ終わりじゃないんだ」

襲うって変な言い方かな、でも、それがなんだかしっくりくるんだよな、なんでだろ?

「じゃあーん! どう?これ」

ニカッと笑ったスズハの手には、どこから出したのか花火が握られていた。


「何それ? 花火?」

「うん、いいでしょー、やろうよ花火」

「でも、いま冬だよ?」

花火といったら夏だろ。

「いいじゃん、ほら、あの夢の国だって冬に花火やってるしさ」

確かにあそこは、年中花火が打ちあがってるイメージだな。

ここも、夢の国っていったら夢の国なわけだし、案外間違ってないのかもしれない。

まあ、手持ち花火だけどさ。

「ほら、やろ、もってもって」


スズハは花火を両手に持って、回り始めた。

着ている服はいつの間にか浴衣になっていて、火花の中心で笑うスズハはとても綺麗だった。


「キョウヤもはやくやろーよ」

スズハはもうずっと笑顔で、俺まで楽しくなってくる。

「俺はこっちでいいよ。ほら、これ」

「線香花火?」

「うん、好きなんだ線香花火」

「へー、じゃあ私も!」


隣に来たスズハと一緒に火をつけて競争する。

「あ、落ちた」

「俺の勝ちだな」


「綺麗だね」

「ああ、派手な打ち上げとかススキもいいけどさ、静かな線香花火もいいだろ?」

「うん、なんかキョウヤにぴったりな気がする」

「じゃあスズハはススキ花火だな」

「それ、褒めてるの?」

少しムッとしながら聞いてきたスズハに「褒めてるよ」と返して、最後の花火に火をつけた。


「あー楽しかった。でも全部やりきったあとってなんかさみしいよね」

空になった花火の袋を見つめながら、スズハが呟いた。

「そういうもんだよ、線香花火だって最後は落ちるだろ」

よく儚いって言われるけど、それが線香花火の魅力なんだろう。


「もうやってること完全に夏だよな。なんか暑く感じるし」

「でも、こういう冬もいいでしょ?」

「まあな」

夢の中だし。

後に続くその言葉は言わなかった。

言わなければこれが現実であり続けてくれる気がした。

夢であってほしくなかった。


「そもそも、夏ってずるいんだよ、海とかプールとか花火とか、お祭りだってあるしさ、青春の塊じゃん。少しくらい冬にもわけてもらわないとね」

確かに、夏は欲張りなのかもしれない、たまにはこんな真冬の青春の話があってもいいか。

そんなこと思いながら、一つ冬の特権を思い出した。


「あ、でも冬にはあれがあるじゃん、ほら、雪。どっちかって言うと青春っていうよりはロマンスって感じだけどさ」

「あー、いいね、雪」

スズハのこの言葉に俺はなんとなくこれから起こることを察した。

それは見事に当たり、さっきまでの暑さはどこへやら、景色は一面、銀世界におちた。


「おー、きれいきれい」

遠くをながめながらスズハが続けた。

「あ、そうだ! 線香花火が好きって言ってたけどさ、あっちも好きでしょ? そろそろフィナーレいっちゃおうか」

「あっち?」

俺はこれ以上驚かさせられるんだろうか?

その答えはスズハが言う前に鳴った。


——ヒュゥゥゥ、——ドォォォーン

けたたましい轟音とともに、雪空に花が咲いた。


「おー、やっぱ打ち上げも悪くないね。」

「もう無茶苦茶だな」

無茶苦茶もここまでくると笑えてくる。

「いいじゃん、楽しいんだからさ」

「そうだな」

もう、無駄に考えるのはやめることにした。

せっかくだから楽しまなきゃ損だろ?

うん、スズハの言うとおり楽しいからいいんだ。


そこからは、もうただ笑って、楽しんで、それは夢のような時間だった。

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