第4話

「昔話をしてもいい? 聞き流してくれて構わないから」

 セノは言う。聞いていますよ、とハラダは応えた。

 ありがとう、とセノは少し笑う。


 正確にはね、そのときはもう、わたしたちは恋人同士じゃなかった。彼はひとつ年下でね、同じ部活の、写真部の後輩だったの。付き合い始めたのはわたしが三年生になった頃。それから二年間近く一緒にいた。彼はわたしの写真を好きだと言ってくれた。わたしも、あの子の写真が好きだった。

 わたしたちの関係がこじれた原因は、わたしの就職先だった。わたしは大学のある街で内定をもらっていてね、卒業後も、彼と一緒にいるはずだった。でも、その後で海外勤務の話が出たの。尊敬するカメラマンと一緒だった。向こうで彼について、写真の勉強をしながら仕事ができるって聞いて、わたし、行きますって、言っちゃったのね。

 向こうに行ったらしばらく帰ってこられない。彼は落ち込んでいた。急に遠距離恋愛になることにも、わたしの優先順位が、彼よりも写真にあったことにも。彼はもしかしたら、わたしと一緒に行くカメラマンに嫉妬をしていたのかもしれない。真意はわからなかったけど。

 ぎくしゃくしたまま、わたしは卒業して、海外に行った。それからもう、ほとんど自然消滅の形だったな。連絡が完全に途絶えたわけじゃなかったけど、付き合っている感じでは、もう、なかった。

 あの事故の前日に、メールが届いていたの。彼は大学を辞めたって言った。そのあとで、実家の住所を書いてくれていた。それが、彼のささやかな未練なんだと思った。メールの末尾には、あの十二時三十分発の××行きの飛行機に乗ると書かれていた。


 セノは言葉を切った。

「ニュースが流れたとき、わたしは彼に、手紙を書いてたの。彼の実家あてにね。未練ばかり書き連ねた手紙だった。彼からのメールを読み返して、どうか、あの飛行機じゃありませんようにって思った。彼が乗っていませんようにって……」

 ハラダは、目を伏せて頷く。当時、毎日のように流れていた凄惨な映像は、海外でも報道されていたのだ。

「それからすぐ、日本の友達から彼が亡くなったって連絡を受けた」

「後悔、しましたか」

 ハラダは尋ねて、すみません、と言った。セノはいいの、と薄く笑い、

「後悔した」

 と、応えた。

「何でわたしここにいるんだろうって思った。わたしがあの街に残っていれば、彼は死なずに済んだかもしれないとも考えた」

 セノは目を閉じ、それから、と呟く。

「いなくなるなんて酷いって。そう、思ったの。先にいなくなったのは、わたしのほうだったのにね」

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