第2話
セノはその山中で、しばらくぼんやりと立ち尽くしていた。あたりは静かだ。時折木の枝が風に揺られる音や、小鳥のさえずりが遠く聞こえる。木漏れ日の落ちる地面には、雑草と小さな草花と落ち葉、供えられた花束、そして錆びついた部品が忘れられた記憶のように佇んでいた。
セノは目を瞑る。あの鮮烈な映像が、今まさに起こっていることのように頭の中に蘇る。思い出すのはいつも、自分の机の上に置かれた便せんと、テレビの報道だった。
ブラウン管の画面の中、遠く離れてしまった自国のニュースが大きく取り上げられていた。燃え上がる機体。午後十二時三十分発、○○から××へ向かう飛行機の墜落事故。乗客は全員死亡、とキャスターは告げた。セノは彼のことを思い出した。途端、血の気が引いた。彼女は震える手で、前日届いたメールを開く。パソコンの画面に並んでいたのは、簡潔にまとめられた彼の近況報告と、もし何かあれば、と書かれた実家の住所、そして、
――明日の十二時半発の××行きの飛行機で、実家に帰ることになりました。それじゃあ、お元気で。
セノは首から下げていたカメラを構え、何枚かシャッターを切った。
「セノさん」
あとからついてきた助手のハラダが、セノに声をかける。彼女は振り返って、
「ああ、ありがとう。重かったでしょう」
と、申し訳なさそうに笑った。いえ、とハラダは目を伏せて首を振った。
「ハラダくんは、ここ、来たことあった?」
セノの問いかけに、ハラダは首を振る。
「はじめてです」
そう、とセノは頷く。ハラダは三脚を置き、開いた手に持っていた花束を置いて、手を合わせた。
「十年前、ですよね。僕はまだ、高校生でした」
「わたしは大学を卒業したばっかりだった」
十年前に起きた、国内線飛行機の墜落事故。その墜落現場が、この場所だった。
「でも、どうして急に?」
ハラダの問いにセノは俯いて、自分の供えた花束をじっと見つめた。
「やっと、ここにくる覚悟ができたから」
セノの応えに、ハラダは首を傾げる。
「恋人が死んだの」
単調に、セノは言った。え、とハラダが乾いた声を漏らす。
「あの飛行機に乗っていたの」
上の方で、鳥が飛び立つ音が聞こえた。緑の葉が舞うように落ち、木漏れ日が揺らいだ
「……そうだったんですか」
ハラダは少し傷付いたような顔をしていた。それから言葉を探すように目を泳がせ、何も言えずに俯いた。セノはカメラを構え、思い詰めたように、シャッターを切る。
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