第22話 魔界


 朽ちた鉱物や木材が、闇の中で見え隠れてしている。

 空は限りなく闇に近い紫で、時折壊れた電球のように黒い光の波動が波打つ。

 足下は深い沼で、術で浮かんでいなければそのまま沈み込んでしまいそうだ。

 ひどく退廃的で、限りなく広いのに圧迫感が胸を締め付ける。

 そんな空間で、巨人が口元をあげてこちらを見下ろしていた。

人の身体から皮膚を抜き取ったような赤黒い表層がぬめぬめと輝いている。時折身体が脈打ち、そのたびにとてつもない力が溢れてくるのがわかる。

 体長は15メートルほどで、不自然に長い手には深夜が握られていた。

 前に見たときとはずいぶんと見た感じが違うが、ほとばしる妖気から奴だと確信できた。

 伝説の巨人、ダイダラボッチ。

「てめえ、生きていたのか」

 親父達飛輪の精兵の一斉攻撃を受け身体が滅ぶのは確かに見た。それに他の飛輪の連中が奴が魔界に逃げ込んだりしていないのを確認した筈だ。

 だが実際この魔界で俺の前に立っている。

「コチラも。寿命の短いニンゲンと再び相見えるとはオモワなかったぞ。マホウツカイよ」 

 声を聞くだけで意識を失いそうな程の力を感じる。

 前にあったときより確実に力を取り戻していた。

 これが奴の本来の力か。それともまだまだ途方もない力があるのか。

「こそこそ隠れて、か弱い女の子を誘拐しようとしていたわけかよ。伝説の悪魔と呼ばれながらやっていることは変質者(ストーカー)だな」

「ニンゲンどもの呼び名に興味はナイ。そもそも我の目的は元よりこのムスメだ」

「今更シンヤに何の用事があるってんだよ。もう一回門でも開くつもりか?」

「貴様には関係のないハナシだ」 

 この能力って門を閉じたり開いたりする以外にまだ何かあるのか? 

 興味はあるが、深夜を助け出すことの方が最優先だ。

「そうかよ。それにしても伝説の巨人何だか言われている割にはずいぶんとおとなしい姿じゃないか。さっきの悪魔の方がよほど巨人だったぜ」

「貴様のコンタンはワかっている」

 静かな声が俺の頭に響き渡る。

「こうしている間にミカタが来るのをマっているのだろう。だが無駄だ。お前達の言葉でイウ小規模な奈落ならニンゲンの術でもこじ開けて入れるだろうがここは魔界の玄関口。人のみで開ける事などカナワヌ。仮に出来たとしても貴様が時間稼ぎをした程度のわずかな時間ではムリだ」

 ち、見破られていたか。

 内心で舌打ちするも態度は崩さない。こいつらは弱気につけ込んでくる。陰気の住人には強気な態度を崩すわけにはいかねえんだよ。

「今日はずいぶんとおしゃべりじゃねえか」

「メでたき日ゆえ。我の宿願がようやく叶ったのだからナ」

「現在進行形で言うなや。まだ叶ったとは限らないぜ」

 奴の右手に握られている深夜を見上げる。

 待ってろよ。絶対助けてやるからよ。

「減らず口だが今は気分がイイ。このままおとなしくしているなら見逃してやる。モットモ、こちらの世界の瘴気に耐えられるまでの短い時間ダがな」

「そいつを返してくれるなら考えなくもないぜ」

「カエすとでも?」

「じゃあ前に言った通りだ。陰陽師は悪魔に屈しない」

「アア、覚えている」

 そんな声が響くと、巨体を揺らす。笑っているのだとなんとなくわかる。

「そしてこれも覚えているゾ。一人では絶対勝てない、だったな?」

「過去の話を持ち出すんじゃあねえよ。人間は短い時間で驚くほど成長するんだぜ?」

「そうか、それは楽しみなことだ」

 奴の言葉が終わるや否や俺は術を唱えた。

 光線が俺に向かって放たれる。結界の術をたやすく貫く熱量だ。

 その光線を俺は拳で受け流した。

 光の熱は俺の後方へと伸び、背後で爆発音を立てる。

「ホウ……」

 ダイダラボッチは感心したような声をあげた。

 こいつの破壊力の高さは前回の戦いでわかっている。

 そして以前清十郎が言った通り、本番ではこれまでの修行など積み上げてきたことしか出来ない。

 どこぞの戦闘民族宇宙人のように、怒りや死の淵から蘇ったらパワーアップするなんて都合の良い展開なんか起こりっこない。

 だからこそ日々の積み重ねと、実戦を想定した術をくみ上げておく。特に陰陽師はクレーバーでないといけえねからな。

 今のは結界の術を両拳に集約させて密度をあげたものだ。

 それでもまともに受け止められないだろうから、体術で受け流して逸らしたんだが、どうやらうまくいったようだな。

「なかなかやるようだナ」

「お褒めに頂き光栄だ。賞金として深夜を頂くぜ」

「笑止」

 途方もない力が奴の身体からほとばしる。

 かと思えば空間中にコウモリのような眷族が現れる。

 何十も、何百も。

 そしてそいつらは一斉に口を開く。

 ものすげえ嫌な予感がするんだが……

 周囲が紅く染まった。

 眷族一匹一匹が光線を放ったのだ。

「く……!」

 飛行の術で飛びあがると、光線の群れから避難する。

 離れた先に無数の光線。何発かを拳で受け流す。それだけで霊符は燃えつきた。

 新たに術をかけ直す間に第二撃が、そして新たに眷族が空間に現れ、光線を放ってくる。

 圧倒的だった。

 常に何十の光が俺を焼かんとこちらに向かってくる。

 前から後ろから。右から、左から。上からも下からもだ。

 360度。パノラマに空間を飛び周り、避けきれない光線を結界の術で受け流す。

 それでも完全に避けきれず、いくつもの光が俺の身体を焼く。

 一つでもむかってくる光線に気付かなかったり、避けそこなったり、受け流すタイミングが遅れたり、術をかけ直すのが遅れたり。

 そんなわずかなミスが即、死を招く。もちろんやり直しなんて効かない。俺の死はそのまま深夜が連れ去られることを意味していた。

「ドウシタ、避けるだけではナイか」

 奴の声が聞こえる。腹正しいぐらい余裕のある声だ。

 確かに避けてばかりだとジリ貧だ。

 冷静に相手を追い込んで詰めていくのが陰陽師だが、体力が残っているうちに攻めないとな。

 飛び周りながらチラリと奴を、奴の手に握られている深夜を見る。

 視界を遮蔽するようにいくつものコウモリが現れた。そして口を開けて光線をはき出す。

 これを身体を大きく反らして避けると、浮かんでいた鉱物に足を乗せた。

 そこに向かって群がってくるコウモリども。何匹かが光線をはき、足下の岩を砕いた。

 だが俺は感覚を周囲全部に向けながら術を連続で展開する。小さな結界術が現れては光線の軌道を変えて消滅する。

 そんなことをしている間に他のコウモリ達が集まってくる。何百もの無数に。

 そして逃げられないようにか円状にとりかこみ始める。わずかに攻撃の隙間が出来る。ちらりと俺はダイダラボッチの巨体を見上げた。

 次の瞬間。一斉に光線がはき出された。

 それと同時に俺も動く。

 足場にしていた岩が崩壊して音を聞きながら、身体を回転させながらコウモリ達の方に突っ込んだ。

 コウモリ達が第二撃を準備する。だが、そのうちの何匹かはそれをする前に消滅した。

「式神達、頼んだぜ」

 俺は式神の術が得意ではなく、器用なことをさせることができない。

 だからこそ数だけは結構同時に扱える。式神を召喚するとそれぞれに瀑符を持たせて散らせたのだ。本体には無理だが、コウモリ達程度ならこれで倒すことが出来る。

 集まってきたコウモリ達の数十が同時に、式神の体当たりを受け消滅する。それは俺への囲みが弱まることを意味していた。

 圧倒的な熱量の中、俺はその隙間を抜いて囲みを突破した。

 いくら数が無数といえど、止まった俺を倒すためにその大部分が集まっていた。今この瞬間なら俺を狙う眷族は少ない。

 ダイダラボッチの巨体が眼前に迫る。

 残ったコウモリ達が俺を狙うが光線が少ない。飛行の術をコントロールして避けながら一直線に俺は奴に、奴の手に握られている深夜に向けて突進した。

 深夜まで目と鼻の先、指が届こうとするその直前、

「が!」

 強烈な痛みと衝撃が足を襲う。奴の身体から伸びた蔓みたいなものが俺の身体を貫いていた。

 直後に奴のもう片方の手が俺を払いのけるように動く。

「グハ!」

 身体全体に衝撃があび俺は血を吐いた。術で蔦を切るがその隙に拳が正面から襲ってくる。

 かろうじて受け止めたが衝撃で背後に吹き飛ばされる。足から多数の出血があり、それが深夜の白い顔と奴の身体に飛び散った。

「そうクルと思っていたぞ」

 沼にたたき落とされた俺の上から勝ち誇ったような奴の声が聞こえた。

 かろうじて立ち上がるが肺がやられたのか声が出ない。ヒューヒューと妙な呼吸になり、むせて咳こむ。血が溢れていた。

「しかし手癖のワルイ男よ。いつの間にかこんなモノを使っているとは」

 深夜を握る左手に突き刺さった剣を見ながら笑う。

「護身剣……俺の切り札だ」

 なんとか声をだした。

 前回の時は失っていたが今回は万全の態勢を取ってきた。これもその一つだ。

「なるほど最後のあがきか。その執念は見事とイッテおこう」

 奴の声と共にまたコウモリ達が集まってくる。

「モウその怪我では戦えまい。ここまで戦った栄誉をタタエ選ばせてやろう。焼け死ぬか、踏み殺されるかをな」

 俺は無言で印を組む。

 血を流しすぎた為か視界がボンヤリして奴の姿が歪んで見えた。

「あきらめの悪い男だ。ならば焼け死ぬがイイ」

 コウモリ達が口から光線を吐く。もう俺には避けるだけの体力は残っていない。

 だからこの術を完成させることを選んだ。

 光線が俺に降り注ぐ。眼前に迫ったその時、背後の強烈な光が眷属達を消滅させた。

「な、ナンだこれは!」

 初めてダイダラボッチが狼狽したような声をあげた。

 それもそのはず。奴の左手から溢れた光が眷属達を消滅させたのだから。

「シンヤの力を使わせて貰った。てめえからの瘴気を断ち切れば眷族は消滅するだろうさ」

 ちょっと強引に力を引き出させてしまったがな。

「バカな……術の媒体はなかったはず……」

「そこに一杯あるだろう。シンヤにもお前にも充分すぎるほどな」

「まさか……」

「そのまさかだよ。俺の血だ」

 印を組んで術を放つ。

 奴の手についていた血は深夜を中心に広がり、呪の鎖となって全身をしばる。

 深夜を助けるために、出発前に血を媒体とする術をかけていたのだ。

 遠間家に伝わる秘伝の一つだ。どちらかというと邪法の類いだがな。

 矢継ぎ早に術を唱えると、奴の手に刺さった護身剣がゆっくりと引き抜かれる。そして血を通して深夜から剣に力が注がれていく。

「俺は根性とか感情の爆発で強くなったり出来ない。人間だからな」

 だからこそ全てをもって戦いに備えていた。その布石が奴を追い詰める。

「もう一度言うぜ。護身剣、俺の切り札だ。俺の術とシンヤの能力が込められている。てめえでも効くぜ?」

 ふてぶてしく笑う。

 奴の強大な顔が一瞬歪む。おそらく驚愕でな。

「祓い給へ!」

 渾身の力が込められた護身剣が奴の身体に突き刺さる。

 断末魔の悲鳴を上げながらダイダラボッチが白い光に包まれていく。

 膝をつき、身体が黒く染まっていく。それからだんだんと崩れていくのがわかった。

 それでも最後まで深夜を握ったままだったのは、あいつを使って傷を治そうとでも思ったのか。

 だが気絶している深夜からは例の活性化はできない。

 やがて巨体はゆっくりと沼に沈み込んでいく。

 最後に白袴の深夜だけが残された。

 今度こそ本当に、ダイダラボッチの最後だ。

「シンヤ、無事か?」

 周囲に瘴気が残っていないのを確認して俺は深夜の方に向かう。

 さすがに足の傷がひどくて、ほとんど這うような感じだ。

 なんとかたどり着いて身体を揺する。術が解けて普通に戻った俺の血で白袴が赤黒く染まっていた。

 術のトランス状態からまだ抜けていなかったが、何度も揺すっていると呼吸が元に戻り、「ううん」と声をあげた。

 しかしあの巨体を消滅させる為の力を中に宿していようとは。

 トランス状態だから引き出しやすかったのもあるが、とてもつもない力が俺の術に上乗せされた感じがした。

 ダイダラボッチが深夜を狙っていたのと何か関係があるのか。

 いろいろと疑問はつきないがまずはこいつの無事を喜ばないと。

「や、しろ?」

 深夜は眼を覚ますなり俺の名前を呼ぶ。

「おはようお嬢さん」

 起きていきなり魔界だからビックリするだろうか。そんなことを考えていたら突然身体に衝撃が走った。

 深夜が勢いよく抱きついてきたのである。

「お、おいおい。こんな所で、いや確かに誰もいないけど」

 自分でなにがなんだかわからないが焦っているのがわかった。

「その、傷が痛いんだ。マジで、本当に。だからそれはせめて傷が治ってからにして欲しいかなって」

 女の子と特有の良い匂いだとか、胸元から伝わる体温とかそういうのより実際足の傷と、奴に殴られた身体が痛む。肋骨がやられているのかもしれない。

 だが深夜は俺の声に対して無言で抱きしめる力を強くしていく。

 痛さのあまり思わず悲鳴をあげた。

「……おまえ、マジで。いい加減にしないと……」

 だが俺の言葉がこれ以上続くことはなかった。

 俺の喉元に深夜の指が食い込んでいた。

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