第14話 叛旗
深夜を助けるとなると、まず探さないといけないのはあいつが連れて行かれた場所だ。
「ワルプルギスの夜がこの辺りで起こる以上、それほど遠くには連れ出されていないだろう」
清十郎の推論はおそらく正しい。わ
ざわざ小角が動いたことを考えてもこの街か、この近辺のどこかにいるのは間違いないと思われた。
それに深夜の能力を抑えるために、霊的な力が強い建物に隔離するという条件がある。
この街で神社や寺のような神聖な場所以外で俺んちより霊的に強い建物はない。
街中のそういう施設ももちろん探したが見つからなかった。
「やっぱり郊外か」
風水と方位の流れを占いで探し、良い気の集まる場所を大まかに予測をたてる。
霊的に強い土地は陽気が集まるところと相場が決まっているからだ。
この辺りの地図や飛輪の資料とにらめっこしては気の集まる場所に、式神を飛ばした。
俺は小角のように自分を模して授業を受けさせたり、親父のように使役して家を修理したりなんて式神に器用なことをさせることはできない。
その代わりただ情報を届ける、情報を調べてくるという連絡・調査の一点に限れば式神の発動距離は地球の反対側まで可能だ。
出来ることが少ない分、数を使役することも出来る。
そんなわけで調査を続けていたら、郊外の山ん中で時々飛輪が使っているらしい用途不明の古い洋館を発見した。
式神を特に念入りに飛ばして探ってみたら、外はぼろいが中はどうやら人がいる気配があること。
最近車が入ってきた形跡があること。
何より内部には式神が入っていけない結界が張ってあったことからそこだとあたりをつけた。
夜、俺たちは鬼を退治すると見せかけて合流する。
飛輪から深夜を助け出すと決めて三日目の夜だった。
「ここか」
俺たちは頷き合う。
全員鬼祓師としての正装だった。
清十郎は法衣に錫杖といくつかの数珠。月雲は白衣に緋袴、いわゆる巫女の格好だ。
俺はというと篠懸という黒を基調とした和装だ。
肩には家紋が縫い付けられていて、内ポケットには大量の霊符や呪具を忍ばせている。
なぜだか平安貴族を連想するような格好だと勘違いされるが、これが俺達飛輪所属・陰陽師の正装だ。
もちろん伊達や酔狂でこんな格好をしているわけじゃねえ。
運動にジャージが合っているように、仕事にはこの姿が適しているからだ。それに俺たちの服は呪を施した糸で編まれているので、見かけより頑丈に出来ている。人間相手だとしてもこれ以上に相応しい戦闘服はない。
ちなみに深夜と出会ったときも同じ格好をしていた。
あのときは術で格好に違和感をもたれないようにしていたので、深夜は気付かれていなかったが。
「さて。ここまでは術で来たが、これからどうする八代」
洋館の場所まで大体二キロといった辺りだ。山に入ってわかるがかなり清廉な空気が漂っている。これはこの周辺が霊的に強い証だ。
「術を使うとばれる。……いずれはばれるだろうけど進入するまではなるべく見つかりたくない。ここからは走って行こう。車道を使わずにな」
「了解だ」
「ここで式神を失ったじゃない。それでばれていたりとかはしない?」
「俺の式神はほとんど霊力がないからな。術者が直接いたのならともかく、館から離れていたなら大丈夫だと思う。実際今日はあれから人が誰も出入りしていない」
「罠の可能性は?」
「ない、とは断言できない。その場合は深夜がいるかどうかにもよるけど、臨機応変に動いてもらうことになる」
「わかった」
「じゃあ指示はよろしくね」
「……ああ」
いつもならこういうのは清十郎の役目なのだが、今回に関しては俺が二人に頼んだのだ。俺が指示をするのが当然、ってことになっていた。
なんというか人の分まで何をしてもらうか考えて動くというのはかなり神経を使う。
「俺の苦労がわかったか」
「はいはい。清十郎兄さんはいつも立派だよ」
心を読んだ清十郎に投げやりに答えたら、月雲がおかしそうに声を立てずに笑った。
「じゃあ行くぜ」
俺が号令をかけ走り出すと、二人は無言で付いてきた。
術を使わない、といってもそれは大きな術だ。
身体の疲労をとったりだとか少しばかり身体を操る術はこうして使っている。
だから月明かりしかない夜の森を、こうして軽やかに走ることが出来た。
十数分も走った頃だろうか、視界が一部明け、洋館が見えてくる。手で停まるように二人に指示を出し、木陰に隠れながら様子を伺う。
森のど真ん中に、西洋を思わせる洋館があった。場所が場所なだけにずいぶんと雰囲気がある。
伊緒里がやっていたテレビゲームに出てきそうだった。
式神を通して外観をなんとなくつかんでいたが、一体なんでこんな建物にしたのやら。
「館全体に術がかかっている。ドア以外からは出入できないようにしているようだな」
「入り口に見張りがいるね」
目のいい月雲が入り口の大きな扉の前に立っている人を指差した。
黒服の二人の男性の姿をしている。
「あれは式神だな」
「小角先生のか?」
「おそらく。あれを倒すと小角が気付く」
「どうする?」
「そうだな……」
小角自身は神行業の術を得意としていない。まあ、飛行術を使える陰陽師は飛輪全てを見渡してもほとんどいないんだが。
式神を通して異変に気付いてもすぐには来れないはずだ。
だが他の誰が一緒に組んでいるかわからない以上、過信は禁物だ。
「一人が中を突破して深夜を助けて脱出する。一人が占術で人の気配を察知し、なおかつ救出する人間に近づけさせないようにする。そしてもう一人が……これが一番大変だが中の式神を倒しつつ陽動。それから救援が来た際に他の者が脱出してくるまで、今度は逆に中まで入らせないように門を守る。さて役割をどうするかだが……」
「わたしは道案内役だね」
「月雲が一番得意な術だからな。それは当然だ。さて」
もっとも陽動として優れているのは俺なのだが……。
「誰も何もない。お姫様を助けるのは八代、お前の役割だろう。だったら最初の切り込みは俺しかいまい」
「……やってくれるのか清十郎」
一番危険な役目だぜ。言わなくてもわかるだろうがよ。
「たまには一人で、何も考えずに暴れたい時だってあるさ」
「……すまんな」
「代わりに例の奴、おごりは四人分だ」
「四人? もしかしてシンヤか? あいつが来てくれるかわからないぞ」
「それも含めてお前の仕事だ」
「あの子とわたし達、ほとんど喋った事ないもんね」
清十郎がにやりと笑い、月雲がその腹を軽く小突いた。
深夜を助け出したら今後飛輪に追われるかも知れない、ってのに気楽なこった。だからこそ心強いんだがな。
三人でお互いの役割を確認し合うと、俺たちは頷き合った。
それが合図とばかりに清十郎が錫杖を握りしめて突っ走る。
「うおおおおおおお!」
有無を言わず立っていた男の片方を錫杖で殴り飛ばした。
「キイエエエエエエ!」
思わぬ侵入者に反応しようとしたも一体の黒服を、奇声をあげた清十郎がすぐさまぶっとばす。
そのまま扉を蹴り破り、叫びながら洋館へと突っ込んでいった。
あんな声をあげるとは思わなかったから若干呆気にとられたが今がチャンスだ。
二人で玄関へと走る。清十郎にめがけて式神が群がっているのが見えた。
頼んだぜ、親友。
「人の気配が上の階からある」
最初に探すのは階段か。
術で気配を探った月雲に先導を任せ、ついていく。やがて壁の前で立ち止まると、祓い棒を軽く振るった。
そこにはいつの間にか階段が現れていた。
「館全体に惑わしの術がかかっているみたい。突っ切るからわたしから離れないで」
普通に歩いているはずなのに、なぜだか道に迷っている、というような術だ。
昔なら狸に化かされたとかいうあれだが、やはりかけていたか。
俺なら時間をかけて解析するか無理矢理壊すかだが、月雲なら何事もなかったかのように術を通り抜けできる。
この辺りの術に対する融和性というか柔軟さは、俺には到底真似できない。
「ふはははははは!」
館では清十郎の声が反響している。
相当数の式神があいつに集まっている。この数、式神を仕掛けているのは小角だけじゃあねえな。だが、そんなことより。
「……あいつ溜まっているのかな、いろいろと」
「そうかもね」
古びた階段を先行しながら月雲が微笑を浮かべた。
「でも清十郎って子供の頃はあんなじゃなかったかな? よく暴れていた気がする」
「そうだっけか?」
子供の頃か。そういえば……よく清十郎と喧嘩をしていたな。
清十郎は今では考えられないが、当時はものすごく気が短かった。
しかも同年代でも身体がでかい方で、すでに家で修行をしていたので、同じ小学生だと相手にすらならない。
あいつと殴り合ったことも多かったが、一緒にもっと大きな相手に喧嘩を売りにいったこともたくさんあった。
清十郎のキレる原因のほとんどは義憤によるもので、当時は正義感が強くてすぐ感情で動く奴だった。
「そうだったな。それで……静乃に注意されていたんだっけ」
「あ、覚えているかも。みんなは清十郎ほど強くないから巻き込んだら駄目って。本当に強い子はじっくり考えて、正しいことを考えれる子だって。そんな風に言われていたと思う」
あなたは優しい誰よりも強い子だから、きっと出来るよ。
そんな風に優しく笑う静乃の顔が脳裏に浮かんだ。
思い返してみれば、清十郎が少しずつ大人しくなっていったのも、静乃が俺んちに来た後ぐらいからだ。
静乃が亡くなった後、打って変わって冷静で理知的になっていたから、そのまま忘れかけていた。
「そういえばいつもこんな感じだったな」
「黄泉坂さんを助けることで、昔の自分と重なっているのかな?」
月雲が相変わらず、どこか人を楽しくさせるような笑顔で笑う。
清十郎だけじゃあない。
泣き虫だった月雲が、いつも穏やかな微笑みを浮かべるようになったのも。
俺が伊緒里と千春の面倒をみるのに文句を言わなくなったのも、彼女の影響だ。
二階から三階へと続く階段を登っても、まだ清十郎の声が響いている。
「静乃お姉ちゃん怒っているかな? 清十郎、今日は全然注意を守ってないから」
「そうだな。怒っているだろうな」
むしろ今助けに行っているのが静乃だったとしても、それでも怒っていたかも知れねえ。
「でも知るか。注意したければ生きてすれば良かったんだ。勝手に黙って死んでいった奴に、怒る資格なんかねえよ」
「……そうだね。その通りだよ」
月雲はゆらりと歩きながら頷く。
ただ歩いているように見えるが、術を解析して、それをくぐり抜けている。
「わたしはいつまでも二人が悪いことをしたら怒るからね」
「それはこっちの台詞だ、馬鹿やろう」
「へへへ」
照れたように笑った後、ふと月雲は足を止めた。
「人の気配はここをまっすぐに行った所にあるよ」
「て、ことはそこにシンヤが……いるんだろうな」
わらわらと小さな何かが湧き出てきて進路を妨害する。
姿形は一般人が想像する「鬼」に似ている。体長は五○センチほどだ。
「眷属か……呪禁師(じゅごんし)が仲間にいるな」
呪禁師とは薬や虫を利用する術を使う鬼祓師の一員だ。
ここでいう眷属は俺たちで言うところの式神にああたる。
媒体が紙ではなく虫を使い、それに陰気を集めて使役する術だ。
式神と違って力は弱いが、一度使役すると特殊な箱などで保存が利くし、術者の手を離れても任務を全うする。
何より数を扱えるのが利点とされる。
「時間稼ぎ、いやシンヤを出さない為か」
「どっちにしろ八代は行って」
月雲はそう言いながら左手に祓い棒、右手に呪符を構える。
「この程度ならわたし一人で充分。後はこいつ等を倒して逃げ道を確保しておくから」
「頼むぞ。すぐに戻ってくる」
「気を付けてね。まだ何かないとも限らないから」
「ああ」と軽く手をあげ、そのまま印を結ぶ。
結界を張りながらまっすぐに、進む。眷属が群がってくるが、俺の結界を破るほどの力はない。
「あなたたちの相手はこっち……おいでませ、セキ、アオ」
月雲が術を唱える。神道は精霊と契約して眷属として使役することができる。
月雲が呼び出したのは二匹のオオカミだ。それは出てくるなり俺の周囲に群がる眷属共をなぎ倒す。
頼もしいことで。
「頼むぜ、月雲」
幼なじみに背中越しに声をかける。
仲間たちはやるべき事を最高の形でこたえてくれている。
後は俺だけだ。
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