第12話 疑惑


 夜の街を全力で駆ける。

 闇にうごめく鬼や悪魔を狩るのが俺たち陰陽師の仕事だ。

 ワルプルギスの夜が近いといえど、鬼にそんな事情は関係無い。今日も誰かの怨念で生み出された鬼が、逢魔の刻に這い出てきては人を困らせる。

 今回の鬼は動物の恨みだ。

 保健所で殺処分された動物達。

 飼い主の勝手で飼われ、処分された動物たちの怨念が鬼と化して暴れ出したのだ。ま、よくあることだ。

 保健所ってのはそういう場所だから俺たちの仕事とは切っても切れない関係にある。

 責任者から依頼を受け、定期的に祓いの儀式を行っている。

 そしてこれもよくあることだが、責任者が替わると俺たちのような仕事を鼻で笑い、ないがしろにする者もいる。

 今回それがたたり、鬼が現れたってんで慌てて連絡してきたって話だ。

 そういう鬼は様々な思念が混じっているから人間全体に害をなす。保健所の周辺で潜んでいた鬼を術でいぶり出し、今こうして術的結界を張った路地に追い込んでいた。

 足を止める。

 目的の場所に、狩り場についたからだ。

 追い込まれた鬼は、見る者全てを呪い殺そうとするかのような形相で俺を見据えていた。まさしく鬼の形相だ。

「悪いな。生まれ出た理由には同情するが、これも仕事なんでね」

 印を組みながら術を唱えていく。

 鬼は俺に反撃しようと暴れるが、元より様々な術で縛られている上に結界に追い込まれている。

 矢継ぎ早に唱えていく術に抗うことは出来ず、最後に放った五芒星から繰り出した術の前に消滅した。

「成仏してくれよ」

 決戦に備えてやるべきことがたくさんある。この程度の相手に長引かせたくない。

「動物の怨念か……」

 そういやマヤも元々捨て猫だっけな。あの顔の傷が原因で捨てられたんじゃあないかと言っていたが、もしあいつが拾わなければ、こうして鬼化して俺に狩られていたのだろうか。

「いや、今はそんなことを考えている場合じゃないな」

 後は溜まった陰気を浄化して終わりだ。そのままにしておくと分散した鬼の陰気が、よくない影響を周辺に与えるからだ。

 禊祓いという陰気を追い出す為の儀式の準備を行う。

 そうだ、余計なことは考えなくていい。俺ができることをただ、やっていけばいいんだからよ。



「八代、大丈夫なの?」

 いつもの俺らが打ち合わせをするために使っている第二視聴覚室。授業が終わって教室に入るなり、月雲が駆け寄ってきた。

「怪我ならもういいぜ。お前の祈祷が効いたみたいだ」

「そうじゃなくて最近がんばりすぎじゃない? 周辺の仕事片っ端から受けているんでしょ? もう少しペースを落とさないと」

「今はほとんどの鬼祓師が凶日の備えを行っているからな。俺に出来ることをやっているだけだぜ。タスケアイの精神だろ?」

「それにしても多すぎだよ。鬼が生まれると同時に駆けつけているって話じゃない」

「困っている人を助けるのが陰陽師だし、鬼を祓うのは飛輪の仕事だ」

「でも……」

 月雲は何かを言いたそうに顔を落とす。次の言葉を待ったのだが、結局出てこなかった。

「だが詰め込みすぎるのはいいとはいえないな」

 代わりに教室のドアの方から言葉がかけられた。

「真の一人前は力を抜けるときに抜くことだ。肝心の本番で力を発揮でないようでは一人前とはいえない」

「俺は身も心も未成年だからな。清十郎、お前のような若いのに老成していないんだよ」

「未熟だと自覚があるなら、人の話に耳を傾けたらどうだ?」

「……未熟だからこそ、今は力を付ける必要があるだろう。凶日までもう三週間もないんだぜ」

 小角にその話を聞かされてもう一週間だ。

 すでに親父の元に正式な任務依頼が届いていて、帰ってくるなりまた出かけてしまっていた。

 それはそのまま、深夜がいずこかに隔離されてからの時間ってことだ。

「なるほど。では鬼を狩って狩って狩りまくって、テレビゲームのように経験値が積み重ねられて、レベルアップで万歳だと浅はかに考えているというわけか」

「なんだと!」

「二週間かそこらむやみに自分を追い込んで、劇的に何か変わるほどお前はこれまで何もやらなかったのかということだ」

「!」

 言い返そうとしたかったが、言葉が出てこなかった。こいつの言っていることが正論だからだ。

「清十郎、そこまで言わなくても……」

「むしろそこまで言ってわからないようなら重体だ。もっとも今のままでも充分すぎるほど重傷だがな」

「…………」

「焦る気持ちはわかる。個人的な私情も入っていることだしな。だがワルプルギスの夜に不安なのはお前だけじゃあない。俺達は三人とも八年前を体験している。そして立ち向かうのは俺達全員だ」

 ……焦っている、か。

 確かに俺があがいたところであれは待ってくれたり、早まったりしない。

 俺がやっていることは、やるべき事から眼を逸らして暴れているだけ、かよ。

 情けねえよな。こいつらだって同じように不安だっていうのによ。

「……そうだったな。悪かったな、二人とも」

 やれやれと清十郎が大きなため息を吐く

「全く。そんなだから俺はいつもストッパー役になる。損な役回りだ」

「お前が止めてくれているとわかっているから俺は無茶できるんだよ」

「モノはいいようだな」

 清十郎は静かに笑う。釣られて俺も表情を弛緩させた。ああ、そういや俺しばらく笑ってなかったわ。

「じゃあさ。今日は三人でぱーっとカラオケ行ってファミレスでも行かない? たまにはさ」 月雲が明るい声で、大げさなほど身振りを交えて主張する。

 カラオケか。確かに最近行ってないが……

「さすがにそういう気にはなれない。すまないな」

「……うん、わたしこそごめんね。そんな時じゃないのに」

 わかっているさ。お前が俺を元気づけようとして発言してくれたことはさ。

 お礼代わりに頭に置いてぽんとなでる。相変わらずのさらっとした心地よい手触りだ。

「もう、また子供みたいに」

 抗議の声をあげ、それからふと真面目な顔で俺を見上げてきた。

「やっぱり気になる? 黄泉坂さんのこと」

「……まあな」

「ずっと一緒だったもんね」

「ああ……」

 今はあいつ一人に対して飛輪として力を割く状況ではない。かといって放置しているのも問題のある能力者。

 凶日が終わるまで隔離しておく、という飛輪の判断は正しいのだろう。

 だが、それは深夜にとって本来なら関係のない話だ。

 あいつはただ、猫と静かに暮らしていただけの女の子だったのに。

「特別な人間になることを願った罰かな?」

 そんなことを言っていたが、特別な人間になりたいのは人として考えるのは当然だろう。

 あいつだけが罪な願いをしたわけじゃあない。

「女王蜂か……」 

 鬼を呼び出し、進化させる力。

「悪魔を呼び寄せるほどの高純度のエネルギーを纏う少女か」

 思わず口にしてしまったらしい。清十郎が考え込む

「そんな能力者がいるとはな……親父殿も知らなかったらしい。厄介な話だ」

 ん?

 何かおかしくないか、今の。

「……待て清十郎。なんでお前の親父も知らないんだ?」

「親父殿とて万能ではない。知らないことぐらい……」

「おかしいと思わないか? 少なくとも小角が調べてわかったってことは飛輪本部は知っていたことになる。それでどうして俺たちの親父が知らないんだ?」

 俺の親父は飛輪でも結構な地位にある。

 普段の母さんとのやりとりでは想像つかないが、陰陽師の位で言うなら五行頭の一人だ。

 上には陰陽頭がいるだけで、それはもう相談役みたいなものだから実力では実質トップである。

 何より飛輪本部でも日本に十人ほどしかいないとされる、正二階位の強力な鬼祓師。

 代々陰陽師の家系で名前が通っているし、八年前の戦いでも主戦として戦い続けた。

 この地域だけでなく飛輪本部にも顔が利き、鬼のことはもちろん、飛輪のこともだいたいは把握しているはずだ。

 清十郎の親父もこの地域の本山で座主を任されているほどで法力僧としての実力も高い。情報は手に入りやすい立場ではある。

「……言われてみればそうだな。法力僧と陰陽師のトップに近い地位にいる人間が知らないことか。それほど珍しい能力なのだろうか?」

「今までそんな能力者がいなかったのかも知れないよ」

 月雲の言うように一度も現れたことがないのか、歴史のひもを解いて調べないと出てこないような特殊なものか、あるいは他に何か理由があるのか。

「小角先生に聞いてみたらどうかな?」

「あいつも今は学校に来ていないぞ」

「代わりに式神が来ている。聞けないか?」

 陰陽師で式神の技術が高い小角は、自分の代わりに授業をやらせることが出来る。

 俺たちならわかるが、一般生徒は気づきもしないだろう。

「あいつの式神の技術は俺以上なのは間違いないが、そこまで複雑な回答を式神が答えられるとは思えないな。どこにいるかわからないから式神で連絡もとれないし」

 むしろ知っていても教えないんじゃないかという気がする。なんとなくだが。

 些細な事かも知れない。

 これから迫るワルプルギスの夜とは無関係かもしれない。

 だが、気になる。

 陰陽師としての勘か、俺個人の感傷はわかんねえが。

「二人とも、友人として頼みがあるんだが」

 肝心のワルプルギスの夜が迫っている状況でそんな余裕がないかもしれない。

 だが女王蜂の、深夜の能力についてどうしても調べたい。それを二人にお願いするつもりだった、が。

「今度カラオケ代と」

「ファミレス代、お前のおごりだぞ」

 二人はにこやかな表情で先に答えてくれた。

 ああ、そういう奴らだよ。お前達は。

「デザートもつける。頼んだぜ」

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