第6話 安心

 結局どうしたかというと、深夜には今日の所は霊的に非常に安全であり、かつ他の人がいて賑やかなところに移ってもらうことになった。

 すなわち俺んちである。

 土地柄霊的に強いところにあるし、代々陰陽師である先祖がより強い結界を張っている。我が町では最も霊的に安全な所だろう。災害のときにおける学校と思ってもらいたい。

 そんなわけで人が集まることが多く、ちゃんとした客間もいくつかある。

 かつては『彼女』だって暮らしていた。

 母さんに事情を説明すると二つ返事で快く引き受けてくれた。仕事柄そういう事はめずらしくないからな。

 深夜に説明するといつもの口の悪さはどこへやら、素直についてきた。

 こうして私服に着替え、多少の着替えとマヤを入れたかごをもってきている。

 ちなみに深夜はいつぞやのパーカーにジーンズだ。すぐに着替えれる服を選んだのだろう。

 猫はさすがに自分で持っているが、当然のように荷物の入った鞄は俺に渡された。……いやいいけどさ。

「どうした?」

「八代の家って実は金持ち?」

 うちを物珍しそうに見回す深夜に声をかけると、そう返ってきた。

「家が広いだけだ。神社とかお寺みたいなもんだよ。古いしな」

 純和風というやつだ。水回りこそ改装しているが築何十年なんだか。

 だいたい金持ちって言うならお前の実家なんかすごいだろうに。

 どんな家か知らないけど。

「こんなところにいても仕方が無い。入ろうぜ」

 深夜の代わりにマヤが「なお」と間延びした鳴き声をあげる。お前は利口だな。

 なおも玄関の前でうつむいてまごまごしている。おいおい、と声を掛けようとしたらその前に玄関の引き戸が開けられた。

「にいちゃん、おかえり」

「お、千春(ちはる)。ただいま。母さんから聞いているか?」

「うん。おねえちゃんが今客間を用意しているって。いらっしゃい」

「こいつは弟の千春だ。生意気だからいたずらが過ぎるようなら遠慮なく……どうした?」

「え? ……あ、……う」

 深夜がなぜだかたじろいだように固まっていた。

 こいつがこんな顔をするのは初めてだ。

 しかし俺はこのような顔を別の場所で何回か見たことがある。

 最近だと清十郎の弟がうちにあがろうとしたとき。

 千春がもっと小さいときに親父の同僚に囲まれた時も似たような顔をしていた。

 記憶をさかのぼれば月雲も小さいとき、大人達の中に取り残されたときはそんな顔をしていたと思う。

 見知らぬ人間を前に、どうしていいかわからないときの子供の顔だ。

 ……ということはこいつもしかして緊張しているのか?

 小学生相手にこれって……どんだけ人見知りが激しいんだよ、こいつ。

「ご飯出来ているよ。早く入ろう」

 逆に物怖じをしない弟が深夜の服の裾を持って引っ張ると、無言でこくこくと首を縦に振り、そのまま中へ続いた。

 全く。どっちが小学生なんだか。

 呆れつつも二人に続いて「ただいま」と家に入った。

 千春は家に入るとさっさと居間に向かった。関心にも自分と千春の靴をきちんと並べる深夜を案内して居間の前に来ると、「お兄ちゃん」と声が聞こえた。

 千春では無い。

 深夜より少し背丈が低く、ティアードスカートの上に胸元からフリルが覗く柔らかいピンク色の服を着ている。長い髪の毛を右上でまとめていた。

「この人がお客さん? こんばんは」 

 笑顔を向けられた当人は、新しい人物が登場したことで固まっている。

「ん? ああ、妹の伊緒里だ」

「こ、こぅばわ!」

 かんどるがな!

「客間の方で布団を用意しておきました。広い部屋はちょっと最近使うことが多いので、狭い方ですけど。それで大丈夫ですか?」

「あの、用意まで、……がとう」

 良く聞こえなかったのか、伊緒里は首をかしげる。仕方が無いので通訳する。 

「問題は無い。布団まで用意しくれてありがとうだとよ」

「どういたしまして」

 伊緒里はにこりと愛嬌を振りまくと、先に居間に入った。

 続いて入ろうとしたら、深夜が耳に口を寄せてくる。膝を曲げると、ぼそっと「あの子……」とつぶやいた。

 そういうことは本人に言ってやったほうが喜ぶぜ。

 ということで居間に入った所でさっきの言葉を伊緒里に告げた。

「伊緒里。このお姉さんがお前をすごい美人だってさ」 

「ありがとうございます。お姉さんもすごくお綺麗ですよ」

 実は伊緒里は容姿を褒められるのに慣れている。だから小学五年生ながら対応はよどみない。

 ……まあ時々心配になるけどな。別の意味で。

 深夜の方は俺を「裏切ったな!」という恨みがましい視線を向けてきたが、伊緒里に笑顔を向けられ、

「あ、えーと、うん、ありがとう……」

 と立ったまま赤くなってそっぽを向いた。伊緒里の将来よりこいつの今が少し心配になってきた。

「あらいらっしゃい。悪魔に狙われるなんて大変ねえ」

 母さんが台所から現れた。いつもみたいに長い髪の毛を肩の上で結んで、左肩から胸元に流している。

 エプロン姿だが髪を前にしているということは料理が終わったということだ。

「き、今日はお世話になります!」

 今度は平伏せんばかりの勢いで畳の上に正座した。

「あらあらまあまあ、かしこまらないで。うちはそういう人の為の仕事をしているから」

 おっとりと母が告げるが深夜は「へへえ」とばかりにかしこまった。

「鬼に狙われるのは怖いわよね。わかるわよ。わたしも経験があるから。まあそういうことだからのんびりしてね」

「そんな! こちらも八代……さんにはお世話になりっぱなしで、はい!」

 母さんが緊張をほぐすつもりで告げたのだろうが、深夜は赤くなったり青くなったりと信号機みたいになっている。

 ……駄目だ。面白すぎるぞ、こいつ。

 そんなかんなで机を中心に席に着く。長方形の机で俺と母さんが短い方に対面で座り、妹弟(きょうだい)二人が長い方に並んで座った。

 千春が俺側で伊緒里が母さん側だ。客である深夜は二人の対面。机から少し遠目にちょこんと正座している。

 当然だがかごから出されたマヤも隣だ。

親父は例の封印されていた鬼を退治するために日夜駆けずり回っている。今日も帰って来れないだろうな。

「おにいちゃんさあ」

 食べ始めてしばらくすると誰ともなしにしゃべり出す。今日は千春からだった。 

「仕事だからって女の子を連れてくるようになるなんて。やっぱりあれ?」 

「黙れませガキ。意味も知らないのに使うな。だいたい月雲だってよく来ているだろ」

「月雲おねえちゃんは身内じゃんか。女の子と言わないよ」

「千春、月雲ちゃんにそれは失礼よ」

 はあいと素直に謝る。こいつは生意気なくせに母さんにだけは絶対逆らわない。

 俺?

 当然母さんに逆らうことの恐ろしさは、千春の年齢の頃には知っていたよ。

「ごめんなさいね騒がしくて」

「いえ……明るくて、はい。楽しそうで」

「ご飯口に合うかしら?」

「はい! おいしいです」

 借りてきた猫みたいという言葉がある。

 今の深夜はまさしくそんな感じだった。

 正座を崩すこと無く身体をこわばらせている。母さんや伊緒里が話しかけると、固まった表情で「はい!」か「いえ……」のどちらかで答えていた。俺調べで三対一位の割合だ。

 母さんはともかく小学生相手に緊張するってどんなだよ、お前……。

 友達がいない最大の理由ってもしかしてこれかもしれねえな。

 ちなみに本物の猫たるマヤの方はというと、ご主人の所を大あくびで離れて、今は俺の横で食事している。こっちはなかなかに大物だった。

 猫に興味あるらしい隣の千春がちょっかいを出すのだが、敏感に察知して手から逃れる。他の人になつかないというのは本当らしい。

 俺がそっとなでると素直に触らせてくれた。「ごろごろ」と気持ちよさそうな声をあげる。

「にいちゃんだけずるい!」

「知らないね。これこそ人徳だよ、人徳」

「ぼくも猫触らせてよー触りたい!」

「だったら交換条件だ。そのとんかつを半分俺によこせ」

「ず、ずるいぞ! そんなこと……」

「おや、いいのか? マヤに触りたいんだろう?」

 これ見よがしに抱き上げてみると「ぐぬぬぬぬ」とうなった。震える手でとんかつに箸を伸ばす。ふ、勝った。

「こら、千春をいじめないの!」

「千春! お客さんの前でわがまま言わないの!」

 互いに叱られ、俺たち兄弟は顔を見合わせる。そしてしずしずと正座した。

『すみません』

『よろしい』

 俺と千春の声が重なり、母さんと伊緒里の声が重なる。直後にマヤが「なお」と鳴いた。

「ぷ、……くくく……」

 一人取り残されていた深夜が、正座のまま肩をふるわせる。どうやら笑っているらしい。

「いいよ。後でマヤを抱き上げるから。そのときに触ったら」

「ほんと? やった!」

「すみません。わがままな弟と大人げない兄で」

 妹よ、さりげなく兄まで貶めるな。

 だがそれがきっかけになったのかようやく深夜のこわばりが解けた気がする。食事が終わってお茶を出される頃には、いつもの表情をみせるようになっていた。

 それどころか食後の洗い物を手伝ってくれるなど、かいがいしい所を見せた。一人暮らしだから出来てもおかしくないのだが手際のいいことに驚きだ。意外な一面というか、なんというか。

 深夜はそんなに食べなかったので母さんが味が合わないのでは、と声をかけ「あたし普段から食が細いので」と照れ笑いしながら返す。ま、その程度には話しできるようになっていた。

 でもこいつ嘘は言ってないが、ピーマンとかたけのことかに全く手を付けていないあたり、好き嫌いが多いのもあると思う。だから白人の血混じりなのにこんなんなんだな。(偏見か?)

 でもこいつのことがだいぶわかってきた気がする。

 性格が複雑だとかわかんねえ奴だと思っていたけど、ようするに子供なのだ。

 子供って自分が知らないことを親や兄姉がやっているとすぐにすねたりする。そして親には偉そうにしゃべっても、知らない人には全然喋らなかったりとかするもんだ。

 要はそれなんだろう。弟に猫を触らせてあげたり、妹がやっているゲームの話(動物を育てるらしい)を興味深げに聞いたりしている様子を見ると、精神年齢も近いのかもしれない。

 結局の所単純なんだよな。

 そうとわかると意地悪をしたくなるのは人間の性だ。

「おいおい。中間テストも近いのに、ゲームにはまったりして大丈夫か?」

「学校の勉強なんか教科書少し読めば大体わかるだろ?」

 至極当然のように言い放った。

 ……前言撤回。やっぱりこいつの頭の中は俺にはわかんねえ。

「八代、テストが近いなら少しは勉強しなさい。仕事が忙しいのはわかるけどそれとは別でしょう。今日の報告書は後日にしてもらえるように頼んでおくから」

 おおっとやぶ蛇だったか。風呂が沸いているという話なので、おねむの時間が近づいている千春を先に風呂にやり、それに続いた。

 上がってきた時には深夜と伊緒里はだいぶ打ち解けていたようで、「シンヤさん」「伊緒里」と呼び合っていた。どうやらさっきの話をしていたらしい。

「それじゃあシンヤさん今日は怖かったでしょう? 何でしたらわたしの部屋で一緒に寝ませんか? 二人の方がきっと怖くないですよ」

「気持ちは嬉しいけど、折角布団用意してもらっているから」

 深夜は曖昧に断るが、簡単に距離を詰めれるぐらいならちったあ友達いるだろう。ま、仲良くしているのはいいことだ。「明日な」と二人に告げて部屋に戻った。

 一応少しは勉強しようと机には向かったが悪魔を祓った直後だ。一人になると一気に眠気が押し寄せてきた。またいつもの一夜漬けでいいやとさっさとベッドに潜り込む。

 疲れたけどなんだか懐かしい気がする。

 彼女が、静乃がいた頃のような雰囲気だった。そんなわけねえのにな。

 あの頃は千春が生まれたばかりで、母さんが入院していた。伊緒里も全然小さくて、俺も小さくてもっと馬鹿だった。状況すら全然違う。

 何より静乃と深夜はまるで違う。性格も容姿も、近いところを探す方が困難だろう。

 今までこうして客がいたこともあるし、よく来る月雲と伊緒里の方がよほど仲がいい。だからとりわけ今日が特別だってことは無いはずなのに。

 変なの。

 不思議な気持ちになりつつ、布団に入った俺はいつしか眠りに落ちていった。


 そして――


 嫌な気配で跳び起きた。

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