第4話 黄泉坂深夜②

     

 四時限目のチャイムが鳴ると、生徒の行動は二極化する。

 すなわちのんびりと昼を迎える弁当派と、慌ただしく教室を飛び出す購買派だ。

 俺は基本的に弁当派だが、最近母さんが忙しく、弁当が間に合わなかったので今日は購買組となった。

のんびりと行くと案の定席は一杯で、相変わらずだるまのような顔に口ひげが立派な食堂のおっさんからおにぎりと、適当なパンを三つほど買う。

 教室で食おうと思っていたのだが、見事なぐらいの五月晴れでなんだか中で食べるのが惜しくなった。よし、今日は外でピクニック気分でも味わうか。

 もっとも有力な場所はグループが占有しているか、カップルがいちゃついているのが関の山だ。だがどこの学校にも人があまりいない隠れスポットがあるものだ。

 購買から五分ほど歩き、久しぶりにそこに来ると先客があった。

 見た顔だ。何よりあの派手な髪の毛は間違いようがない。

 見つけた以上放っておくのもなんなので、聞こえるように声をかける。

「何やっているんだお前?」

 そいつは一人でスカートから伸びる長い足を、だらんと行儀悪く伸ばしてスマホをいじっていたが、俺を見て「よ」と手をあげる。

「八代じゃん、今からお昼?」

「ああ、何しているんだ?」

「見てわかるだろう? 昼ごはんだよ」

 サンドイッチと野菜ジュースを持っているのはわかる。だがそれしかない。

「俺ならそれを昼ご飯とは言わないな」

「八代って結婚したら奥さんに朝ご飯で文句を言うタイプだろう?」

「朝はご飯だろうがパンだろうが何もいわないよ。そんな量で食った気にならんだろう」

「お昼なんか少なくてもいいんだよ。元々日本人は二食の時代が長かったんだから」

「食が欧米化してから半世紀は過ぎているが」

「あたしは古き良き日本の伝統を守ってんの」

「良い台詞だな。食べているのが日本食でないのが残念だが」

 すごくどうでもいいことを言い合いながら隣に座る。植木が生えていないところしか座れないから場所があまり広くないのだ。

 おにぎりを最初に食べ、次に焼きそばパンを取り出す。口にほおばっていると視線を感じた。

「なんだ、欲しいのかシンヤ」

 シンヤはこいつ、黄泉坂深夜のあだ名らしい。まあ普通に読めばそうなるわな。

 名字が長いし、かといってミヤと呼ぶのも抵抗があるので俺もそれに乗っからせてもらっている。

「ご飯にパンなんて食い合わせで、よくそれだけ食えるな」

「昼しっかり食べないと夜まで持たないんだよ。明け方家がばたついていて朝もちゃんと食えなかったしな」

 そう言ってから二つ目を取り出す。

「お前は朝はしっかり食っているんだっけ?」

「んー、朝は食べないことが多いかな」

「日本人は元々二食しっかりじゃなかったのかよ!」

「あたしあんまり食が太くないんだ」

 確かにひどくやせているけど。足もめっちゃ細いし。

「お前だから……いやなんでもない」

 さすがにこれはセクハラになる。ついつい向けた慎ましい胸元から、慌てて視線を外した。

「なんだよ。途中で言いかけてやめたら気になるだろう」

 なおもしつこく食い下がる深夜を、適当にはぐらかす。

「そういえば」

 とスマホでさっき何をやっているか聞いてみたら、「ダウンロードしたゲーム」と帰って来た。俺でも知っているような有名なゲームではなく、割とマニアックな奴だった。

「おまえゲームとかするんだな」

「学校へ来たときだけな」

 おいおい、学校にはゲームしに来んのかよ? 

 ま、そんなかんなで昼を食べて適当にだべっていたら予鈴が鳴り出した。やれやれ、午後の授業がめんどくせー。それにここから教室が遠いんだよな。

 立ち上がった所で、「八代」と背中から声がかかる。

「また放課後でな」

 軽く手を振って応える。ああ、今日も放課後でだ。


 深夜の護衛を始めてから五日目だ。

 今のところ周囲の瘴気に変化はなく、鬼は現れていない。

 こうも変化がないと気が緩みそうになるが、奴らの特徴は知っている。油断するわけにはいかなかった。

「よう、お待たせ」

「待たせすぎだ。馬鹿野郎」

 出会うなり八重歯を向けて噛みついてくる。こいつ本当に口汚いよな。まあ何にしろ朝夕ずっとこんな感じだし、だいぶ慣れた。

「何してたの?」

「いつも通りだよ。二人と打ち合わせ。仕事は他にもあるからな」

「面倒臭そうだな」

「……まあな」

 むしろここ最近ずっと機嫌が悪い月雲をなだめるのが何より面倒臭かったが、こいつにそれを愚痴ってもしょうが無い。

「忙しいんだな、陰陽師って」

「正確には学校で陰陽師は俺と小角だけだ。俺たちのようにそういった力を持つ者をまとめて鬼祓師と説明しただろ? 清十郎は法力僧。月雲は神道だな」

「そういや八代ってまあまあ腕がいいって話だけどどれぐらいなの?」

「正七階位だからそれなり」

 陰陽師というより飛輪の定めたランクだ。数字が少ない方が高い。ちなみに清十郎も同じだ。それを伝えると「本当にまあまあかよ」と小馬鹿にした口調で悪態をついてくる。

 ……それぐらいじゃあ怒らないよ?

「じゃあさ、八代。式神って奴を使えるの? 陰陽師って何なのか少し調べたんだけどさ、あれって動物とか人間の姿をとれるってホントか?」

「小角や親父なんかは出来るな。……俺はあまり得意じゃ無い。連絡程度」

「なんだよ。まあまあじゃなくて実は落ちこぼれかよ」

「うるせえな。得意不得意の問題だよ。俺は呪(じゅ)や祓いの方とか、神行業の術とかの方が得意なの。……学校で話すことじゃないな。いくぞ」

「へいへい」

 文句を言いながらもきっちりついてくる。さすがに口ほど性根が悪いわけじゃ無いことは数日で理解している。あの日からは朝は毎日迎えに行き、帰りは授業終了後、だいたい三十分後にこうやって待ち合わせて帰っている。

 さすがに一週間、スーパーに寄ったりするのも含めて一緒だったりするから、口の悪さ以外にこいつのこともある程度わかってきた。

 まず髪の色だが元来この色らしい。中学生の時までは逆に黒く染めていたという。眼鏡は伊達だったらしく、視力は二・0とのことだ。ゲームしているくせに。

 次にこいつ、オーストラリア人の祖父がいるとは聞いていた。が、どうも祖母がマレーシア人やらと日本人のハーフで、母親がその更にハーフ。父方の祖母がロシア人の血を引いているらしい。

 むしろこいつは何になるんだ? 日本人率がそんなに高くないんだが。

 それで住んでいるマンションはその祖母の家で、昔から出張しがちな両親のため、よくこの街に来ていた、と言う。

 祖母は昨年亡くなたらしいが両親が海外へ行くので住み慣れているこの街に来たとのことだ。

 後は……そうだな。想像通りオカルトとか古代文明が大好きらしく、ほとんどその話ばかりしていた。

 突然地球に現れ、突然姿を消したシュメール人は、実は宇宙からの民だとか、ムー大陸の場所や消滅した理由についてのこいつの見解。

 地球上にかつて核戦争が行われた形跡があるのは、かつての超文明の名残だとか、まあそんなこと。

 子供の頃から人が感じないものに対して妙な勘が働いたり見えたりしたから興味が湧いたとのことだ。やはり霊感は昔から高かったようである。

 だからかどうか知らないが、今日の昼食時とかみるにこいつは友達がいないようだ。学校にあまり行っていないのは単に面白くないからかもな。

 問いただしたら傷つくだろうか。

「ところでお前、どうして月雲が嫌だったんだ?」

 変わりにこっちを聞いてみた。

「あいつずっとせんせーが喋っている間、ずっと笑っていたじゃないか。ああいうむやみに愛想いいやつって、裏で何を考えているかわからないから苦手なんだよ」

 つまり偏見持ちで性格悪いから友達がいないわけだ。今ので確信した。

「そういう八代は何なら出来るって? 言い訳を聞こうか?」

「さっき? ああ、呪とか祓いとかの話してたっけか」

 まあ当事者なんだし、関係もしているから肝心な所以外は話しても問題ないが。

「それにホウリキソウとかシントウとかとも何が違うんだ?」

「いろいろ体系があるんだよ。説明してもお前にわからないだろう」

「人にきちんと説明できないって、やっぱり八代落ちこぼれ?」

 マンションに向けていた足を止め、俺たちは無言で見つめ合う。それからしばし。

「――この間の鬼に襲われた時のことは覚えているな?」

 深夜が勝ち誇った表情で、手をぐっと握りしめるのが見えた。負けたわけじゃ無いよ、うん。

「あのとき猫(マヤ)から鬼を、魔性だけに干渉して消滅させた。あれを祓い。攻撃から身を守ったり初日にお前のマンションに持ってた霊符。それを通して術を行うのが呪だ。他にはさっき話した式神や、陰と陽の気配を探る術で鬼を見つけ出した占術もその一つだ」

「マヤから鬼を祓った時に何か叫んでいたじゃん。あれがその術?」

「……良く覚えていたな」

 こいつひょっとして記憶力いい系か?

「五芒の星(セーマン)や九印とか九字と呼ばれる印術、これが術の形式なんだ。俺たちが陰陽師と呼ばれるのは術の体系が陰陽五行と呼ばれる大自然(エレメンタル)から成り立つからだ。例えば水は飲めば渇きを癒やし、火に注げば消し、流れに沿えば水車を回す力となる。同じ水でも使い方で性質が変わる。力の源が同じなのに術が変わるのはそれと同じってことだ」

 さてどこまで理解したか。

「風を紙袋とかに捕らえたり、風車とかで電気に変えるとかそういう感じ?」

「ま、まあそういうことだ」

「エレメンタルを使って術を使う、ってことはホウリキソウとかとの違いはその辺?」

「……まあな」

 どうなってんだこいつ? 俺でも最初は全然理解できなかったんだが

 きっと古代文明とか、宇宙人とかそういう話が好きだから理解が早いんだ。

 たぶんそうだ。

「法力僧は主に錫杖とか呪具を使って鬼と戦うことを専門とした集団。元々は裏高野とか密教と呼ばれていたみたいだな。術体系は仏様。神道はまじないや祈祷、眷属との契約を行う。どちらかというと民衆を守ったり霊障から回復を専門とした集団だ。こちらは名前の通り八百万(やおろず)の神を術体系にしている。こっちに関しては俺は専門じゃ無いから中途半端なことはいえないが、どれもが鬼を祓ったり、鬼の脅威から自分や民衆を守るために発展してきたものだ」

「それがまとまって飛輪ってわけなんだ」

 深夜は納得したように腕を組んで頭を縦に何回か振る。

「それでシンコウギョウだっけ? それは何? 話にはなかったけど」

「修検道の術だ。俺たち飛輪の陰陽師は各地の民衆を困らせる鬼を討伐するため京を下野した法師陰陽師と呼ばれた連中が開祖となる。その際にいろいろな技を取得したんだがその一つさ。身体の中にあるチャクラを開いて……まあわかりやすく説明すると身体能力を大きく上げて怪力になったり風のように動いたり、空を飛んだりする技だ」

 天狗の術とも言われているがね。

「それが得意ってことは八代、空飛べるの?」

「少しなら」

 深夜は「へえ」と初めて感心したように眼を見開いた。普段無愛想だが慣れるとそれなりに表情を見せる奴だ。

「じゃあさ」

 深夜は八重歯を見せながら期待を込めた眼で見上げてくる。

 これは楽しい時にする顔だな。

「八代と同じことって、修行とかすればあたしにも出来るの?」

「陰陽師になりたいのか?」

「なれるなら考えてみようかなってさ。将来の選択肢の一つとして」

「……素質はあると思うぞ」

「あたしの特別な才能って奴かい?」

「霊感と理解力だ。見えたり感知できないものはどうしようもないし、見えてもそれについて理解がないと覚えられない。お前は素養があるし、理解力も高いみたいだから大丈夫だろう。真面目に学べば10年……がんばれば6,7年で一人前になれるだろうさ」

「10年!」

「それでも早いほうだぞ。いい師匠についた俺でも、一人前になるまでだいぶかかったんだから」

「……そうか、八代は家業だもんな」

 深夜は顔を俺から進行方向に向ける。それから何十歩か歩いてからまた俺に方に整った顔を上げた。口から八重歯が覗いている。

「あたしはすごい才能があって三ヶ月位でなるとかはない? あたしその能力があるからこうして八代が送り迎えしてくれるわけじゃん」

「その才能は陰陽師とか、いわゆる鬼祓師になる才能とは別物だ」

「え? そうなの!」

「俺たちの力は基本的に鬼を祓う。ある程度素質がいるが、人が編み出した技にすぎない。お前の才能は鬼にとって必要な才能だ。それが中世にいたっていう魔女の素質なのか、悪魔の餌としての才能か、他の何かか……悪いが詳しくは俺も知らない」

「餌って……そんなのあるの?」

「例えば昔悪魔に狙われた女性がいてな。その人は霊感すら無いような一般女性だったが、なんらかのきっかけで悪魔の花嫁として狙われたんだ。狙った悪魔が滅びた後は消え、その後も特に特別な才能は目覚めなかったみたいだぜ」

「その人は今、何をしているの?」

「……俺んちで主婦している」 

 みなまで言うまい。

「じゃああたしも同じような可能性があるってこと?」

「ほとんどが同じもんだ。いつまでも悪魔に狙われ続けるのなんて嫌だろ?」

「そうだけどさ。ちぇ、なんか残念だよな」

 肩を落として舌打ちする。なにを期待していたんだよ。

 見渡してみると住宅マンションの並ぶ路地までやってきていた。深夜のマンションまで、ここからだとそれほどかからない。

「そういえば前々からずっと気になっていたんだけど……」

 肩を上げて、再び俺の方を見上げると深夜が疑問を呈した。

「鬼って最初のお前の話じゃあ悪霊っぽい感じなんだけど、あたしを狙うってどんな理屈なんだ? それに時々悪魔って言っているじゃん。それ鬼と違うの?」

「ああ、説明していなかったな。そうだな……」 

 いたずらに不安を抱かせるのは良くないんだが……。

 狙われている当人があまり知らないというのも不安だろうし、こいつの理解力なら過剰に怖がらずに理解できるか。

「本来『鬼』ってのは奇怪な現象そのものの総称なんだ。大きく二つあって、この間の奴は遙か太古からこの世界に、現界とか物質界と呼ばれる世界に存在する。元々人や動物、物の陰の気が思念化して実体をもったものだ。奴らには恨んだり破壊を望んだりする衝動はあっても個別の意思はない。『穢れ』ともいうがね」

 密教では邪念が形になったものとか考え方は少し違うようだが、ま、それはおいおい。

「意思って……前にマヤに取り憑いた奴はあたし達を襲ってきたけど」

「人を襲うという意思に捕らわれた動物が鬼化したものだからだ。あの場合人間なら誰でも襲う。双方に交渉は存在しない」

「絶対退治するしか無いってこと?」

「何の思念を持って鬼になったかだな。何かが欲しくて、何かを伝えたくて動物や物が鬼化して暴れるなんてものもいる。そういう奴は衝動のはけ口がわからないから暴れているだけで原因がわかれば暴れるのをやめる。昔話とかでも時々ある知恵者が鬼の望む物を与えて解決する話、なんてのはそれの名残だな」

「んー、聞いたことあったかな」

 口に手を当ててうなる。 

「それからもう一つ。俺たちの世界とは違う世界。精神界とか魔界と呼ぶ世界からやってくる異物のことも『鬼』と呼ぶ。奴らは独立した生物として存在しているし、人間とは思考が違うがちゃんとした意思もある。力が強い奴は知能も理性も存在していて、『門』を使ってこちらの様子をうかがって必要な力を取り込もうとする。陰の気を好む場合がほとんどどが、時折独自に奴らが必要とする力を狙って現出してくる。お前を狙っているのはそいつらで、そういう力のある鬼を区別の為に『悪魔』とか『修羅』とか呼んでいるな」

 海外では鬼祓師のことを祓魔師(エクソシスト)だとも呼ぶので、海外から名前が輸入された形になるのかね。

「……え、それって……」

 深夜は眼を見開き、とがった歯を大きく見せつけるように口をぱくぱくさせた。

「それって……異世界人じゃん!」

「そうともいうかな。実際悪魔とは交渉が可能だ。よくいう悪魔の契約って奴だ。……最も払う代償は高いがね」

 奴らの欲求は理不尽で横暴だ。奴らにとって人間はせいぜい家畜。よく言って奴隷程度だろう。そんなやつらと対等に交渉なんてことを考えるのが馬鹿げている。

「そ、そんなことより!」

「……どうしたんだ。鳩が豆鉄砲食らった顔をして」

「だって異世界人ってことは、あたし、文明の、説!」

「この間の文明は昔の人間が宇宙人とか異世界の人と交信をして、それで成り立っていたんじゃないかって?」

 こくこく、と激しく振った。

「少なくとも文明を伝えたのは奴らじゃあ無いさ。……だけどもしかしたら昔はお前の言うとおりそういう悪魔以外に異世界から来た連中がいたのかもな」

 否定する要素は無いからな。

 深夜は興奮したのか手をぎゅっと握りしめ、腰の辺りで何度も振っている。心なしか眼が輝いているように見えた。……そんなに嬉しいもんかねえ。

「興奮している所悪いが、マンションの前だぞ」 

「ふえ?」

 この反応、本当に気付かなかったらしい。

 罰が悪そうな顔をしているのを見なかったことにして、いつものようにきっちり入り口まで送った。

 するとぐるりと俺の横から正面に立ち、まっすぐに俺を見据えた。

「送ってくれてサンキューな」

 珍しいな、礼を言うの。それで終わりかと思ったが、何か言おうとして口をもごもごさせている。

 ……こいつ悪口はぽんぽん口から出る癖に、それ以外のことはなかなか出てこない上に言葉が足らないよな。

「何か用があるのか?」

「用って……ほど、じゃあ……ない……けど」

「じゃあ帰るぞ」

「――あー、その、マヤが会いたいって言っていたから、どうかなって」

 その言葉に足を止める。会いたいって、マヤが?

「……猫ってしゃべるのか?」

「……なんだよ。あたしはマヤが言っていることわかるぞ」

「ふーん。じゃあそうなんだな」

 俺の家はペットを飼えない。職業柄低級鬼が家の近くを彷徨うことが多く、動物は人間より感覚が鋭いから結界の外に出かけることを考えると飼う、とはいえないからだ。

 だから飼っている人間の言うことを否定するほどの反証は俺にはない。

「信じてくれるの?」

「嘘なのか?」

「いや、もちろん本当だ。じゃあ会ってくれるんだな」

「まあそれぐらいなら」

 と答えてから気付く。……てことは今からこいつの部屋にあがるのか?。

 いや、俺には妹だっているし、月雲の部屋なんか何十回上がったかわからない。

 だから別に女の子の部屋に緊張するとか、そういうのはない。まして言葉遣いも乱暴で、女の子らしさがほとんど見えない奴の部屋なんかで緊張なんかするわけない。

 ただ……一人暮らしの女の部屋、という響きに甘美なものを全く感じていないかというと……。

「じゃあ連れてくるからそこで少し待ってって」

 ……うん。本当に全然、なんにも期待して無かったよ? 

 深夜は入り口からほど近いところにあるエレベーターを押し、降りてくるのを待っている。

 ただエレベーターをゆっくりと、待っているだけの、当たり前の姿――。

「シンヤ、急げ! 階段でさっさと登れ。そして部屋に入って扉を閉めろ!」

「な、なにさいきなり!」

「早くしろ!」

 だが俺の呼びかけもむなしく、『それ』はやってきた。

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