2日前

当然と言えば当然だが……軽音楽部では、昨日の僕の所業がちょっとした騒ぎになっていた。

地面に叩きつけられたCDステレオ。

その傍らには割れた『怪物』の音源CD。

ヒヨドリの声にはその音源にすら機材を破壊する力があるらしい。

彼女の伝説は再び飛び上がる力を得て飛び立とうとしていたが、無論それは事実無根、僕がすべての原因である。


部員があらかた居なくなったあと、僕は暗い気持ちで部室に入った。

薬師先輩がイスに座っている。なめらかな長髪に、切れ長で少し吊りあがった目、造形の美しい顔だと感心してしまうが、今日はそんな余裕はない。

「すみません。いきなり呼んでしまって……」

「良いよ良いよ、気にしなくて」薬師先輩はその実力に奢ることなく、ざっくばらんな性格だ。「大体、察しはついてるから」

僕は立ったまま、「あの……」と話を切り出した。

「すみませんでした、ステレオ、壊しちゃって」

「宮本が壊したんだね」

「ほんとすみません! CD聞けないし、弁償しますんで……」

「聞いた?」薬師先輩は僕をなじるでもなく、二つに割れたCDを持って言った。「これ、聞いたんだよね?」

「はい、聞きました」

「そっか、聞かれちゃったか……そっか。探さなきゃ分かんない場所に置いてたのになぁ」

薬師先輩は苦笑して、CDのフチをなぞる。

「ヒ……原田さんって」僕は薬師先輩の持つCDを見て言った。「原田さんって、これのせいでやめたんですか?」

「あいつは誰にも何も言わずにやめちゃったから、そうとは言い切れない」

「何も言わずに……」

「部内では凄く問題になった。みんな色々言い合ったり聞き回ったり、けっこう喧嘩もあったかな……凜音なんか特に! 自分も辞めるってくらい怒ってた。でも、部室の外は違ったの。この部屋の外では、いつものとおり、ヒヨは飄々としてる。だから、みんな、何もなかったみたいにまたいつもの軽音楽部に戻っていったわ。ちなみに、色々言ってたやつらはわりとすぐ辞めてったから安心して」

いや別に安心とかはしないけれど。

「飄々と……ですか」

「ヒヨにぴったりの言葉だったのよ。気づかいとか言葉が足りないところはあったけど、いつもぼうっとして、飄々として……」

自分の見ているヒヨさんと同じだ。

「歌は本当に凄かった。荒削りで、でも不思議な引力があって……ホント、凄いと思ったね。今でもまた、一緒にやりたいなって思うもん」

「僕も、凄いと思いました」

「宮本は似てるもんね」

と、薬師先輩は微笑んだ。

「うーん……」

それは違うと言いたいが、なぜか反論が出来ない。

「あ、もしかして、『儀式』のときに私が止めたの根に持ってる?」と、薬師先輩が不安そうに眉をひそめて聞いてくる。「だから、なおさら……」

「いえいえ! そんなことは、まあ、少しはありますが。でもみんな途中で止められてたし、平等ですから」

「時間がなくてね……ありがたいことに今年は新入部員多かったんだけど、良し悪しだね。しゃあなし、だと思って許してほしいな」

「先輩の代って、少なかったんですか?」

そういえば人数的にはかなり少ない気がする。僕の世代が12人いるのに、2年生はたった5人だ。

「私の代も少なくはなかったんだけど……上の代の人が、厳しかったからね」

と、薬師先輩は苦笑する。

「そうなんですか……」

「ま、色々あって『儀式』を乗り切った数少ない部員で組んだのが『フィールズ』なのよ」

「原田さん、『儀式』は、大丈夫だったんですね」

「あの時ムカついた3人で組んだのがフィールズだから。あのバンド名、実はヒヨのことなんだ」

と、薬師先輩が懐かしい思い出を語るように言った。

「バンド名が? フィールズって、感情的な?」

「ちがうちがう」と薬師先輩は笑う。「フィールズ、ってのはね、草原とか野原って意味なのよ。一面爽やかな緑色でね、人も、木も、建物も見えないような大草原。立ちふさがるものは何も無い。でも……」

「でも?」

「ヒヨが最初からそんなやつだったら、やめてない。……でもね、ヒヨはそういう草原に憧れてる、『ちょっと強がりな女の子』だったのよ。ほら、あのCDで貶されてたのって、ヒヨだけだったでしょう。それは『ちょっと強がりな女の子』にとっては、中々きついことだったんじゃないかな」

「自分の声だけが……」

「そういうとこに、私たちが気付いてればね」

と、原田先輩は寂しそうに言った。

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