第6話
「あの男はね。かつて私らが学生の頃に作ったヨザクラの前進である文芸サークル『こひなた』の時代にかなり揉めた奴なんだ」
「タカマさんが?」
タカマさんが帰った後、宴会は自然と解散になり僕と雪豹さんとふぁふぁさんの三人だけで部屋の隅に集まっていた。
「さっきも言ったがその当時が高天原という名前だった。本名は憶えてない。私らはその当時、開設したばかりの作家ネットで仲間を集めて、日夜自分たちの創作に対する情熱を語り合ったりお互いの作品の批評をしたもんだ」
「もちろんネット上でね」
ふぁふぁさんが合いの手を入れながら酒を作ってくれる。
「ある時、皆で面白い事を考えた。作家ネットで始まったばかりのコンテストがあってね。ユーザーが大賞を決めるというヤツだ。今は一次選考までだけど、昔は最終選考までユーザーの投票で決まってたんだ」
この話をしている時、雪豹さんの表情は暗い。
「評価ポイントとアクセス数だけが選考の基準だったからね。このシステムを逆手にとって自分たちで意図的にランキングを操作しようと考えたワケだ。身内で評価やアクセスをしまくって、途中経過のランキングで常に一位に居座ってやったのさ」
「それって、つまり現在の作家ネットで相互評価が違反になった原因の‥」
「そ、それは私たちのせいなんだ」
知らなかった。雪豹さんやふぁふぁさんが昔から作家ネットにいるユーザーだとは薄々分かっていたものの、そんな事があったなんて。
「まあキミも知っての通りアレは周りから酷く反発にあってね。そりゃあそうだ。真面目にやってる奴らからしたらタチの悪い冷やかしだ」
「俺や雪さんはせめてコンテストが盛り上がればと思ってお祭り気分でやってた事なんだけどね。そう思わない頭の固い連中がいたワケだよ」
今でも、作家ネット主催のコンテストには色々な参加者がいてこういった冷やかし気分の者たちも少なくない。例えば、十文字に満たない一話完結の作品で投稿して、それを面白がった他の者がポイントを入れたり。幾つかあるジャンルの全てで同じタイトルで中身の違う作品を複数の者が投稿してみたり。もちろんそれらが悪ふざけだと今では周知の事実なので選考の枠からは外される事が多い。
「運営も面白がって放置してくれてたんだけど。さっきも言ったその一部の連中が抗議文を運営に送ったりSNSで流し廻ったりしてね。事態はどんどん大事になり、ついに我々は厳重注意を受け、私は作家ネットを退会処分となった」
「その抗議の先頭に立っていたのが高天原というユーザーだった」
ふぁふぁさんはタカマさんの名前を言う時にかなり険しい表情をする。
「奴は我々二人が退会処分や厳重注意になった後もしつこくネチネチと嫌がらせをしてきてね。SNSも止めろ、ネット小説を止めろだのと連日DMを送ってきた」
「そんな。タカマさんに何の権限があってそんな事を」
僕はすっかり雪豹さん達の側に立っていた。タカマさんをとても嫌な人間に感じ始めていた。
「まあね。後で調べて分かったことだけど、当時作家ネットを始めたばかりの頃、高天原の作品に俺がちょっと厳しい批評を書いたんだ。奴はデビューしてたし人気も少しあったからね。俺も嫉妬してたんだろう。恐らくその批評を奴はずっと恨んでいて、俺を潰す機会を伺ってたんだと思う」
「そんな事で‥」
しかしタカマさんならあり得ると思ってしまった。あの人の異常なプライドの高さは短い付き合いの僕ですらもうんざりする程感じている。
「お陰で当時は随分参ってたよ。しかしね。悪いことばかりじゃなかった。コンテストに登録していた作品はやり方はマズかったけど中身はちゃんとした小説だった。それが出版社の目に止まってね」
「雪さんが書いた小説を書籍化したいという出版社が現れて、彼女のデビューが決まったんだ。良くも悪くも目立っていたという事さ」
「そうなんですか!じゃあ、雪豹さんもプロだったんですね」
そう言うと、暗かった雪豹さんの表情に更に影が差した。
「いや、そうはならなかった。正確に言うとデビューはしたんだけどね。直ぐに作家として断念せざるを得なくなった」
「どうしてですか?」
雪豹さんは唇を噛み締め身体を小刻みに震わせている。目にはうっすらと涙が滲んでいる。
「雪さんの小説が店頭に並んだ初日。大きな書店で酷い嫌がらせがあった」
「酷い嫌がらせ?」
「雪さんの本に『この小説の作者は詐欺師である。出版社や読者を騙して名声を得ようとしている。こんな本を買ってはいけない』という紙が貼られていたり、本が破り棄てられて店頭に撒かれていたりしたんだ」
「なんて酷いことを」
「それだけじゃないよ。作家ネットの掲示板やウチのホームページにも『詐欺師』とか『発売を辞退せよ』とか連日連夜書かれてね。当時は少しだけノイローゼ状態だった」
僕はさっきから、冷たくて嫌な物がスーッと背中に入ってきている様な気分になっていた。
「まあでもあくまでその程度という見解でもあったよ。皮肉なことにそれも販売促進になってね。中々の売れ行きだったんだよ。しかしね」
「しかし?」
二人は顔を見合わせる。よっぽど思い出したくない事なのだろう。
「火をつけられたんだよ。本にね」
「ええ!?」
ふぁふぁさんは拳を握り締め憤りを隠せない表情をしている。雪豹さんに至っては涙が次から次へと溢れ頬を伝ってゆく。
「まあ直ぐに発見されてね。ボヤにすらならなかったんだ。だけど雪さんの本が一冊焼けてしまったんだ」
「アレを最初に見た時に本当に辛くてね。しばらく黒コゲになった本を眺めながら泣いていたよ。まるで自分の子供が火あぶりにされたみたいな最悪の気分だったよ」
「誰が‥そんな事を」
答えを聞きたくなかった。それを聞いてしまうと、もう後には戻れない気がして。
「結論から言うと火をつけた犯人はわからなかったんだ。でも一応放火という事で警察も動いてね。ネットでの中傷の書き込みや変な張り紙を貼っていた奴は見つかったんだ」
「それが‥」
「高天原だった」
僕の全身から嫌な汗がたらたらと流れていた。胸が締め付けれられて痛い。
「もちろん、奴に便乗して嫌がらせをしてしてた連中もいたにはいたよ。でも殆どが高天原一人の仕業だった」
「じゃあやっぱり放火も?」
「いや、ついに放火の証拠はでなかったんだ。だから逮捕までいかなかった。拘留だけで裁判もやらなかった。しかし我々は高天原がやったに違いないと今でも思ってるよ」
「一応それで事件は終息した。しかしね、放火されたのが原因で書店は私の本を置く事に懸念を示した。結局、発売からひと月も経たないうちに全て返品をくらった。出版社も、二度と私の作品を出そうという話はしてくれなかった」
「それ以来、雪さんは小説が書けなくなったんだ」
僕が想像していたより話は陰惨な物だった。僕の中で、タカマさんに対する憎しみの様な気持ちすら生まれ始めていた。
「卑劣過ぎる。そこまでやるなんて普通じゃない」
「しかしなんで今回の事を知っていたんだ。ヨザクラの人間以外、日時を知らないはずだ」
「なあふぁさん。雨男さんは来ているかい?」
雪豹さんがそう言うとふぁふぁさんも何かに感づいた顔をした。
「いや、恐らく来てない筈だ。他はコウズカさん以外殆ど顔見知りだし、となるとやはり」
「雨男が高天原とみて間違いないな」
「そんな‥」
僕は責任を感じていた。くだらない自尊心をくすぐられ、タカマさんの仕組んだ卑劣な罠にまんまと引っかかり雪豹さんやふぁふぁさんに嫌な思いをさせてしまった。
「ごめんなさい。僕のせいです」
僕が頭を下げると二人は精一杯無理に笑ってみせた。
「いやいや、そんな事はないよ。キミのせいじゃない」
「そうだよ。しかしこれからは大事な時期だからね。雨男をチャットとSNSのフレンドから外すとして、しばらく新規会員も入れない方向でいこう。オフ会も当分自粛だな」
「はい気をつけます」
ひとまずそういう事で、その日のオフ会はお開きになった。
家に帰って来てから僕は一人で色々考えていた。これからの事。ヨザクラのみんなの事。そしてタカマさんの事。何よりもそれだった。
タカマさんは僕に嘘をついていた。雨男などと正体を偽って近づき、僕をダシにしてヨザクラに侵入した。そして雪豹さんやふぁふぁさんに陰湿な嫌がらせをしようとしていたのだ。これは僕に対しての許されない裏切りでもあった。「しばらく高天原には近付かないように」と雪豹さんに言われていたが、僕の中で既に腹は決まっていた。
僕はもう一度、タカマさんに会いに行くことにしたのである。彼に別れを告げる為に。
続く
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