第5話
会場は秋葉原にある居酒屋で、待ち合わせの七時半を少し過ぎた辺りでようやく僕も到着した。何処にでもある様な居酒屋の店内の大きめな個室に通され、僕は極度に緊張しながら襖を開けて挨拶した。
「すいません、遅れました。コウズカです」
その瞬間全員の視線が僕に集まったのを感じた。凄く見られていた。しかも全員が驚愕した様な顔である。
「‥あの、ヨザクラ文学会の‥」
そう言い終わらないうちに大爆笑が起こった。
「やだもーだから言ったじゃん」
「ホントだよなあ~。いやいや」
「ふぁちゃん大ハズレじゃんか」
皆が口々にそんな事を言っていた。
「あの僕なにか、悪いことしました?」
恐る恐るそう訪ねると目の前で涙を浮かべながら爆笑してた女性が説明してくれた。
「いやぁ。ゴメンゴメン。あのね。まあこの世界ではよくあるじゃんか。ペンネやハンネじゃ性別がわからなくて。そのウチ仲良くなったら聞き辛い様な気がしてきて。結局想像してたら思ってた性別と違うっていう」
「はあ。まあそうですね」
「それでさ。コウズカさんの性別を何故か知らんけど『ぜったい女の子だっ!』って豪語してる人がいてさ。それがあの人なんだわ」
そう言われて彼女が指差した方向に目を向けると、髪をセンターできっちり分けた眼鏡の男性が頭を抱えて項垂れていた。
「どなたですか、あの人」
「誰だと思う?コウズカさんの知ってる人」
彼女は意地悪く笑う。
「えーっと、代表の雪豹さん?」
「ああ、なるほどね。分かるわ。でも残念。あの人が今日の主役、ふぁふぁさんです」
「え?」
一瞬、彼女の言葉が理解出来ず全身が凍りついてしまった。そしてその後すぐに、自分の口から信じられないくらいデカい声が出ていた。
「えええ!!ふぁふぁさんて女の子じゃないのおお!?」
僕が叫んだ瞬間に、また全員が大爆笑した。
「なんだよキミら。お互いにお互いを女の子だと思ってた挙げ句、ちょっと良いなと思ってたのかよ。バカ過ぎるサイコー!」
一同しばらく笑い続けていた。僕はと言えば先ほど紹介された眼鏡の男性、もといふぁふぁさんと全く同じポーズで頭を抱えていた。
「おいす。悪ぃ、遅くなった。お?どした?」
騒ついていた宴席に一人の女性が遅れてやって来た。彼女は小柄でしなやかな体型をしておりグレーのセンスの良いパンツスーツに身を包んだ様子が如何にも仕事の出来る雰囲気を漂わせている。整った顔立ちをしており、時々ニヤリと微笑む顔がどことなく猫に似ていた。後ろで束ねた髪を解き、駆け付けでビールのジョッキを軽々空けてみせる。その女性が、ヨザクラ文学会代表の雪豹さんであった。
「くぁーっ!良いねえ、コレが一番だわ」
「ふぁふぁさんが男性で、雪豹さんが女性だったなんて。皆さん言ってくれないんだもの。人が悪いですよ」
僕がそう言うと雪豹さんが笑いながらバシバシと僕の肩を叩いた。
「何を言ってる。キミだって性別を明言しなかったじゃないか。あんな花も恥じらう乙女の様な小説でウチの新人先生を誑かしておいてよくもまあそんな事を。なあふぁさん!」
雪豹さんが呼びかけてもふぁふぁさんはこちらを向こうともせず、ただ頭を抱えている。
「話しかけないでくれ。今は頭が痛いんだ。自分の愚かさで猛烈に頭が痛い」
「人間は愚かだってキミはいつも言ってるじゃないか、まさにキミの言う通りだったな」
雪豹さんは再び酒を煽り、大きな声で豪快に笑った。
「でも良かったじゃないか。キミ達はお互いの作品のよき理解者をお互いに獲得できたんだ。これからもよき友として存分に仲良くしたまえ」
そう言うと別の女の子が声を張り上げる。
「え!それってまさか、行き過ぎた男同士の友情?キャー」
「おいおい。そこまでは言ってないよ。」
そんな調子で僕とふぁふぁさん以外は盛大に盛り上がっていた。
手に持ったグラスを空にしてから、僕は用足しに席を立った。少しだけおぼつかない足取りで自分が酔っている事を認識する。
あんな風に、さんざんイジられ拗ねた様な顔をしているが本当は結構楽しでいるのだ。ふぁふぁさんも雪豹さんも、みんな悪い人ではないようだ。まあ、正直ふぁふぁさんが女の子でなかった事はかなり残念ではあったけども、今まで彼の作品に対して述べてきた批評はごく正直なものだ。下心は殆どない。ましてや、ふぁふぁさんはデビュー前とは言えプロになった人だ。そんな人から自分の作品が認められている事実は変わらないわけだし、他の仲間たちにも評判は良い。それだけでも、ヨザクラ文学会に入って良かったと思えている。
タカマさんの様にかつてはプロのだったが、今ではネット警備がライフワークになってしまっている人とヨザクラのみんなを比べてしまうと、どうしてもこれからの付き合いでどちらに比重をおくべきかとつい考えてしまう。結論としては当然後者の方が自分の為になるひと付き合いなのだが、だからと言って簡単にタカマさんを切り捨てられる訳でもない。考えてみれば彼らと付き合っていくのにタカマさんと縁を切らなくてはいけない理由も特にない。バランスよく付き合えば良いだけなのだ。タカマさんもあれはあれで少し変わっているが、いつか何かの小説のネタにでもなるだろうからひとまず付き合っておこう。それくらいに考えていた。
そうして僕は用足しを済ませ皆のいる宴席に戻ろうとした。 しかし部屋の襖の前までくると何やら様子がおかしい。 先程までわいわいと騒いでいた声が全く聞こえないのだ。もしかして、みんな自分が用を足してる間に帰ってしまったのかとも思ったが靴は残ったままである。恐る恐る襖を開けてみると、皆はちゃんとそこにいるのだが何処か一点に集中している様で誰もこちらを振り向かない。自然と、僕もその視線の先に目が行く。そこで僕は意外な人物の姿を見つけてしまう。
「タカマさん?」
なぜ彼がここにいるのか。僕は非常に驚いていた。しかし考えてみればタカマさんはふぁふぁさんの事も知っていたわけだし、今日の祝いの席に呼ばれていてもおかしくはない。だが周りの人たちの反応から察するにそれはおそらく違うだろうと容易に想像がついた。
「やあキミ。来ていたのか。姿が見えないからいないのかと思っていたよ」
タカマさんはいつもの黒いデニムに黒いシャツという代わり映えのしない出で立ちだった。しかしもう冬も始まるとというのにひどく寒そうな格好をしている。
「タカマさんも呼ばれていたのですか。知りませんでした」
僕がそう言っても、彼はニヤニヤと笑うだけで何も答えない。
「なあコウズカさん。キミはこの男と知り合いなのかい」
雪豹さんが少し険しい表情で僕に訊ねる。
「ええまあ。短い付き合いですが、普段から懇意にしてもらってます。会長はお知り合いなんですか?」
「まあな。古い知り合いだ」
そうは言うもののとても知り合いが宴席に来たとう雰囲気ではない。
「
「タカマガハラ?」
「この男のペンネームさ。もっとも、今はどうだかは知らないがね」
雪豹さんはそう説明してくれたが、視線はタカマさんを睨んだままである。
「良いじゃないか。今日は目出度い席なんだろ?古い友人として、ふぁふぁさんのお祝いに来たのさ」
タカマさんはいつもより更に嫌味な調子でそう言った。
「古い友人だと?フザケるのも大概にしろよ。とっととここから出て行けよ」
ようやく口を開いたふぁふぁさんもかなりの剣幕である。僕は段々と嫌な気持ちになってきていた。
「そんなに言われなくとも、すぐに退散するさ。それにしても、キミ達は相変わらずこんな事をやっているんだな。進歩がないね」
「なんだと?」
ふぁふぁさんが眉間にしわを寄せて反応する。タカマさんが煽っているのは明らかだ。
「書籍化が決まったとか言ってたから来てみれば、なんのことはない。どうせまた集団で評価ポイントを付けまくってランクインしたのを編集者に見せて騙してんだろう?しかも今回は歓談社から出版するんだって?歓談社と言えばそこの雪絵くんが勤めている所じゃないか。おっと、今は雪豹さんだっけか」
ははは、とタカマさんは笑ってみせたが、その場で笑っていたのは彼だけだった。
「言いがかりだよ。ふぁさんは自力でデビューを勝ち取ったんだ。アンタにそんな事を言われる筋合いはない」
三人以外は誰一人口を開こうとしないのだが皆の重苦しい空気が確実に僕にも伝わってくる。
「自力、ねえ。ホントにそうかな。なんなら歓談社に電話して確かめてみようかな」
タカマさんがそう言った瞬間に、ふぁふぁさんが物凄い勢いで彼に掴みかかったが、既でのところで雪豹さんに止められてしまった。
「好きにすれば良いよ。だから頼む。一刻も早くここから立ち去ってくれ。次またアンタが暴言を吐いてふぁさんが掴みかかったら、アタシは止めないかもしれないからね」
雪豹さんの迫力に気圧されたのか、タカマさんはもごもごと口ごもり部屋から出ていこうとした。
「ああそうだ。あまり作家ネットで好き放題やらないでくれよ。同じユーザーとして恥ずかしいからね。大人として最低限のモラルはもってくれたまえよ」
捨て台詞を残したタカマさんの背中に雪豹さんはさも忌々しそうな顔をして
「気持ち悪い。心底気持ち悪い」
という言葉を浴びせかけていた。タカマさんはそれに応えることもせず、ただ黙って去って行った。
続く
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