第4話

しばらくの間、僕の所にはウェブライターの仕事がひっきりなしに来ていた。ヨザクラ文学会の方も半ば強制的に入会したものの案外居心地も良く、幾つか短編をホームページに投稿して楽しんでいた。アマチュアではあった僕の物書きとしての人生は充実しているかの様に見えた。そんな折、僕のところへSNSを通じて見知らぬ人物から連絡が来た。その人も小説家志望で現在は大学生。本名は知らないがペンネームは『雨男』さんという人だった。彼からある日突然、こんなDMが届いたことから僕らの繋がりは始まった。


『拝啓   コウズカ様』


いきなりのDM失礼します。初めまして、私は雨男という名前で最近作家ネットに投稿し始めた者です。以前から貴兄の作品を拝見しており、アマチュアながらも繊細かつ力強い文章に感動しては自分の作品と比べ落胆する日々を送っております。これからも貴兄の益々のご活躍を願っております。それから、前々より貴兄が参加されているヨザクラ文学会にも大変興味がありまして、自分の様な者がおこがましいとは存じておりますがヨザクラ文学会への入会条件を是非伺いたく、失礼を承知でこの様なDMを送らせていただきました。もしも気分を害されたなら二度と連絡はいたしません。お返事をお待ちしております。


随分と古風で、それでいて何処か抜けた印象のする文脈だった。僕が察するにこの『雨男』なる人は始めからヨザクラ文学会に入る事が目的なのだろう。僕への称賛はお世辞に違いない。しかし僕とて、ここまで褒めちぎられて悪い気はしない。口利きくらいはしても良いという気持ちになっていた。しかし、なにぶん僕だけの判断でどうこう出来る話では無いので即座にふぁふぁさんへ連絡を取り、この件の詳細を語った。


向こうから連絡が来たのはそれからすぐだった。ふぁふぁさんのメールによると、現在ヨザクラ文学会は順調に在籍人数が増えてきたため一時的に勧誘は控えているとのことだった。しかし、本人からの申し出である事と何より僕の紹介であるという事で代表も快く迎え入れると言ってくれたらしい。僕としては、なんだか自分の影響力が強くなった気がして凄く得意な気分になっていた。僕はふぁふぁさんと代表にお礼のメールを出し、雨男さんをヨザクラ文学会のチャットに招待した。


雨男さんのデビューは概ね僕の時と同じ様な具合で、からすみさんや他の会員に終始イジられて終わるという感じだった。雨男さんの方も堅いメールとは裏腹にチャットでは案外気さくな事を言って雰囲気を和ませていた。僕も彼が馴染んでくれて嬉しかった。


それから三日ばかり経って、僕は急遽ウェブライターの斡旋をやっている星崎さんに会

うことになった。もちろん彼とは初対面である。なんでも、今後の仕事の事でぜひ一度会って話しておきたいとの事だった。前から電話やメールではやりとりはしていたのだが、実際会うとなると少し緊張してしまうものだった。待ち合わせの場所に行ってみると、センスの良いスーツに身を包んだ僕より五、六歳上の男性が待っていた。


「星崎さんですか」


「ああ、コウズカさん?初めまして」


僕らは手短に挨拶を済ませ、適当な喫茶店に入った。 星崎さんは電話での印象とほぼ同じで、淡々と話を進めてゆくタイプの人だった。


「まあつまり、ウチの会社もこれから大きくなってゆくわけで仕事の量も今よりグッと増

えていくと思うんだよね。」


「凄いですね」


「まあね。そこで相談なんですけど。ウチとしては今までみたいに不特定多数のライターに仕事を投げるより、専属のライターを社員として何名か抱えようと思っててさ。」


「はあ」


「その方が会社としても安心だし、クオリティも一定に保てるからね。」


「確かにそうかもしれないですね」


「そこで、コウズカさんにウチの専属になって欲しいんです」


「え?」


話の流れからして、もう仕事は依頼しないと言われるかと思っていたのでびっくりしてしまった。


「つまり、僕にプロのウェブライターになれと言うんですか?」


「そうなるね」


僕は頭を悩ませた。嬉しい話ではあったが反面、僕は別にウェブライターになりたいわけではないのだから。 僕はあくまで小説家になりたいのだ。


「どうかな?」


「大変ありがたいお話なのですが、少し考えさせて下さい」


星崎さんも、すぐに答えをもらえるとは思っていなかった様で以外にあっさり頷いてくれた。


「ああそうだ、タカマさんが星崎さんは最近どうしてるのかと言ってましたよ。めっきり忙しくて電話もしてないなって」


先日タカマさんと話した折、そんな事を言っていたのを帰り際に思い出した。


「タカマさん?どなたでしたっけ?」


「僕に星崎さんを紹介してくれた人ですよ。タカマさん。星崎さんとは古い知り合いだって」


星崎さんも最初はワケが分からないという顔していたが、ようやく記憶の切れ端を掴んだという顔で思い出してくれた。


「あーあの登録ライターの人ね。古い知り合いっていうか、ただ昔から登録してるってだけだよ。電話でも二、三回のやり取りしかしてないし」


「じゃあ面識はないんですか?」


そう言うと星崎さんは笑って手を振った。


「ないない。そんな登録ライターと直接会う機会なんてほぼ無いよ。メールで済ますし。大体さ、登録ライターの事いちいち覚えてる人間なんてウチにはいないよ。何百っているんだから。あ、コウズカさんみたいな優秀な人材は別だけどね」


どう解釈しても星崎さんとタカマさんの話は食い違っていた。タカマさんが僕に見栄を張ってウソをついたのだろうか。それにしては随分とお粗末ですぐバレるウソなのに、何故。僕の中でタカマさんへの信頼がまた少し薄れていった。


星崎さんと別れた後、僕は家に帰ってから直ぐにヨザクラ文学会のチャットに入室した。なんでも今日、代表の雪豹さんから重大発表があるらしいのだ。いつになく、ヨザクラのチャット内はざわついていた。



雪豹『全員揃ってるかな?ま、来られない人もいるから一応フルメンバーだとこんなもんか』


からすみ『なんだろー』


花々田『きーにーなーるー』


雨男『気になりますね』


僕『ドキドキ』


雪『ふぁさん、俺から言っても言いかな?』


ふぁふぁ『お願いいたします』


僕『?』


雪『実はみんなには正式に決定するまで内緒にしてたんだが、我がヨザクラ文学会の副代表であるふぁふぁさんが前から作家ネットで連載していた「雪と雨とツチフマズ」がこの度、歓談社から書籍化することが決まった』


か『うおおおおおおおおおおお』


花『ふぁふぁさんきたあああああああ』


僕『おめでとうございます!』


ふぁ『みんなありがとう☆』


雪『という事で、みんなでふぁさんをお祝いを兼ねたオフ会をしようと思うがどうだろう』


か『賛成です』


花『もちろん』


僕『絶対やりましょう』


ふぁ『涙出てきた』


雪『では開催決定という事で。日時はこっちで新ためて決めるよ。まあみんな忙しいとは思うし無理はしなくても良いが、なるべく来てやってくれ。代表として頼むわ』


か『ツンデレーーーー代表ツンデレー』


花『代表の頼むわいただきました』


僕『これはいかなきゃ』


雪『お前らふざけ過ぎ』


雨『あの、良いですか?』


雪『なんでしょう?』


雨『私はまだ入会して間もないのですが、そのオフ会に参加しても良いのでしょうか?』


雪『そうだな‥ふぁさんはどうだい?』


ふぁ『私は開いていただく方の身なので、代表にお任せします』


雪『そうか。じゃあ良いんじゃないかな。これを期に親睦を深めるって事でも』


雨『ありがとうございます』


ふぁ『こちらこそありがとうございます』


僕『良かったですね、雨男さん』



そういうワケで僕が入会してからは初めてのオフ会が催される事になり、日時と場所が代表から知らされた。不思議だったのはそれらオフ会のやりとりは全てグループチャットないしDMでのやりとりのみで行なっていて、SNSのタイムライン等では絶対に情報を公開しないでくれとの事だった。まあふぁふぁさんのデビューという事で何か制限される事もあるのだろうと、僕は気軽に構えていた。それよりも僕はヨザクラの皆と会うのが楽しみで仕方なかった。からすみさんや花々田さん、雪豹会長はどういう人なんだろう。とりわけ、僕をヨザクラに誘ってくれたふぁふぁさんは一体どんな人なのか非常に気になって、日々妄想を膨らませていた。文体から察するに恐らくは女性で、小柄で眼鏡を掛けたロングヘアーの内気な性格な人なんじゃないか。そんな風にしながら僕は悶々とした日々を過ごしつつオフ会の当日を迎えた。


続く

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