第3話
『コウズカさま。最近、投稿やログインをあまりされていない様ですがお体の具合でもお悪いのでしょうか。余計なお世話かもしれませんが少し心配です。いちファンとして連載中の長編の続きも気になっております。私の杞憂であれば幸いです。話は変わりますが、最近仲の良い作家さんたちと、文芸サークルを結成しました。お暇があったらぜひ一度サイトを覗いてみてください。お忙しいところ、失礼しました。 【ヨザクラ文学会 副代表 ふぁふぁ】』
という内容のダイレクトメールがふぁふぁさんから送られてきていた。
ヨザクラ文学会というのがふぁふぁさんのいう文芸サークルの名前らしかった。僕はさっそくその名前をネットで検索してホームページを発見した。そこには、到底素人が作ったとは思えない見事な趣向が凝らしてあった。アドレスをクリックした途端に白い画面に一本の木の絵が現れる。木は草を生やし蕾みをつけ、やがて見事な桜の花が満開に咲き誇る。そして、はらはらと散っていく花びらを背景に文章があらわれる。
『人は、この世に生まれた証を何か残すべきだ。いつの日か、それを辿ってやってくる違う自分の為に』
それがヨザクラ文学会の謳い文句らしかった。少々青臭い言葉ではあったが、同じ様に青臭い僕の胸を打つには充分過ぎるほどだった。僕はすぐさまふぁふぁさんへ返事を出し、ヨザクラ文学会のホームページの出来栄えを褒め称えた。特に冒頭の謳い文句についてはベタ褒めしておいた。それから直ぐにふぁふぁさんから長文でしたためたメールが届いた。内容は僕の返事と賛辞に対する御礼。それと、是非一度ヨザクラ文学会のグループチャットに参加して欲しいとのことだった。何でも、会員の中に何人か僕の作品を読んでくれている人がいるみたいで是非一度話してみたいと言われたそうだ。僕としては些か恥ずかしいくらいの話だったが断る理由も特に無かったので指定されたグループチャットに参加した。僕がログインした時には約六人程の人が参加しており、ちょうど定例会というのをやろうとしていたらしい。
以下はそのやり取りの一部である。
僕『こんばんは。初めまして。コウズカです。ふぁふぁさんのご紹介で参加しました。こういう場所は不慣れなので失礼がないよう気をつけます。』
ふぁふぁ『おおおお!コウズカさん!降臨!』
からすみ『初めまして。同じく会員のからすみです。SNSでは繋がってるけど絡むのは初めてですよね?よろっしく』
僕『え?』
ふ『代表!先走りすぎw』
花『だねw』
か『コウズカさん困ってるよ。でもふぁちゃんのオススメだし、作品もウチ向きだよねー』
雪『だろ?それにここまできて、今更何もなしで帰るのもないでしょ?』
か『今夜は帰さないぞ?って事ですか?』
花『キャー!!』
か『キャー!!』
雪『はいはい』
僕『www』
ふ『ゴメンなさいコウズカさん。なんか内輪ノリで』
花『いつもです』
か『いつもです』
雪『ま、ともかくよろしく』
僕『はい。よろしくお願いします』
とまあこんな具合に内輪ノリで和気あいあいとした雰囲気に、少し楽しみながら僕は流されていった。この後も入れ替わり立ち代りで色んな人がチャットに参加してきたが、正直僕の少ない容量で覚えられたのは代表と最初の二人だけだった。 僕は終始入会イジリをされ、二時間ほどダラダラと滞在した後に退室した。いかにネットとは言え知らない人間と複数とコミニュケーションをとるのは疲れるなと思った。
サークルに参加するかどうか自分としては迷っていたのだが、こういうノリでわいわいするもの嫌いではないなと、僕は考えていた。その日は気がついたら、風呂も入らずに寝てしまっていた。目が覚めると昼過ぎになっていた。コンビニのバイトは今日は夜勤だったし特に予定もなかったので夕方までダラダラ過ごそうと思っていたら電話があった。タカマさんからだった。
「はい。もしもし」
「ああ、やっとつながった。キミ、生きているのかね。全然連絡がないからどうしたかと思ったんだ」
そう言えばSNSでもメールでも随分連絡が来ていたなと思い出したのだが、正直少し面倒臭くて放っておいてしまっていた。
「すみません。ウェブライターの仕事が忙しくてしばらく缶詰になっていました」
「プロの作家じゃあるまいし、今時缶詰なんて言う奴があるかね。まあ、ともかく久しぶりにこっちに来なさい」
「ああ、でも今日は夜勤のバイトが」
「夜勤は夜からだろ?おかしな事を言う。良いからすぐ来なさい。話がある」
「はあ」
「ああ、手土産も、忘れずにね」
そう言って電話は切られた。手土産も忘れずになんて、随分と図々しくなってきたものだった。以前は菓子をもって行けば紛いなりにも礼を言われたものだったが最近はそれすらもなくひったくられて終わりだ。正直安物とは言え、毎度持って行くのも億劫になってきたので僕はコンビニで適当にスナック菓子を買って持って行くことにした。
鳴神荘に着いてドアをノックすると、いつぞやとは違い待ち構えていた様に中からタカマさんが飛び出てきた。
「いやあ、キミ。待ってたよ。さあ、入り給え」
「はあ」
えらい歓迎されようだなと怪しんだ。
「遅かったね。今日はもう来ないかと思ったよ」
「タカマさんが来いというから急いで来たんです。バイトもここから直で行くつもりです」
「そうかい。ん?手土産は。今日はスナック菓子か」
タカマさんは僕の手に持っているビニール袋を見て、さも残念そうに呟いた。
「お嫌いですか?スナック菓子は?」
そう言うと彼は慌てて首を振る。
「いやいや。好きだよ。こういうのも。キミは土産のセンスは良いからね」
まるでそれ以外はセンスが無いみたいな言い方に少々カチンときたが、時間も無いので要件を早々に聞き出そうと思った。
「どうされたんです今日は?」
「うん。それなんだがね」
エラくもったいぶった言い方だった。よほどの事だろう考えた。
「実は‥ついにやり遂げたんだよ」
「もしかして、新しい書籍を出すんですか!」
今でこそこんな感じだが、タカマさんもかつてはそれなりに名の通った出版社から小説を出している。長い沈黙を破って、ついに再出発をするのかと思った。しかし彼は怪訝な顔で僕の問いに答えた。
「出版?なんの話だ。私にそんな予定は無いよ」
「え?じゃあなんで」
「ついに私の悲願が達成されたんだよ」
そう言って彼は僕をパソコンの前に呼び寄せた。画面には作家ネットに在籍するとあるユーザーのページが表示されており、そこには投稿された作品一覧の代わりに短い文章が掲載されていた。
『このユーザーは当サイトの規約に違反する行為を行っており、再三の忠告にも関わらず違反行為を改めなかった為、強制退会処置を余儀なくされました 作家ネット運営』
「これは‥一体?」
僕には意味が解らなかった。このユーザーが退会させられたのとタカマさんのドヤ顔に一体なんの関係があるのかと。
「キミぃ。私のメールを読んでいなかったのかい?」
「ああ、すみません。忙しくてチェックも出来なかったんです」
「ふん。まあSNSでの拡散もしてくれてなかったからそんな事だとは思ったよ」
「申し訳ありません」
「いいさ。このユーザーはね。私が退会させたと言ってもいい」
「ええ?なんて?」
「このユーザーはSNSや作家ネットの掲示板、それから作品感想欄等を使って重大な規約違反を繰り返していた。」
「どういうことです?」
「キミも知っている通り作家ネットでは相互評価を依頼するのは規約違反だ。こいつはそれの常習犯さ」
作家ネット掲載作品の相互評価を依頼するというのは、SNS等で「あなたの作品を読んで高評価をつけます。代わりに私の作品も高評価をつけてください」と依頼する事である。どうしてこれが規約違反になるのかと言うと、作家ネットには各ジャンルでのランキングが搭載されており、それはアクセス数や評価ポイントの数で決められている。これが上位になればなるほどアクセス数が増えやすく、反対にランキング下位の作品は一生ネットの瓦礫に埋もれたままだ。それゆえ、一時的にでも良いからランキングの上位に食い込めれば安定してアクセス数を稼げるというわけだ。 つまりこの相互評価依頼を使えば一部のユーザー同士が手を組んで意図的にランキングを操作する事も可能なわけだ。いわゆる底辺作家と言われるユーザーは少しでも自分の作品を見てもらう為にだれかれ構わずこの相互評価を依頼した。何度か「なぜこの作品が上位に来ているんだろう」と思う技術内容の作品が一時的に
ランクインしていた事があったが、その実態は相互評価にあったわけだ。しかし相互評価自体は実際のところ他のサイトでは違反でない場合の方が多い。あくまで作家ネットに限った独自ルールだ。なぜ作家ネットは相互評価への呼びかけを禁止するに至ったか。 それは以前、作家ネットコンクールの時に起きた事件が原因だった。
作家ネットコンクールは運営側が主催するもので、イベント期間内にランキング上位にいた作品には書籍化のチャンスがあるというものだった。一部のユーザーはここぞとばかりにフォローと拡散を繰り返し高評価とアクセスを稼いでいった。そして見事、一人の相互評価ユーザーがジャンル一位を獲得した。しかし問題は、その作品があまりにおふざけの過ぎる内容で、到底真面目に書かれたものではなかった事にあった。周りの人間たちも面白半分で盛り立てていたこともあって、かなりの人数を巻き込んだプロレスが起きたわけだ。流石に真面目にやっていたユーザーは腹を立て運営に異議申し立てが殺到し、『もしこの作品が書籍化されたら、二度と作家ネットには投稿しない』と宣言するユーザーが後を絶たなかった。そんなわけで流石に運営も沈黙を破り、そのユーザーの大賞獲得は無効になった。以降、相互評価への呼びかけは作家ネットで重大な規約違反とされている。
「こいつは運営に隠れてコソコソと相互評価を依頼していた。できたばかりのSNSやDMを使って、まだ作家ネットに登録して日の浅い新規ユーザーを中心に勧誘しまくっていたんだ。コイツはまんまとランキングの上位に居座ってたわけさ。しかし私がこいつの違反を発見してね。調べに調べて運営に通報して証拠も提出してやった。そして今日、ようやくアカウントが凍結されたわけだ」
「どうしてそんな事が解ったんです?」
「私は上位にランクインしてる作品はある程度チェックしている。その中で不審なレビューのされ方だったり、クオリティに伴わない評価ポイントのつき方をしている作品はユーザーの監査を独自に行っている」
監査、というタカマさんの発言に僕は一瞬寒気をおぼえた。彼は一体何様のつもりなんだろう。
「コイツだけじゃない。違反ユーザーはまだまだ沢山いる。私はすでに、五人ほどの違反ユーザーを強制退会に追い込んでやった」
「でも、どうしてタカマさんがそんな事をしているんです?そういう事は運営に任せておけばいいじゃないですか」
「甘い!」
タカマさんは突然に激昂し、パソコンのデスクを力強く叩いた。
「キミのようなユーザーばかりだから困るんだ。そんな無関心でどうする?良いかい?前にも言ったけど作家ネットの運営は怠慢が酷い。今回の事だって二ヶ月間毎日通報し続けてやっと聞き届けられたんだ」
「二ヶ月もそんなことやってたんですか?」
「そうとも。そんな動きの遅い連中に任せていたら不正はは蔓延る一方だ。だから私がやるしかないんだよ」
「なぜタカマさんはそこまで違反ユーザーを憎むんです?」
素直な疑問だった。タカマさんがそこまでしなくてはいけない理由が聞きたかった。
「至極当たり前の事さ。作家ネットのユーザーとして、こんな不正行為をしている奴らと同じだと思われたくないからね。私はいつも清廉潔白な人間でありたいんだよ」
言葉がでなかった。これが見え透いた嘘だと、僕には解っていた。タカマさんは付き合いの浅い僕から見ていても清廉潔白という言葉から程遠い。彼を突き動かしているのは恐らく嫉妬だ。例え相互評価依頼という違反行為で得たものだとしても、彼らの作品は一時的に脚光を浴びている。それが虚構だとしても、その違反行為をする勇気すら無いタカマさんは嫉妬するしかないのだ。それは清廉潔白とは言わない。ただ愚かなだけである。そんな事をしてる暇があれば、どうにかして良い作品を書いて、新人賞なりに応募すれば良いものを彼はそうしない。その時の僕は、なぜタカマさんがそうしないのか全く理解できなかった。ただ僕は、誇らしげに違反者を通報し続ける彼を哀れに思うだけであった。
結局タカマさんの捕物自慢は深夜にまで及び、僕はバイト先にひいてもいない風邪の連
絡をせざるを得なくなった。心底どうでも良いネットでの自主警備話をする為にわざわざ呼びつけ手土産を要求する。おまけにバイトまでサボらせてくだらない自慢話に賛同させる。なんとも自分勝手だ。ここまでくると大抵の人間は愛想を尽かして遠退いてしまうだろう。しかし僕はそうしなかった。それはやはり僕の中で、タカマさんがまだ尊敬すべき小説家として片隅に残っていたからだろう。そうでなければ自分でも説明がつかなかった。 そんなわけだから多少嫌な思いをしながらも、僕はタカマさんの家にのこのこ通い続け
た。少なからず関係にヒビは入っていたが、それでも全ては決定打になり兼るほど些細な事
だった。
だがそれも長くは続かない。その決定打がついにやって来てしまった。崩壊の始まりは
いつも音がしない。
続く
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