第5章 王都血戦
44 《日輪の栄光》騎士団(1)
現在夕刻であるが、水夫によれば日が沈み切るかどうかといった頃合いにはもう王都ヒュペリアーナに到着するとのことだった。
それまでの短い間、船内で休むことになった――のだが。
カリオンを出発してすぐ、クレイオスの身に異変が起きる。立っていられないほどの
「クレイオスっ!? どうしたの?」
突然様子のおかしくなったクレイオスに、慌ててアリーシャが駆け寄った。すぐさまその容態を診てみれば、その顔は見たこともないくらい蒼白になっているのだ。幼馴染として付き合ってきた十数年の間でさえ、記憶にないほどの弱々しい姿のクレイオス。
真っ先に頭に思い浮かんだのは、毒。蒼い魔物に浅手とはいえ切り刻まれたのだ、その傷口から何が入ったかわかったものではない。
――毒抜きを、いやもう血は止まっている。ならば毒を中和する薬草、いやそんなものは持っていない。治癒司祭に頼めば、いやこんなところには居ない。
そんな風に混乱して大慌てする彼女だが、様子を見に来た水夫の言葉にぴたりと動きを止めた。
「船酔いか? 怪我もしてるみたいだし、中で休んだ方がいいぞ」
「ふな、よい? なにそれ」
男性の言葉に、アリーシャは思わず繰り返しながら首をかしげて問い直す。横のクレイオスはどうにか視線だけ向けるが、言葉を発する余裕もない。
そんな二人に、水夫は得心したように手を叩いた。
「ああ、船は初めてか。大地に立ってるのと船の上に居るのとじゃ、いろいろと勝手が違うからな。その差に身体が驚いて、眩暈がしたり気分が悪くなったりするんだとよ」
「私は平気なんだけど……」
「そりゃ人によって違うからな。お嬢ちゃんはたまたま船に強いんだろうさ」
眼を瞬かせて、少女は水夫の説明を聞きながら不思議そうにクレイオスを見やる。
幼馴染のこの青年は、弓の腕以外は常に少女の上を行く存在だった。幼いころは随分張り合ったものだが、いつからかそういうものだと自然に受け入れていたのである。
だから、自分が平気なものを青年が耐えられないという状況が、奇妙で奇妙で仕方がない。
平時であればそれを理由にからかうのだが、クレイオスがかなり辛そうなので当然の自制心で控える。
彼の重い身体を下から支え、水夫の言う通りにアリーシャは船内に向かうことにしたのだった。
*
結局、クレイオスが船に慣れることはないまま、時間は過ぎ去ったのである。
アリーシャは最後まで心配そうに看病していたのだが、横になる彼が「もう、フネには乗らん」と死にそうな声で呟いたのを聞いて吹き出しそうになるのを必死に堪える一幕もあった。
色々な意味で余裕を失った二人であったが、船から港に降りるや否や、それまでの疲れや酔いはサッパリと消し飛ぶことになる。
目の前に広がる景色――王都の情景を、ようやくながらに目にしたからだ。
第一印象として、まさに圧巻。
右手、北にそびえる巨大な建築物――白と橙色で彩られた『城』の大きさは見たこともないくらい壮大なのだ。まさに天を衝く、といった信じられない高さを誇り、カリオンの外壁にさえ驚くような田舎者から感嘆の声すら奪い取るほど。
高さだけでなくその規模も慮外のものであり、三本の尖塔とそれらを繋ぐ建造物がぐるりと王城を囲っている。王様はこんなに大きな家ではさぞ住みにくかろうな、などという奇妙な感想さえ持ってしまうくらいだ。
王都の素晴らしさは
左手、南に伸びていく橙色の屋根で統一された街の規模だ。広大に思えたセクメラーナを遥かに越え、街の端から端まで歩くだけで日が暮れるのではと危惧するほど。また、街の広さはそこに住む人々の数である。この街には、田舎村の規模では比較にもならないほどのたくさんの人々が生きているということも理解できた。
また、遥か過去には丘陵地帯であったのだろうこの都は、北に行くにつれてなだらかに膨らんで坂を作っている。そのおかげで波打つように建てられた建物の群れは一つの芸術品であり、無数の
これが王都。これまで漠然とだけ概念をつかんでいた、『国』というものの心臓。
今までも、新たな街に着くたび息を呑んで興奮したものだが、今回は訳が違う。国を築いてきた歴史の重みと目も眩むほどのたくさんの人々の気配が、二人を飲み込んで覆いつくしていた。
立ち尽くす狩人二人に、後ろから声がかかる。
「なにをぼさっとしている」
誰あろう、この王都を根城とする貴族モイラスだ。
この街からやってきたのだから、今更二人のように自失したりなどしない。船を降りて数歩進んでから動きを止める二人に、露骨な苛立ちを見せながらその前をさっさと行ってしまう。
「もうじき日没の鐘が鳴る。騎士団長に事態を報告せねばならんのだ、時間を無駄にする暇はない」
そう告げ、我に返る二人を導くように歩き出す。その背中に初めて頼もしさを覚えながら、狩人二人は壮大なる王都ヒュペリアーナへと足を踏み入れるのだった。
街に入ってしまえば、思いの外、驚くことは少なかった。
そびえたつ王城がどこからでも見える以外は、さほどセクメラーナで見た街並みと違いはない。辺境領といえど、その文化レベルは王都と格差があるわけではなかったらしい。
が、そこに住まう人間の密度には格差が存在していた。港から王都に入ってすぐは、もうすぐ夕暮れだというのにとんでもない数の人々が歩いており、「まるで人間の
どうにか人の隙間を縫って歩きつつ、視線をあちこちに飛ばしてみれば、この通りはどうやら食料品ばかりを売る通りのようだった。既に嗅ぎなれた魚の匂いばかりの様子から、港で獲れたものを主に売りさばいているらしい。
そんな通りをモイラスは一瞬たりとも動きを滞らせずに通り抜け、別の通りに移動する。ここでようやく、二人は彼が北を目指して歩いているであろうと見当をつけた。
一つ、二つ、と通りを抜けて、気が付けば日没の鐘は鳴り、周囲から人の姿が極端に減る。それと同時に家と家の間隔はとんでもなく広くなり、見通しも非常に良くなっていた。
軒を連ねていた家々は一つ一つが広大な敷地を持つようになり、見える人影はその家の門番だけとなっているのだ。それらの情報から、アリーシャはここが貴族の家がある一画なのだと理解した。下手なことをすれば、本当に首を飛ばされかねない場所だ。
知らず緊張する彼女を尻目に、モイラスは脇目も振らずさらに奥へ。自宅に向かうわけでもなく、目的は先ほど零した『騎士団長』とやらなのだろうが――団長?
まさか、と思考を巡らせる。これ以上北へ向かうと、もう王城しか残っていないだろう。否、事実、モイラスは王城へ向かっている。そんなところに私たちは連れていかれるのか、とアリーシャは戦慄し、静かに慌てだした。もはや現在の段になって、できることなどありはしないが。
そうして少女一人がさしたる心の準備もできないままに、三人は王城前――数ある入り口の一つ、西門に辿り着く。
すでに
すぐさま鋭く「何者だ!」と誰何の声を上げる門番に、同じようにモイラスは高らかに名乗りを上げる。
「シューアデス家のモイラスだ! 王領南東部の
「モイラスだと? ……暫し待て」
彼の口上に門番の一人が首をかしげる。何らかの確認を取るつもりなのか、背を向けようとする彼をもう一人の門番が押しとどめた。
「いや、確認する必要はない。あいつは確かにモイラスだ。この間、任務に向かったのも知っている」
「そうなのか? だが、既に日没の鐘は……」
「あの顔はよほどのことがあったに違いない。俺が責任を持つから、開けてやれ」
一言二言、やり取りを交わした二人は三人に向き直った。
「モイラスだな、よく帰ってきた。門は開けられるが、後ろの二人は誰だ?」
「此度の調査の同行者だ。報告に必要な人材である。可能ならば通してほしい」
「それは……」
モイラスの言葉に、二人の門番は露骨に渋面を作る。身元のはっきりしている貴族騎士はともかく、どこの馬の骨とも知れない男女を王城の中に通すわけにはいかない。
それを今更ながら思い出したのか、モイラスも小さな舌打ちをして二人に向き直る。
「……ここで待っていろ。騎士団長に話を通せば――」
「――その必要はないわ、モイラス」
彼の言葉を遮るようにして、門の向こうから女性の声が響き渡る。弾かれるようにモイラスが振り返るのと同時に、大きな門――の脇にある一般的な大きさの扉が開かれた。
そこから姿を現したのは、モイラスや門番と同じく――否、それ以上に立派な白銀の鎧を纏った女性。ただならぬ気配を感じ、クレイオスは彼女を観察するように見やる。
まずは、金の装飾がところどころに施されたその鎧だ。豪奢なだけでなく機能性と防御力も両立させていることを、クレイオスは一目見ただけですぐさま看破する。モイラスのそれより遥かに上等であることから、彼女が高い身分にあることを把握した。
また、武具が美しければ、その持ち主はそれに負けぬぐらい美しい容姿をしている。
細い顎にやや吊り上がった大きな碧眼、スッと通った鼻筋と笑みの弧を描く薄い唇で構成された顔は端正で、中性的な美というものを表現していた。だがその愛嬌ある少年的な顔立ちは、目元の泣き
だが何より目を引いたのは、その豊かな髪だ。腰元まで伸びるソレは、クレイオスと同じく、松明にも負けない燃えるような真っ赤な髪色をしているのである。
このノードゥス国では比較的珍しい色彩であるため、彼女の方もクレイオスを見て「おや」という顔をした。
しかしすぐに碧眼の視線を驚いている様子のモイラスに戻し、口を開く。
「話は聞いていたわ。報告があるんですってね、大至急の。後ろの二人を連れてきていいから、はやく中に入って」
「は、はっ! 寛大な措置、感謝いたします」
言うや否や、くるりと背を向ける彼女に、モイラスが見たこともない慌てぶりで畏まる。
常に居丈高な男の予想外の態度に思わず驚く二人に、モイラスは「行くぞ」と顔すら向けずに言い放って扉へと歩き出してしまう。
慌ててクレイオスの背中を小突き、アリーシャは彼女らの後ろを追いかけるのだった。
*
女性とモイラスの先導の下、辿り着いたのは西にそびえたつ尖塔の根元にある建造物。王城に入ってすぐ建物の中に入ってしまったため、残念ながら王城そのものの様子をうかがうことは叶わなかった。
すれ違う鎧姿の騎士たちの視線を受けながらも、一切止められることがなかったのはやはり女性が共に居たおかげだろう。やがて重たい黒い扉の前に辿り着き、勝手知ったるとばかりに女性が扉を開けて狩人二人を招き入れた。
彼女の髪色と同じく赤い絨毯の敷かれた部屋の内装は簡素で、少しばかり立派な机と椅子が一つ、橙色の
その唯一の椅子に座り、モイラスら三人を正面に見据えて女性は口を開く。視線はクレイオスとアリーシャに向いていた。
「さて、報告を聞きたいところだけど、まずはそこの二人の素性を教えてもらおうかな」
「はっ! 討伐ギルドを通じ、今回の斥候部隊に参加した者たちです。……おい、名乗れ」
モイラスの催促を受け、まずは、とアリーシャが前に出る。
「森番テンダルの娘アリーシャです。カーマソス村で狩人をしていましたが、現在は旅をしている身です」
「同じくカーマソス村の元狩人クレイオス……です」
少女に脇を小突かれつつ、クレイオスもどうにか名乗りを無事に終える。そんな二人の様子を面白そうに見つつ、女性は首を傾げて問いかけた。
「カーマソス村、か。王領ではないわね。セクメレル領?」
「は、はい。セルペンス山の向こうにある村です」
「へえ、あの山の向こうに村なんてあったのね」
村は知らずとも、山の名は知っていたのか女性は僅かに驚いたような顔をする。「そんなに遠いとこから来たのなら、一応名乗っておこうかしら」と呟いて、にこやかな笑みのまま己の名を告げた。
「私はエーレオナ・トラロマティ。この王都を守る騎士団の長を務めているわ。よろしくね」
その言葉に、アリーシャは驚きながらもそれを押し隠すように目を瞬かせた。身分の高い女性とは思っていたが、まさか誰あろう騎士団長だとは思っていなかったのだ。
軽く見ただけでも広大だとわかるこの王都と、そして国王を守る者たちの長。それをこんなに可憐な女性が務めているとは。
鉄面皮のクレイオスはともかく、アリーシャの変わりやすい表情から何となくそれを察したのだろう。エーレオナはクスクスと笑う。不快に思っても仕方ないことなのだが、どちらかというとこういった反応を面白がる
そんなやり取りをモイラスはわかっていたかのように肩を竦めると、口を開く。
「……よろしいですか?」
「ふふ、ええ、うん。大丈夫。それじゃあ、報告を聞こうかしら」
一頻りアリーシャの反応を堪能したのか、エーレオナはモイラスを促して聞く姿勢に入った。その時にはもう見た目相応の柔らかい雰囲気から、騎士団の長たる怜悧で落ち着いたものに切り替わる。
圧すら感じるそれに、一拍置いて息を整えてから、モイラスは深刻な事態を伝えるべく静かに口を開いた。
予想通りの活動範囲で遭遇した、
可能な限り端的に、そして客観的に言葉を紡ぎあげ、モイラスは報告を終える。
最後まで無言で聞いていたエーレオナは、しばしの沈黙を置いてから三人に目を向けた。
「そう、
「オーガ……かの赤い魔物のことですか」
「そう。あなたが出発してから、王領の方では目撃情報が増えたから、名前もついたの。……それはともかく、魔物どもは確実に活動範囲を広げているようね」
今回の斥候はそれを確認することが主な役目だった、と騎士団長はため息と共に零す。
魔物の発生は王領だけのことなのか、それとも魔物どもは数を増やしてその生息域を広げることができる存在なのか。そういった見極めを目的とした任務であったのだが。
「三本角の蒼い
困惑を多分に含んでぽつりと呟かれたのは、今回の任務における最大の問題のこと。
ただでさえ強力な
この完全な新種の登場は、団長として日々魔物の報告を耳にする彼女にとっても初耳であった。
「……はい。この二人のみが目撃者ではありますが」
「なるほど、二人を連れてきたのはそのためね」
モイラスの言葉に、エーレオナは得心したように頷く。二人は唯一の情報源で、その肌身で感じたことを直接聞くことは大事だ。ただ報告するだけならモイラスだけでいいのだから。
だが、それだけではない、とモイラスは首を振る。
「団長直々に聴取していただくことも目的ではありますが、一番の理由はこのクレイオスです」
「彼が? どういう意味?」
突然槍玉にあげられたクレイオスが表情を動かさずに動揺するのと同じように、エーレオナもモイラスの真意を理解できずに首を傾げた。
男はほんの一日前の戦闘を思い出しながら、苦汁を滲ませて口を開く。想起するのは、悪鬼の一撃を受け止めた瞬間。剣が砕けなかったのは偏に運が良かっただけだろう。
「かの赤い魔物、
「つまり、彼がある程度の指標になる、と言いたいのね?」
そんな思惑があったのか、と驚く二人をよそに、モイラスは顎を引いて首肯した。
「単純な腕力の話にはなりますが、脅威性の理解には一番早いかと」
「……言いたいことは、わかるけど」
力強く肯定する彼に対し、エーレオナは困惑したように眉をハの字に曲げてクレイオスを見ている。
言いたいことはわかる。魔物と真正面からぶつかることができたという彼と、それこそ実際に力比べしてみれば間接的に魔物の能力を測れるということだ。
だが、エーレオナの抱く疑問はそれ以前、そもそもクレイオスがその指標足りえるか、というところにある。
それを確認するつもりで、青年に向けて騎士団長は問いを投げた。
「あなた、
「――この身に流れるのは、
ある種、核心を突いたその問いに、一拍の間を置いてからクレイオスは嘘を吐いた。
それに気づく様子もなく、エーレオナは「そうよねぇ」とどこからどう見ても
そんな彼女に罪悪感を覚えつつ、クレイオスは内心で大いに迷う。自身の正体を明かすべきか、否か。
神の子であるということを信じてもらえれば、同時に魔物の脅威性も簡単に伝わることだろう。だが、みだりに触れ回ってよい内容でもない。
そもそも信じてもらえるかという前提が存在するし、嘘だと思われたらそこで終わりだ。神の血を引くというのは、かなりの大法螺吹きの代名詞でもある。
どうすればよいか、と悩むクレイオスを尻目に、モイラスが言った。
「本人は明かしたがりませんが、おそらく強力な
と言うと、男は腰の袋から何かを取り出してクレイオスに向けて弾いた。
反射的につかみ取れば、それはフォル銅貨であった。渡してきたものと言葉から察するに、力の証明をしろ、ということだと理解した青年は、その左右を指でつまむ。
顕わになった黄金の籠手にエーレオナは注目するも、それは直後の出来事により一瞬で忘れ去られた。
クレイオスが両手に少しだけ本気を出して力を籠めた瞬間――銅の塊は、羊皮紙のように真っ二つに裂けてしまったのである。
これには驚いたのか、エーレオナは目を見開いてポカンと口を開けた。
銅貨は
思わず立ち上がって「見せて」と二つになった銅貨を受け取り、それを試すすがめつ触ってよくできた偽物ではないかと確認する。しかし、どこからどう見ても彼女のよく知るフォル銅貨だった。試しに同じように引きちぎろうとしてみても、形すら変わらない。
どうしようもなくなった二つの銅塊を弄びながら、エーレオナは大きく息を吐いた。ため息とも、感嘆ともとれる微妙な気配をしている。
「なる、ほどね……こんな手品、初めて見たわ」
「……手品では、」
「わかってる、言ってみただけよ。あなたの力は本物ね、クレイオス」
思わず反論しかける青年を遮って、エーレオナは茶化しつつ肩を竦めた。彼女は冗談を好む人物なのだ、とようやくながらに理解してクレイオスは口を閉じる。ともあれ、彼女は彼の力を認めたのだ。
椅子に座りなおしたエーレオナは、己の顎に指を当てて何事かを考えこむ。数瞬、沈黙が続き、やがて何かの結論を出した騎士団長がクレイオスと目を合わせる。
「クレイオス、あなたに頼みがあるわ」
「……聞こう」
ついいつもの調子で返事してしまったクレイオスをモイラスがジロリと睨みつけるも、それをエーレオナは視線だけで制して言葉を続ける。
「明日の朝、二度目の鐘が鳴る頃にもう一度ここに来て頂戴。そして、あなたの力を騎士団の前で見せてほしいの」
果たして騎士団長直々の頼みとは、さほどに驚く内容でもなかった。
こうしてエーレオナに見せたように、騎士たちにもわかりやすい形で脅威の周知をせんということだ。
だが、まさか人々を集めた目の前で、銅貨を次々引きちぎれというわけでもあるまい。クレイオスは問いかける。
「具体的には、何をすればいい?」
「うちの騎士と一戦手合わせをお願いするわ。もちろん、命の奪い合いじゃないけれど、可能な限り本気でやってもらう。報酬も出すわ、どう?」
内容を聞き、一瞬だけクレイオスは考える。
己の使命、この街でやるべきこと、国の大事に関わるという難事――様々な懸念が頭を巡ったがそれらをすぐに振り払った。
今、やりたいことは邪悪な
だが、この身だけではそれら全てをどうにかできるはずがない。かつてアリーシャが言った、「自分の手の届く範囲が広がった、と勘違いしてはならない」という言葉を忘れてはいなかった。
ならば、代わりにそれをどうにかしてくれるであろう、精強で数も多い騎士団に協力することに否はない。
アリーシャにも目を向ければ、やはり、肯定するように頷いてくれた。彼女はいつも、こうしてクレイオスの迷いを理解し、助けてくれる。
それに感謝しながら、クレイオスはエーレオナに翡翠の視線を向けた。
「……それであの魔物の危険性が伝わるなら、いくらでも」
その言葉に、騎士団長は変わらぬにこやかな笑みを浮かべたのだった。
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