30 潮纏う港町(2)

 夢幻とうつつの狭間でまどろむ意識が、曇天から射す太陽神ソールの威光の如く明確さを帯び始める。離れていた意識が己の肉体にすっきり収まっていくような、そんな満ちていく感覚と共にクレイオスは目を覚ました。

 意識の覚醒と共にゆっくりと瞼を押し上げれば、ざらついた石の天井を最初に認識する。次いで身を起こすと、朧げな光が差し込む簡素な室内が目に入った。何も考えずに光の先へと視線を送れば、クレイオスの対面のベッドで眠る幼馴染の姿を認める。

 いつもは一纏めに後ろでくくっている黒髪を投げ出し、白いベッドの上で無防備に眠るアリーシャ。その寝顔をクレイオスはぼんやりと眺めていたが、やがてここがカリオンの宿屋であるとハッキリ思い出すと強張った身体から力を抜いた。またしても、寝ぼけた頭でここが自身の部屋でないことに暫し悩んでいたのである。

 最近は寝起きに混乱していることが多いな、とクレイオスは自身の有様を恥じるように肩を竦めるが、それも仕方のないことだろう。

 セクメラーナでは宿屋で二晩しか過ごしていないのだから、まして昨日来たばかりのカリオンの宿屋に慣れるはずもなかった。おまけに三日間の野営とそこで発生した重苦しい事件から離れたことで、気が緩んでいたのもあろう。

 小さく嘆息を漏らしながら、目を覚ました紅蓮の青年はベッドから降りて窓へと向かった。部屋に差し込む光は窓枠の隙間から入っているようだが、部屋の様子を見るのには充分でも朝日にしては暗すぎる。鐘の音を聞いた覚えもないので、まだ日の出前だろうか、と時間を確かめるべく見慣れぬ突出つきだし窓を軽く押し上げた。すると、昨日のうちに嗅ぎ慣れた潮の匂いが鼻腔をくすぐる。

 傍にあった棒をつっかえにして窓を開いたままにし、アリーシャの肩幅ほどの大きさで切り取られた外の景色をクレイオスは無言で見つめた。

 部屋が二階にあるおかげで僅かに見える空は、最近では珍しい曇天。クレイオスの気持ちの良い目覚めとは真逆で、今日は雷神フルグールの機嫌が悪いらしい。彼の乗り物である雲が黒鼠色になって広がり、重々しく空を覆いつくしている。

 そのおかげで太陽神ソールは見えないが、それでも彼の強い気配は東の水平線から昇ろうとしているようだった。

 それを正面から見据えられる方向に窓があるということもあり、開けていれば日の出前の曇天であっても部屋は明るくなる。そのせいで背後でアリーシャが「うぅん」と嫌そうに寝ぼけた声をあげたが、青年は微塵も気にしない。

 気にするだけの余裕がないというべきか。クレイオスの気分は今、相当に落ち込んでいるのだ。街を眺めることで頭が回るようになり、気付いてしまった現実。彼の心境は外の空模様のようになってしまっている。

 もう一度、クレイオスは重いため息を吐く。それから、窓から見える遠い天空を仰いだ。その向こうにある天界が見えはしないか、と身に余る期待を抱いたが、蒼穹さえ見せぬ分厚い雷神フルグールの雲がその傲慢を諫めるようにあっさりと視線を遮っている。


 後悔はないはずなのに、言葉に出来ない不安が胸中を埋め尽くしていた。

 何も起きてはいない。だからこそ、不安になる。


 ――神槍をふるってしまってから二晩が過ぎた。神からの御言葉は、未だにない。


 是も、非も。







 日の出の鐘が鳴った頃。クレイオスとアリーシャは宿屋の一階へと降りてきていた。

 この宿『大河のささやき亭』は、セクメラーナで泊まった宿と同じく食堂が併設されている。しかも、商隊キャラバンほどの人数が泊まれる上に長期滞在できる能力の証左として、なかなかの広さがある。ハバに会うために行った酒場ほどはあるかもしれない。それを活かし、昼は宿泊客以外にも食事処として開放しているらしい。

 もちろん事前に食事代を払っていた二人は、石造のせいかひんやりしている廊下を歩いてその食堂へ向かう。その途中、アリーシャがいち早く気づいて「あら」と声を上げた。


「なんだかいい匂いね」


 小ぶりな鼻をすんすんと鳴らす彼女の言う通り、目的地の方から食欲をそそる匂いが漂ってきている。同じく既に気づいていたクレイオスも、その香りに思わず仏頂面を僅かに緩ませた。曇天で冷える朝に温かな食事の匂いがするとなると、格別のものだと感じてしまうのは誰でも同じなのだ。

 だが、すぐに青年は首をひねって怪訝そうに呟いた。


「ああ。だが、嗅いだことがない匂いだ」

「何かしら。……野菜、じゃないし、肉でもないみたいだけど」


 彼の言にアリーシャも同調し、二人して首を傾げる。酒場で嗅いだような、匂いは知らなくても材料はわかる、という類ではない。まったく覚えがなく、料理どころか材料の輪郭さえ浮かばない。この未知の香気に、本当なら訝しがるべきなのだろう。

 だが、不思議と腹が空っぽを主張してくる匂いは警戒心を溶かしてくれるようで、二人は足を止めることなくむしろ期待を抱いて食堂へと向かう。

 間もなく食堂の扉を開けて入れば、やはり口内に唾が滲んでくるいい匂いが嗅覚を盛大に刺激した。しかしながらセクメラーナでの肉料理の重たい脂の煙とは違い、あっさりした匂いだった。塩気、というのが一番近いのだろうか。

 やはり馴染みのない匂いに首を傾げながら、クレイオスは広い食堂を軽く見回した。他の宿泊客はたまたま少ない日だったのか、すぐに固まって食事している商隊キャラバンの居る一画を見つけられる。

 彼が一団を発見するのと同時にたまたま入口の方を向いて食事していたアヴも気づき、「クレイオス兄ちゃん!」と元気な声で呼びかけた。その声でほかの面々も二人の姿を認め、笑顔になって口々に挨拶を述べる。

 中でもこの宿に誘ってくれたディルは「こっち空いてるぞ」とクレイオスらに呼びかけ、自分の居るテーブルに手招きまでした。それに挨拶を返しながら、その言葉に甘えて二人は彼とイドゥのテーブルに向かう。

 二人が席に座りながら卓上を見れば、まだ食べ始めたばかりなのか並々とした中身のある椀が人数分、白い湯気を立てていた。視界の端でこの宿の小間使いの少女が台所へ消えていくのを捉えながら、アリーシャは他の皆が食べている朝食を興味深そうにのぞき込む。


「すごくおいしそうだけど、見たことがないわ。スープ、みたいだけど」


 不思議がる彼女が見つめる椀の中身は、キラキラと透き通って輝くスープで満たされている。石の椀の底まで見えるほど透明なわけではないが、淡い蜂蜜色の汁は実に食欲を刺激した。

 その中には見覚えのある葉物の野菜と共に、白っぽくて丸い塊もぷかぷかと浮いている。珍味の熊の目玉か、とクレイオスは目を瞬かせたが、よく見れば妙にでこぼこしていて記憶にあるものとは違っていた。

 他にも刻んだ細長い干し肉のようなものも入っていて、具沢山は結構だがあまりにも正体が知れなくて首を傾げてしまう。

 そんな二人の様子を面白がるようにイドゥはくすりと笑うと、木の匙で椀の中をつつきながら教えてくれる。二人の田舎者ぶりにはもう慣れたらしい。


「これは魚のスープですね。海で獲れた魚を煮て作ったから、こんなに綺麗なんですよ。この細長いのは干し魚を刻んだもので、丸いのは新鮮な魚の身をほぐして丸めたものです」

「さ、魚?」


 何でもないように言ったイドゥだが、その説明に山中で育った二人は顔を見合わせて不安げな表情になるほど驚いていた。

 なにせ、二人の知る魚とは泥臭くて骨ばかりで、煮ても焼いても干しても肉よりおいしくない。食べないことはないが、森神シルワの恵みたる獣に溢れた環境下で好んで獲りに行ったりはしないものだ。

 昨日も思ったことだが、小川と海でそんなにも違うものだろうか、とクレイオスは思わずイドゥの前にある椀の中身を見つめてしまう。

 その反応が初々しかったのか、固いパンをちぎりながらディルが朗らかに笑った。


「そんなに警戒しなくても、うまいのは保障するぞ。ほら、とにかく食べてみなって」


 言いながらディルが台所の方を見やると、二人分のスープとパンを運んで小間使いの少女がやってきているところだった。

 そうして自身の前に置かれたスープを前に、どちらともなく世間知らず二人は互いにちらりと目を合わせる。数瞬、面白がるディルの横で停止していた二人だが、間近で食欲そそる薫香を嗅いでしまったことで警戒よりも興味が勝った。

 クレイオスが匙を取り、恐る恐るスープを口に運べば思わず目を見開く。匂いと同様、感じたことのない味に一瞬だけ手が泊まった。だが、すぐに続きを求める腹に応じて匙を往復させ始め、それを見たアリーシャも一口。


「お、おいしい!」

「ははっ、だろう? これで香草とかちっとも使ってないんだから凄いよな」

「こんなに味が濃いのに……?」


 クレイオス以上に表情を輝かせて驚く彼女に、ディルがなぜか自慢するように口角をあげた。だがそれにつっこむ余裕もないようで、アリーシャは透き通るスープを覗き込んで真剣な視線を突き刺している。

 彼女らにとって、基本的にスープとは山菜と肉を放り込んでから味がぼけないように香草で軽く味付けするもの。そのはずなのだが、今にもクレイオスが完食しそうなコレはそんな真似さえしていないのだという。

 だがスープにはキリリと舌の奥を刺激する塩気と鼻から抜け出るような旨味があり、魚の身を丸めたという塊はやや淡泊な味だがそのおかげでスープによく合っていた。パンとの相性は肉を煮込んだスープの方が良いようだが、パンは塩気を緩和してくれるので飽きが来ないようになっている。若干の青臭ささえアクセントだと思えたほどだ。

 このかつてない美味との遭遇に、どうなっているんだ、とばかりに椀を見つめてアリーシャは戦慄する。もちろん、一通り口に運んでから。

 その姿がややマヌケなのは肩を震わせながら顔を背けたイドゥからして明白なのだが、山の狩人にとっては震えるほどの衝撃なのだから仕方ない。クレイオスに至っては、後から来たはずなのにイドゥより早く完食していたほどだ。

 アリーシャも続いてぺろりと平らげ、満足げに匙を置くとディルに向けて改めて礼を述べた。


「ああ、おいしかった。ほんと、紹介してもらってよかったわ。ありがとう」

「そんなに喜んでくれたならこっちも誘った甲斐があるってもんだよ」


 二人の食いつきっぷりが想像以上だったのか、やや驚いた色も含みながらもディルは「気にするな」と言いたげな身振りで手を振る。対面のイドゥは、本当に満足げなアリーシャの様子が微笑ましい、と言わんばかりに微笑んでいて、それにようやく気付いた黒髪の少女は恥ずかしげに頬を紅潮させた。

 あるいはクレイオス以上に料理に夢中になっていたかもしれない幼馴染は置いておき、紅蓮の青年は何もないテーブルの上を見やりながら同席する二人に話しかける。


「もう食べ終わっているようだが、何か用があるのか?」


 そう、皿さえも小間使いの少女に片付けられている通り、二人はアリーシャが匙を置くとっくの昔に食事を終えていた。他の商隊キャラバンの人間も席を立っているのに、ディルとイドゥはわざわざ幼馴染アリーシャが食べ終えるのを待っていたようである。

 ややぶっきらぼうにも取れるそんな彼の問いに気を悪くした風もなく、同郷の剣士と魔法師は答えてくれた。


「ああ、大したことじゃないんだがな」

「二人はこれからどうするのか、と思いまして。力になれるかわかりませんが、少なくとも街の案内くらいはできますし」


 昨夜のうちにこうするつもりだったのか、息を合わせて返された言葉にクレイオスは思わず呆れて見つめてしまう。


「……本当に、お人好しなんだな」


 そんな呟きが世間知らずの身から零れるほど、二人の世話焼きっぷりは見たことがなかった。いくら危機を共に乗り越えた間柄で、かつクレイオスらが旅慣れていないとはいっても、ここまで面倒を見る、見られる関係にはなるまい。

 かといってディルらに邪気があるようにはどうしても思えず、性根から善性が染みついているとしか思えなかった。ハバが彼らを雇った理由も、本当はこのあたりが関係しているのかもしれない。

 アリーシャもまた二人の言葉を聞いてポカンとしていたが、やがて嬉しさ半分呆れ半分のような困った表情で「じゃあ、聞いてもらおうかな」と頬を緩めた。そして、自身の頭にある予定図を打ち明ける。


「私たちの目的地はヒュペリアーナ、王都よ。ここから船が出てる、って聞いたから護衛依頼を受けたの。今日、ギルドに報告に行った後、そのまま王都行きの船のことを調べるつもりだったんだけど……」

「あぁ、知ってるぞ。海神船のことだな」


 話しながらアリーシャが知っているかと視線で問うと、ディルはひとつ頷いて聞き慣れぬ単語でもって答えた。

 彼にとっては当たり前のように回答したのだが、きょとんとして皆目見当もついていない二人の様子を見て「知らなかったか」と決まり悪げに頭をかく。

 船、とはなんたるものか、クレイオスはここに至る道中でアヴや商隊の人間に聞き及び、昨日には遠目ではあるが現物も拝んでいた。だが、その船にも種類があるかのようなディルの言葉に青年は問いを投げる。


海神マレラルの船、というのはどういう意味だ?」

「簡単に言えば、海神マレラル神官の権能フィデスで動く船だよ。川の流れも風向きも気にしないで、水上ならどこへでも連れて行ってくれるんだ」


 普通の船ならこうはいかないからな、と付け足された言葉にようやくクレイオスも納得を見せる。生まれてこの方、一般的な船にさえ乗ったこともないのでどう違うかわからなかったが、要は神の加護で動く一等いっとう特別な船ということなのだろう。

 アリーシャの方は、説明を受けてからようやく思い出したように「そういえばそんなのもあったような……」と呟いている。本かなにかで得た知識のようだが、クレイオスと同等の経験値しか持たないのですぐに記憶から引き出せなかったのも無理はない。

 そうして理解した二人を見てから、イドゥが詳細な続きを口にする。


「上流にある王都へ行くなら海神船しかありません。でも、便もあまりない上に海神マレラル信者でないなら街道馬車のように乗船料もかかるんですよ」

「……それって、どれくらい?」


 お金がかかるとのことに、アリーシャが露骨に不安げな表情になって問いかける。それを横目で見ながら、クレイオスは以前聞いた街道馬車の利用料をそれとなく思い出した。

 確か銅貨八十枚だったはずだが、とイドゥの方を見てみれば、いったん口を噤んでディルと目を合わせている。両者ともになぜか言いづらそうにしてから、アリーシャに視線を戻して告げた。


「百三十フォル銅貨です」

「…………え?」

「一フォル銀貨と三十フォル銅貨だな。一人分で」


 ディルによって何故か換算されて繰り返された値段に、アリーシャが呆然と目を見開く。

 それからやや遅れて、街道馬車を遥かに超える金額だと気付いたクレイオスが困惑したように幼馴染を見やった。数字の多寡は辛うじてわかっても、それがどれほどかは測れないからだ。

 いまいちその法外さにわかっていない青年はさておき、アリーシャは思わず頭を抱える。


「そ、そんなに高いなんて……そりゃあ父さんも利用してないはずだわ……」


 一人分でさえ、朝夕二食付きでもこの宿なら七日泊まって釣りが返ってくる値段である。それが二人分ともなれば、銀貨が一枚しか手持ちにない二人にはどうにもならない。

 旅に出たばかりでテンダルからの餞別しか持たないクレイオスとアリーシャならともかく、それなりの期間ハバの護衛をやっている剣士と魔法師にとってもこの金額は馬鹿にならないようだ。イドゥが首を縦に振って、呻くアリーシャに同調している。


「今回の護衛の報酬が確か、一フォル銀貨だ、って言っていたから、それだけ見ても残りは半分以上……私達でもよほどじゃない限り出せない値段ですね」

「しかも出発前に必要なものを色々と買い揃えたから、手持ちのお金を放出するのは厳しいし……これなら森人族アールヴの森を南に迂回した方がよかったんじゃ……」


 テーブルの上に崩れて「どうしよう」とアリーシャが頭を抱える。必要だったとはいえ、買い物を手助けしたディルは気まずげに目をそらした。

 金という生々しい問題にぶち当たって暗くなる空気からようやく事態の深刻さを察したか、クレイオスも腕を組んで数瞬、黙考。それからディルに向けて口を開く。


「ディル、このあたりで魔獣の革は珍しいものか?」

「え? あ、ああ。そりゃ、そうそう王都みたいによく出るもんじゃないからな」

「どのくらいの価値になるかは?」

「大きさにもよりますが……三フォル銀貨はするかと。この前ハバさんが手に入れ損ねて、悔しがりながら言っていましたし」


 突然の問いに戸惑いながらも、二人はしっかりと青年に答えてくれた。

 幼馴染の言いたいことが暫しわからなかったアリーシャだが、やがてクレイオスの持ち物を思い出して思わず立ち上がる。そう、彼の祖父タグサムから旅立ちの餞別に、数枚の革を与えられていたのだ。

 故に、アリーシャは否定・・の叫びをあげる。


「ちょ、ちょっと、ダメよクレイオス!」

「問題が解決するなら……俺は構わない。後生大事に持っていても荷物になるだけだろう」

「でも、タグサムお爺さんがせっかく渡してくれたものなのよ! お金が足りないから売るなんて、そんな使い方ダメよ!」


 感情的に首を横に振るアリーシャに、クレイオスはどこまでも冷徹に物を言う。怒りの色さえ混じる常盤の目で睨まれても、翡翠の瞳は凪いだ湖面のように静かだった。

 確かにクレイオスも、祖父の贈り物を大事に使うことにしているのは同じだ。だが、アリーシャと彼ではその基準が違い、旅路の役に立つなら売り払うのも良しとしているのである。祖父本人にもそうしていい、と言われたのもあった。

 そんな彼の達観した考えを理解できるが為に、幼馴染は尚のこと眉根に深い渓谷を刻む。理解者であっても、その全てを肯定するわけではない。自身の拘りとぶつかるなら、尚更。

 一転、四人の座すテーブルが急にやや険悪な空気と化し、巻き込まれたお人好し二人は驚きながらも仲裁に入る。


「どっちも落ち着きなって。どれくらい急いで王都に行きたいか知らないけど、金なんて稼ぐ手段はいくらでもあるんだから」

「そうですよ。まずは色々とやってから、改めてそのことについて話し合えばいいじゃないですか」

「……そうね。クレイオス、それは最終手段なんだからね!」

「わかった」


 ディルとイドゥの言葉を受けて、興奮していたアリーシャも小さく鼻を鳴らして席に着いた。

 何故そんなにも怒るのか、クレイオスの方はアリーシャの考えを理解できなかったが、なんにせよ金銭の管理をしているのは彼女だ。素直に了承して背もたれに背を預ける。

 さほど急ぐ旅路ではないはずだ、とディルの言葉を受けて考えつつ、食堂の開け放たれた窓へと視線を移した。

 空模様に晴れる兆しはなし。港町全体が纏う潮の香りが室内に入り込むと、その中には仄かに雨の気配も混じっている気がした。

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