20 依頼探し
「その依頼を、受けさせるわけにはいかないな」
「……え?」
『雑務ギルド』内、非ギルド員用依頼受付にて。
カウンターの向こうに立つ男の言葉に、ピタリと凍り付くアリーシャの姿があった。
雑務ギルド所属の証らしい、箒のようなものが胸元に刺繍されたチョッキを羽織ったその男性の手元には、今しがたアリーシャが手渡した依頼用紙がつままれている。左手の壁にある掲示板から彼女によって選ばれたその紙の内容は、当然ながら『カリオンを目的地とした商隊護衛』の依頼書だ。
それを読んだ男性が、アリーシャに二、三の質問をして、そして放ったのが今の拒否の言葉。
先刻のアリーシャが解説した内容とは真逆の拒絶であるが、その後ろに立つクレイオスはなんとなく「そうだろうな」とギルド員の意図を理解していた。ギルドに入る直前に抱いた懸念が的中した形となったのである。
しかしながら、彼が腕を組んで見つめる先のアリーシャは納得いかないようで、クレイオスの視線の先で荒々しく一房の髪を振り乱してカウンターに両手を叩きつける。
「ど、どうして!? ちゃんと非ギルド員用の依頼掲示板から持ってきた依頼じゃないっ! ちゃんと、二回も確かめたし、問題ないはずよ!」
と、興奮しながら抗議する少女に、対する男性は短い顎髭をさすって困り顔で答えを返した。
「どうして、ってそりゃあ……さっきも訊いたが、嬢ちゃんたち、
「そうだけど、でも、誰だって始めは皆、一度も依頼したことないものじゃない。そんな理由で――」
「ああ、うん、落ち着け落ち着け。問題があんのは持ってきた依頼の方さ」
「……どういうこと?」
男性の返事にさらに興奮しかけたアリーシャを、彼の続く言葉が遮った。そこで「依頼に問題アリ」とのことに、ようやく彼女も勢いを鎮火させて呆けた顔でその意味を問う。
慣れているのだろう、その様子を特に気にすることもなく、男性は説明を始めた。
「嬢ちゃんたちは、非ギルド員でも仕事ができる、って聞いてやってきたクチなんだろうな。それは確かにその通りだが、
「……『条件、信の置ける者・腕の立つ者に限る』」
「その様子だと、見落としてたみたいだな。こういう感じに、依頼者側が受諾者を制限する依頼もあるんだよ。で、さっきの質問で、俺は嬢ちゃんたちが『信用できないし、腕が立つかもわからない人間』って判断したから、この依頼を受けさせるわけにはいかねえのさ」
わかったか? と大仰に肩を竦めるギルド員を前に、目に見えてアリーシャが消沈する。それを無言で眺めながら、クレイオスは「やはりな」と内心で嘆息した。
いくら『旅人に受けてもらった方がいい依頼』と言えど、商隊護衛というものは万が一があれば即座に命の危機に直結する。そんな依頼を誰にでも受けさせるはずがないのでは、とクレイオスは疑問に思っていたのだが、それを尋ねる前に彼女は意気揚々と依頼書をひったくっていってしまい、この有様だ。
想定していなかったらしい事態に「どうしよう……」と途方に暮れるアリーシャ。だが、ふと顔をあげ、ギルド員に胸中に生じた疑問をぶつける。
「その、ウソをついてはいないけど、どうして私たちが本当に一度も雑務ギルドを利用したことがない、って判断できるの?」
「そりゃあ、さっき
「訊いた、って……」
彼女の問いに、男性は至極当然のように応えを返した。確かに、依頼受諾の拒否を告げる前に、「大罪を犯したことがあるか」だの「雑務ギルドで依頼を引き受けたことがあるか」だのと訊ねてきたが、それの返答だけで判断したとでも言うのだろうか。
あまりの自信満々の答えに呆れるやら戸惑うやら、といった様子のアリーシャを見て、男性は片眉を跳ね上げて「ああ」と何かに思い至ったように笑みを見せる。
そして彼女が納得していない部分を、一言で解決して見せた。
「簡単な話さ、俺は
「
夜の天空に煌く無数の宝珠――それら『星』を束ねる
というよりも、その権能を得たからこそ、ここで働いているというべきか。
それを証明するように、男性は得意げに続ける。
「基本的に、雑務ギルドには俺みたいな『嘘つきを暴く』役割の人間が一人か二人は置かれるようになっててな。さっきも訊いた通りだが、依頼を受けたい奴に犯罪歴や依頼の達成数なんかを誤魔化されない様にするためだ。同時に、
おしゃべり好きなのか、興味津々のアリーシャ相手によく回る口だったが、その背後のクレイオスの視線を受けて苦笑いと共に男性は自主的に閉ざした。
クレイオスとしては単にアリーシャと同じ気持ちで話を聞いていただけなのだが、精悍な顔の無表情というのは些か以上の威圧感がある。それを青年の苛立ちと受け取ったか定かではないが、男性は話を変えるようにアリーシャに視線を向けて話しかけた。
「ま、とにかく、この商隊護衛の話は受けさせてやれないが、別のならいいぞ。幸い、この依頼は二日後まで待ってくれるみたいだし、その間に嬢ちゃんたちの能力を証明すりゃいいのさ」
「そう、ね……じゃあ、そうする」
諭すように言う彼に、アリーシャは少しばかりの落胆を伺わせながら素直に頷いた。
クレイオスに色々と説明してきただけあって知識に自信はあったようだが、所詮は書物から得た文字でしかない。それだけで世のことをわかったつもりになるのはおこがましいというものだ。
そんな彼女に、ギルド員の男性は笑みを浮かべて元気づけるように続けた。
「おう、それじゃサービスで、いい仕事を斡旋してやるよ」
「ほんとう?」
「もちろんだとも。お前さんたちみたいなビギナーに『仕事の仕方』ってもんを教えてやるのも俺の仕事のうちさ。じゃあ、そうだな、この中から一つ――」
華やいだように笑みを浮かべるアリーシャの眼差しに調子づいたのか、ギルド員の男は得意げな笑みでカウンターの下から束になった依頼書を取り出す。
どっかとカウンターに置かれたそれらをクレイオスが見やれば、どうやらそれは先ほどの依頼書がたくさん貼り付けられていた掲示板にあるものと同じだと見えた。文字は読めなくとも、その形が同じかどうかはわかるのだ。
「さて、まずはどれがいいかね」と内容を検分し始めるギルド員。おススメできない、と判断したのであろう依頼が脇に除けられていって山を作り始めるが、その中の一枚を目聡く見つけたアリーシャがひょいとつまみあげる。
その内容をじっくりと読んで、そしてクレイオスをちらりと見てから彼女は笑みを浮かべて「うん、いける」と呟いた。それから、あれこれと紙を睨むギルド員にずいとそれを突き出す。
「これなら受けてもいいでしょ?」
「これ――って、おいおい、無茶言うなよ嬢ちゃん」
「あら、どうして?」
アリーシャの手にある依頼書を見て、ギルド員は苦笑と共に首を横に振る。対して彼女が自信に満ちた笑みと共に問いかければ、男は「だってなぁ」と少女の自負を
「『山を下りてきた狼の
「なによ、
忠告するように言う男に、やはりアリーシャは何でもないように背中を反らして自信を見せる。
対し、やはりその姿が世間知らずの自信過剰に見えるのだろう、男性は表情を呆れた色に変えて言葉を重ねた。
「なんだその言い方……
「別に、
「…………は?」
ギルド員の明確な忠告に、しかしアリーシャは首を傾げて事もなげに応えを返す。
そんな彼女が事実として語った内容は、しかして相対する彼の思考をピタリと凍り付かせるに足るものだった。数分前の二人の姿が見事に逆転した形となる。
だがそれも当然のことで、セルペンス山を隔てた向こうで生きてきた彼女とここセクメラーナに住まう男性とでは、『魔獣狩り』の持つ意味合いは大きく異なっていたのだ。
それこそ、天と地ほど。
アリーシャとクレイオスにとって、魔獣狩りは一月に一度必要となる『多少厄介な害獣退治』程度であるのに対し、ここセクメラーナでは数か月に一度起きる『災害』に等しい。
セクメラーナ北部に見える山、或は南東にあるセルペンス山、もしくはごく稀に西部の
王都ヒュペリアーナならいざ知らず、セクメラーナやカリオンには腕の立つ傭兵も居ない為、セクメレル伯の優秀な私兵を迅速に派遣して討伐しなくてはならないのだ。それでも毎度、完全に抑えきれるとも限らず、この街の腕に覚えのある者たちが増援として呼ばれては帰ってきていない。
近年はこの街出身の私兵隊副隊長マヌスが、一度
それを、あろうことか目の前の少女は、こともなげに何度も狩ったというのだ。
何よりも、彼を驚嘆させているのが彼自身の
曰く、権能は言葉には表現しがたいが、男性としては直感的に耳にした言葉の真偽が
それが、彼女の言葉は『真』であると告げたのだ。
幼年より信奉する神から授けられた力、疑う余地もないが、しかし信じられない。
男性が、少女の背後でずっと黙りこくっている精悍な青年に確かめるように「ほんとうか?」と問えば、彼は短く「ああ」と答えた。これも、『真』。
いよいよもって、驚愕の度合いが彼の顎を外れんばかりに大きく開かせる。その有様に、クレイオスとアリーシャは眉根を寄せて不思議そうにしたが、目の前の男性にそれを把握する余裕はない。
「あー」とも「うん」とも言えない微妙な音を喉から発しながら、男性は自らを落ち着かせ、喉から絞り出すように問いかける。
「ぇ……っと、だ、な。嬢ちゃんらは、どこから来た?」
「え? セルペンス山の向こうの、カーマソス村」
「セルペンス山……カーマソス村……あの山の、向こうだって……?」
とはいえ、流石に思考までは落ち着いていなかったのか、男性が思わず問うたのは出身地。よもや外国かと疑っていたのだが、意外にもすぐ近くであった。それも『偽』ではないとわかるのだが、そんな村があっただろうか、と男性は混乱した。
極端に外界との接触のない村であるが為に彼は知らないだけなのだが。
そうしてアリーシャの言葉の衝撃から回復できない男性。その様子が心配になりながらも、気が急いている彼女はもう一度依頼書を突きつけて問う。
「ねえ、これ、受けてもいいでしょ?」
「あ、ああ……そう、だな……」
果たして、男性は呆然となりながらも反射的に依頼受諾を許可し、忘我のまま事務作業を進めてしまい、ようやく我に返ったのは青年と少女の二人の姿が完全に消えてからであった。
手元には、件の二人が狼退治を受けた証拠である依頼書。
やってしまった、と後悔し、不安になる彼を再び驚かせつつも安心させたのは、その日の夕刻のことだった。
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