19 ギルド

 『白鳥の羽休め亭』の夕食を満足に食べ終えた二人は、そのまま早々に部屋に戻り、さっさと就寝の準備にとりかかった。

 まだ話すことなどはあったのだろうが、二人とも初めての旅の初日ということで、肉体的な疲労はあまりなくとも精神的な気疲れはじっとりと感じていたのだ。なので、月女神ルーナ神殿の鐘が鳴るよりも早く、とっとと寝ることにしたのである。

 なにより、都会のベッドという存在に寝転ぶことに、あらがいがたい興味があったのだ。村では実に粗末で硬いベッドで眠っていたので、最初に座ったときに感じた柔らかさには、二人とも言葉にせずとも心底驚嘆していたのである。

 なので、いそいそと寝支度を済ませた二人は、短い「おやすみ」の言葉を交わし、身体が沈み込むベッドに横たわって薄い毛布を被る。

 すると全身を包む、想像以上の柔らかさ。ふかふかのベッドに驚嘆して興奮するよりも早く、瞼は重たくなり思考はあっという間に鈍くなった。

 旅立ったその日の疲れがドッと押し寄せたのか、それとも都市のベッドの恐るべき魔力か。

 そのどちらであるか判別することもできず、二人の意識はすぐさま夢幻の世界へと吹き飛んでいったのだった。







 そして、翌日。

 耳慣れない重低音を耳にして、安穏とした夢幻の眠りを貪っていた二人は勢いよく跳ね起きた。

 狩人としての習性が即座に二人のまどろむ意識を完全な覚醒状態に切り替え、手近な場所にあった神の槍と弓へとそれぞれが手を伸ばしたところで――停止する。

 目覚めと同時に目に入った部屋の光景と村での自室の様子が噛み合わないことで混乱し、続けて正面にあるベッドで幼馴染みが呆けた顔で武器に手を伸ばしている光景にも互いに混乱していた。

 ややもして視線を合わせた二人は、やがて自身らの置かれていた状況をゆっくりと思いだし、手をゆっくりと戻しながらお互いに苦い笑みを浮かべる。ようやく、ここが村ではなく都市の宿であることを思い出したのだ。

 村から旅立ったことが寝ぼけた頭からすっかり抜けていた。その間抜け加減に呆れと笑いが浮かんでくるのは仕方ないことだろう。

 二人して大きく息を吐いて柔らかいベッドに腰掛け、外がすっかり明るくなっているのを確認してから口を開く。


「おはよう、クレイオス」

「ああ、おはよう。……さっきの音は、鐘か?」

「たぶんね。日の出の鐘だと思う」


 うっすらと耳に残る重低音を思い出して、そして外の明るくなりだしたばかりだという様子の外の景色を見てから、アリーシャは自信なさげに答えた。

 彼女もクレイオスと同じように初めての世界なのだから、断言できないのも仕方ないだろう。故に、クレイオスも「そうか」と短く返事するに留め、立ち上がって窓に近寄り、二階から朝焼けに照らされる街を見下ろした。

 ずっと向こうまで続いているようにさえ見える、広大な建物群の景色には未だ慣れないが、眼下の石畳の道で忙しく朝の仕事を始める人々の様子は村とさして変わっているようには見えない。

 そのことに少しだけ表情を弛めて安堵したクレイオスは、この新たな地で、今までとは違う一日が始まったことをようやく実感する。

 いずれ慣れて気にならなくなるであろう、この感慨深い気持ちが出来るだけ記憶に留まるのを願いつつ、クレイオスはさっさと朝の支度を始めるのだった。




 二度目の朝の鐘が、セクメラーナに響きわたる頃。

 クレイオスとアリーシャの姿は大通りにあり、街の中央へとのんびりした歩調で向かっていた。

 宿で朝食を摂った後、宿の女主人にアリーシャがいくらかの質問――場所を尋ねていたようだが、例の如くクレイオスには何のことだかわからなかった――をしてから、二人は荷物のほとんどを部屋に置いて街へと繰り出したのである。

 クレイオスは黄金の篭手シンケールスを右手に着用し、背中の胴を斜めに一周する革帯ベルト白銀の神槍ミセリコルディアを引っかけただけの姿。それ以外の荷物は部屋の鍵だけだ。

 彼にそれだけを持ち出すよう指示したアリーシャも、背中に矢筒と鉄木フェッルムを使用した複合弓コンポジットボウを引っかけ、いくらかの金銭と諸々の入った革袋を懐に収めただけの姿である。

 まるで狩りに行くかのような装いに、疑問に思ったクレイオスから問いが飛んだ。


「どこへ行くんだ?」

「あれ、聞いてなかったの? 宿の人に、『雑務ギルド』の場所を聞いたんだから、そこに行くに決まってるじゃない」

「ギル……?」


 当たり前のように答えたアリーシャの言葉に、昨日理解できなかった言葉が混じっているのに気づいたクレイオスが思わず反復して呟きを漏らす。

 その、明らかに理解できていない返答に、アリーシャもその辺りの説明をしていなかったことを思い出したのだろう、「言ってなかったっけ?」と苦笑いを交えて彼の顔を見上げ、問いかけた。

 それに対し、クレイオスは「昨日先延ばしにしたばかりだ」とおどけたように肩を竦めて返答する。

 両者共に、ふかふかのベッドのせいでそのことをすっかり忘れていたので、互いに困ったように笑みを浮かべるに留めてさっさと歩きながらの説明に入ることにした。


「『ギルド』っていうのはね、簡単に言えば、同じ職業の身近な人たちの間で作られる大規模なグループのことよ。このグループに入っている人たちは、グループ皆で決めたルールに従って、値段を決めたり流通量を決めたりするの。主に職人とか、商人なんかで作られるのよね」

「……よくわからないんだが、なぜそんなグループを作って、ルールを決める必要があるんだ?」

「あー……私たちの村は、そういうの必要なかったからわからないのも当然なんだけど、こういう都市だと、同じ職業の人がたくさんいるものなの。タグサムお爺さん一人で、この都市の人たち皆の革の面倒なんて見切れないのはわかるでしょ?」


 そんなものがあるのか、と言いたげなクレイオスにアリーシャが精一杯かみ砕いた言葉で説明するが、そもそもにしてギルドというその概念が彼にはわからない。これまで生きてきた世界に微塵も存在しなかったものなのだから、それも当然だろう。

 なので、がんばって説明するアリーシャの為にも、クレイオスは想像力を働かせ、周囲を行き交う人々に視線を向けながら皮をなめす祖父の姿を思い浮かべる。

 確かに、毎日一日中休みなく働いても祖父一人では、今日ここですれ違った人々の革靴ブーツすら、月が満ち欠けするうちに作りきれるかわからない。すると、別の誰かが手伝ったり、そもそも工房を別に開く必要があるだろう。

 村と違って職人が多く存在する理由は分かった、と理解したように頷きを返し、続きを促すクレイオスに、アリーシャは笑みを浮かべて続ける。


「そうしたら、いろんな人が革職人として働くわけなんだけど、皆が皆、同じ腕前で、そして同じ値段で売るとは限らないわ。ある革職人がフォル銀貨二枚で売り出してるのに、同じ腕前の職人がフォル銀貨一枚で売ってたら、どっちを買うべきかなんて明白でしょ?」

「そうだな」

「そういう同じ腕前のお店同士で価値の違いができるのはある程度までなら仕方ないかもしれない。それはそれで、適正価格になるのかもしれないんだから。でも、ある品質の革をフォル銀貨二枚で売ってるところの都市に、もっと凄い腕前で高品質の革をフォル銀貨一枚で売り出す店が突然出来たりしたら、元々居た店は大損じゃない? せっかく革を作っても、出来がいいくせにもっと安く売る店が近くにあるんだから、お客はみんなそっちに行っちゃうんだもの」

「じゃあ、売れる値段まで下げればいいんじゃないか?」


 先ほどの例え話のように、適正価格に落ち着くだけではないのか、と問うクレイオスに、しかしアリーシャは緩く首を振って否定する。


「それがそうもいかないわ。これまで銀貨二枚で売れてたものをフォル銅貨数十枚程度で売れ、だなんて、簡単には納得できないもの。私たちが頑張って狩った獲物がこれまでパン十個と交換できていたのに、すぐ近くのよその村の狩人はもっと大きな獲物をパン五個と交換してくれたから、お前らとはこれからはパン三個くらいしか交換しない、なんて急に言われてみなさい。納得できる?」

「む……」


 アリーシャの例え話に、想像だとしてもクレイオスは渋面を浮かべた。

 苦労して仕留めた獲物の価値を、よそ者に勝手に下げられるのは確かにイヤだ。当然抗議するだろう。今後の死活問題にまでなるのだから、当然だ。

 そんなクレイオスの、感情が薄いなりにわかりやすく変わった表情を見て、理解してくれたと把握したアリーシャは歩きつつ話を続けた。


「そういう、物の価値が不当に大きく変わるのを阻止するために、同業者間で作るのが『ギルド』よ。皆で決めた値段ならちょっと不満があっても従うものだし、だいたいが正しい値段に収まるものだからね。だから、もし私たちがこの街でパン屋がしたかったら、パン屋のギルドに入らなきゃいけないわ。ギルドに入らずに勝手にパン屋を始めて、勝手に安い値段を付けてパンを売り出したりしたら、ギルドに凄く怒られちゃうし、パンも売れない」

「売れない、というのは、どうしてだ? 安いならみんな買うだろう」

「そういうわけにもいかないの。さっきも話したけど、ギルドは街の同業者みんなが所属してるところだから、品質だってルールで最低限決まってる。逆に言えば、ギルドのパン屋はちゃんとした品質のものが絶対に売られてる、っていう『信用』があることになるわ。でも、ギルドに入らず勝手に売り出したパン屋にその信用はない。信用がなければ、『あそこのパン屋はパンに何を混ぜてるかわかったもんじゃない』と思われる原因になるわ。例え誠実にパンを作ってても、ギルドに入ってない、ってだけでそう思われちゃうの。それくらい、都市におけるギルドは信用が置けるし、大事な存在なのよ」

「……確かに、俺たちの村でも、余所者が急にパン屋を開いても信用ならないな。村長のカマッサが一言『あやしい』と言えば誰も買いはしないだろう。なるほど、ギルドは村長みたいなものか」

「いや、うん、その、理解してくれたならいいけど、なんか違う気がする……」


 様々な例を挙げたりして説明するアリーシャのおかげで、ようやくクレイオスも自身の腹の内に『ギルド』という未知を落とし込むことに成功したようだった。

 なるほど、としたり顔で呟いた彼の言葉に、アリーシャは釈然としない微妙な表情を浮かべたが、幸いにしてクレイオスはギルドの正体を履き違えてはいない。

 村の長という意味ではなく、村の信頼を集めるような存在、という意味でギルドを村長と評したのだ。カマッサギルドの言葉であるならば簡単に信が置けるし、カマッサギルドの受け入れたものなら歓迎できる、という在り方で見れば、クレイオスの考えは間違っていない。

 自身の内にある不信感を、彼一人の言葉で容易に払拭できてしまうのだから、それくらい信用が置けていたものだったからだ。

 だからこそ、彼が拒絶したクレイオスという存在は、あのカーマソス村では遠からず信用できない生き物になったのであろうが――と、兄貴分に近い存在であった彼の顔を思い出したクレイオスは、苦い表情を薄く浮かべてその幻像を振り払う。

 最後に見た顔は、畏怖する表情を押し殺す蒼白なものだったのが、少しだけ残念でならない。

 もうとっくに、そんな事実は受け流していたつもりだったのだが、思いの外自分クレイオスという存在は女々しかったらしい。

 新発見だな、とアリーシャに聞こえぬように口の中だけで他人事のように呟いて、脳裏にこびりつく故郷の幻影を消し去った。そして、彼女に自身の変化を気づかれぬ内に、次の問いを口にする。


「ギルドがどういうものかわかったが、それならこれから向かう『雑務ギルド』とやらはなんなんだ? 商人とも職人とも、関係ないように思えるんだが……」


 ほとんど考えずに口から出した疑問であるが、事実として、語感の印象から先ほど聞いたばかりの「職人たちの市場を守る存在」という意味での姿が浮かび上がってこないのだ。

 雑務、とどうにも緊張感があるような無いような、クレイオスの浅い知識の海からはまったく正体が浮かんでこない名前なのである。

 そも、そんな存在のある場所に向かう理由もクレイオスは明かされていない。物々しい装いで何をしに行くつもりなのか。

 そんな、多大な疑問を孕んだ瞳で見つめてくる彼に、隣を歩くアリーシャは「それはね」と嬉しそうに説明を始める。

 今更わかったことだが、この娘は無知な幼馴染みに自身の知識を明かして説明するのが好きなようだった。


「さっき、ギルドがどういうものか説明したけど、そもそもこれから行く『雑務ギルド』は、ちょっとだけ毛色が違うギルドなの」


 あれだけ語っておいてなんだけどね、と肩を竦めるアリーシャに、しかしクレイオスは「勉強になったからいいさ」と先を促す。

 本当に気にしていない彼の声色に安心したのか、そのまま彼女は話を続ける。


「雑務ギルド、っていうのは、通称『便利屋紹介所』っていうらしいわ。その街の生活圏における人々が他人の手を借りて解決したい色んな悩みを、全部引き受けて解決するのが目的のギルドよ」

「……それは、なんだ。確かに毛色が違うな。というより、そんなものが成り立つのか?」

「私も知らないからどうとも言えないけど、やっぱりこういう大きな街じゃあ、友達やお隣さんの手を借りたくらいじゃどうしようもないことが多いんじゃないかしら。そういうとき、領主様や教会の人じゃなくて、雑務ギルドを利用するんだって。実際、ほとんどが領主様のお手を煩わせるべき事じゃない『雑務』らしいし」


 アリーシャの説明に、困惑の色と共にクレイオスは首を傾げる。

 さっき聞いたギルドの形とはずいぶん違う。先ほどの話ではグループという組織、目に見えない概念であったのに対し、こちらはギルド自体が明確な存在として街の仕事を引き受けているようなのだ。

 実際それは便利屋という職業じゃないのか、とは思うが、首を振るアリーシャによれば違うらしい。


「悩みを『依頼』という形で引き受けて、その依頼料を報酬にして『解決』っていう商品と交換する、っていうなら、立派な商売ね。元はそういう商売をする街の便利屋たちが集まって出来たんだから、これも立派なギルドよ。だけど、ギルド員の便利屋がそれぞれあっちこっちで依頼を引き受けてたら街の人々が混乱するから、そういう依頼を受ける窓口は一つにまとめて、ギルド員個人じゃなくてギルド全体で依頼を引き受ける、っていう形にしたらしいの。ほら、あれ見て」


 父テンダルの教育や本などから知識を得たにしろ、よくそんな色々なことを覚えて理解できているものだ、と感心しながらクレイオスは話を聞いていると、その途中でアリーシャが前方を細い指で指し示した。

 その先を辿って見てみれば、どうやら街の中心の広場を指しているようだ。

 西から東、南から北へと延びる二つの大通りの交差点は、円形の大きな広場になっており、中央には涼やかな噴水が設置されている。どうやら街の人々の憩いの場であるようで、噴水の傍で一休みしていたりしている様子が見て取れた。

 そしてその周囲を取り囲む建物たちはどれも宿よりは大きく、何かしらの施設であるのは明白だった。

 その建物の内の一つをアリーシャは指で指しているようだが、残念ながらクレイオスにはそれが何であるかわからない。看板のようなものがあるが、箒の絵が描かれたソレには当然見覚えがない。

 薄く困惑の気配を発する彼に、アリーシャは口を開く。


「あれが、雑務ギルドの建物なの。箒の看板がその印ね。あそこに街の依頼を全部集中させて、ギルドの人間がそれを解決するのよ。でね、ようやく本題なんだけど、私たちはあそこでまずは依頼を探すのよ」

「『依頼を探す』? どういうことだ? というか、俺たちが雑務ギルドを利用してカリオンに行けるように依頼するんじゃないのか」


 あの建物が目的地であることを告げたアリーシャだが、続けた言葉の意味を図りかねて、クレイオスが首を傾げる。

 これまでの説明からして、目的地は困ったことを解決してくれる場所だ。そして自分たちはカリオンに行く手段で困っており、そしてこれから向かうその雑務ギルドに依頼してその解決を望む、というのはなんらおかしいことではない。

 話を聞いて、そういう目的だったんだろうな、と予想していたクレイオスは、アリーシャのよくわからない意図の言葉を理解しかねていた。

 そんな彼に、アリーシャは「雑務ギルドあそこの説明はまだ終わってないのよ」とにんまりと笑う。どうやらまだ己の知らぬ情報があるらしい、と若干クレイオスは辟易とした。

 一度にたくさんのことを説明されるよりは、こちらの理解を察しながらひとつひとつ話してくれるアリーシャのやり方は実に嬉しい。しかし、彼女と自分との知識量に差がありすぎて非常に話が長くなってしまうのはどうしたものか、とクレイオスはこっそりと深いため息を吐いた。


「雑務ギルドに依頼して解決して貰うのもいいけれど、たぶん私たちの手持ちのお金じゃ報酬が払えないわ。だから、そういう利用じゃなくて、もう一つの利用方法――そう、依頼を解決する側になるのよ!」


 クレイオスの様子に気づかなかったアリーシャは、楽しげに言い放つ。

 その言葉にクレイオスは、昨日の夕食でのことを思い出した。

 確か、色々と教えてくれた給仕の少女が言っていたのだ。『街のギルドに依頼されてる商隊の護衛を受けて』、と。

 あのときは何を言っているのかまるでわからなかったが、今ならそれが雑務ギルドの依頼の話をしていたとわかる。


「なるほどな。商隊の護衛をするついでに、一緒にカリオンまで連れて行って貰う、という方法か」

「えっ? あ、うん、そういうことよ。ギルドに出されたカリオンまでの商隊護衛の依頼を受けて、乗せていって貰うついでに護衛もして、それで報酬も貰えるかもしれないの。すごくお得でしょ?」


 昨晩のことを思い返しながら思わずクレイオスの口を衝いて出た言葉だったために、若干話がズレて困惑したアリーシャだったが、その内容が事実として彼女の想定していたことだったので肯定した。

 クレイオスも馬鹿ではなく、知識がないだけ。こうして材料さえ揃えば、アリーシャの目的くらい察することが出来る。

 故に、同時に疑問も抱いた。


「確かに、それが出来れば一番いいんだろうが……まず、俺たち余所者に『依頼を受ける』ということができるのか? さっきも、ギルドの人間が依頼を解決する、って――いや、まあ、アリーも宿の娘も、できる前提の話をしてたから、できるんだろうな、とは思うんだが」

「いい質問ね。できるかできないかで言えば、もちろんできるわ。理由が知りたいなら、ちゃんと教えてあげるけど?」


 だが、即座にクレイオスの抱いた疑問は、昨晩の給仕の少女と現在のアリーシャの態度から、意味にないものであると彼は悟った。

 クレイオスにとっては疑問でも、雑務ギルドについて知る二人にとっては当たり前に大丈夫だとわかっていることなのだから、聞くまでもなく問題ないのだろう。

 そんな彼の自己完結を肯定しつつ、アリーシャは問いかける。「知っておいても損はないよ」と言いながら、その常盤色の瞳はキラキラと輝いて、「説明させて!」と無言の圧力を発していた。

 幼馴染みにこんな一面があろうとは、と説明好きっぷりに呆れつつ、クレイオスは「頼む」とだけ言って彼女に説明させてあげることにする。無闇に彼女の機嫌を損ねることはない。

 表面上は知りたがりのクレイオスに、「しょうがないわね!」と笑みを浮かべてアリーシャは口を開いた。


「雑務ギルドに出された依頼は、ギルドに所属していない人でも引き受けることが出来るの。もちろん、依頼者側がそれを嫌がったりするなら省かれるけど、基本は引き受けられるのよ。これが、雑務ギルドが他の職人ギルドとかと一線を引いて毛色が違う理由ね。街の人間でも、流れの旅人でも、雑務ギルドに出された依頼を引き受けて、解決したら報酬を貰うことが出来るってわけ」

「だが、それだと色々と問題があるんじゃないのか?」

「もちろん、中には解決したように見せかけて報酬を貰って、問題になる前に逃げるような輩も居るわ。だから、そういうギルドに所属していない人間に対する報酬は一定額差し引かれて安く働かされるし、依頼者が損したらその分ギルドが代わりに補償しなきゃいけないことになってる。それでも、旅人なんかが依頼を引き受けられるのは、それだけ困った人の出す依頼が多いってのもあるし、同時に旅人だからこそ受けさせられる依頼も存在するからよ」


 部外者に依頼を解決させるには相応のリスクがあるため、ギルド側もいくらかの対応をしなければならないが、それを差し引いても旅人が依頼を引き受けられるようにする価値がある、とアリーシャは言う。

 そうだろうな、と内心で頷いたクレイオスは、答え合わせするように彼女に尋ねた。


「旅人が受けてこそ意味がある依頼、というのが、俺たちの目的の『商隊の護衛』、か?」

「正解! 商人って言うのはケチだから、よほどじゃない限り自分たちで護衛なんて抱えたりしないの。そりゃ、大きなところならその限りじゃないけど、昔の父さんでもよく雑務ギルドに依頼を出してたらしいわ。だから、旅慣れてる上に多少腕に自信のある旅人を比較的安く雇える雑務ギルドは大歓迎ってことになるの。旅人も、商隊にくっついていけば目的地までつれていってくれることになるから、お互いに得なのよ。だから、そういう依頼を解決してくれる部外者にだって依頼を引き受けさせてくれるの」


 クレイオスの問いに、嬉しそうに片目を瞑って肯定したアリーシャは、ギルドにも利があるからこそ自分たちは利用できるようになっている、という言葉で締めくくる。

 そういうものか、と納得したクレイオスは、ふと新たに浮かんだ疑問を口にしようとしたが、足を止めたアリーシャにつられて口を閉ざし、前を見た。

 いつの間にか件の雑務ギルドの建物の目の前に来ていて、開きっぱなしの扉からはかなり広い建物の中の様子が見て取れる。

 隣のアリーシャは興味津々な様子で中を見て興奮しており、いくら色々と知っていても、彼女もまた雑務ギルドを見るのは初めてであったことをクレイオスは思い出した。

 故に、先ほどの疑問が未だ彼の胸にくすぶるが、とりあえず後に置いておくことにする。今は、「行きましょ!」と楽しげに中へと足を踏み入れるアリーシャについていくべきだと思ったからだ。

 そうして意気揚々と雑務ギルドに踏み込んだのだが、すぐさま、クレイオスが胸に抱いた疑問――というより『問題』が、表面化したのを悟ったのだった。

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