第44話 帰還
「…………千里。聞こえているか」
千里の体に触れているアイの手が淡い光を放っている。濃い紫の光が千里の体全体を包み込んでいった。
「お前がどうして出て来ないかは知らねぇ。お前もきっと俺たちがお前のことをどう思っているのかは知らねぇだろ。決めるのはそれを聞いてからでも遅くねぇだろうからさ。…………出て来いよ。俺も晴も、マキシムもここにいる。他の連中もお前のこと上で待っている。千里みたいに驚いて、笑って、悲しんで。当たり前に接してくれる奴がいねぇと。じゃねぇと俺たちは分からなくなるんだよ。みんなお前みたいに笑いたいんだよ」
だからさ! と一際大きな声を上げたアイが言う。
「教えてくれよ!俺に、俺たちに当たり前のことを。俺たちもう忘れちまったんだよ!」
アイが叫んだ。その叫び声は部屋の中を反響して、空に開いた穴から外へ抜け出ていく。
「…………アイ?」
千里の体から聞こえた声。それはちゃんと彼の声だった。
「…………千里、か?」
顔を俯けてしなだれていたアイがその声にゆっくりと顔を上げていく。
「アイ? ア、イなのか?」
ゆっくりと目を開いていった千里は目の前にいるアイの顔を見て目を見開いた。
「あぁ。俺だ」
「っ、俺……アイ、死んだと思ってて。それで、でも今の今までそれを忘れてて……ごめん、俺、薄情者だっ!」
「おいおい。目覚めて早々お得意の泣き落としかぁ?」
けらけらとからかうように笑い声を上げたアイが千里の頭にソッと手を添える。
「別にいいって。俺生きているし」
「……ほんとに生きてる?」
「ほんとだって」
ほら、とアイが差し出した手を千里が握ると千里がほろりと涙を落とした。
「よかった……よかった……!」
「千里!」
女の子の声がして千里が顔を向ける。
「晴!」
パァアアア、と千里の顔が明るくなって。その表情に照れくさそうにしながらも彼女も笑った。晴が駆け寄ると、千里が彼女の体を引き寄せて抱きしめる。
「無事? 怪我はしていない?」
「大丈夫。ちょっとかすった程度の傷しかないから。それにマキシムに比べたら……」
晴が壁際で眠っているマキシムの方を見て促す。
「マキシム!」
「大丈夫だよ。エイドが手当しているからさ」
それまで静かに三人の様子を見守っていたアデッジがゆっくりと口を開いて言った。
「アデッジ! 来れたのか!」
「あぁ。マキシムのおかげでね。こいつはほんと頭がいい」
ニシシシッと笑ったアデッジの腕の中、誰かがいると視線を下げるとそこにはアデッジとうり二つの男がいた。
「この人は……?」
「こいつ? 俺の弟のラビッシュだよ」
「…………そっくり」
「そりゃあ、俺とこいつは双子だからね」
いろんなところがそっくりなんだ、と笑ったアデッジがラビッシュの顔をのぞき込んで、優しげなまなざしで彼を見ていた。そして、ラビッシュの体をソッと下へ下ろして立ち上がった。
「エイド。俺の準備はいいよ」
ゆっくりと頷いたのは千里の中にいるエイド。
「千里さん、準備はいいですか」
千里の口から彼女の声がした。
「……はい。でも、エイドさんはそれでいいんですか? 俺は……」
「その話はもうやめましょう。それに、こんな素敵な人たちが千里さんのことを想っているって分かったらできっこありませんからね」
エイドが笑うと、千里がハハハッと照れくさそうに笑った。アイと晴はそんな二人のやりとりを複雑な心境で見つめていた。
「アイ」
「千里を信じろ」
「……うん」
エイドと千里が一度頷くと、アデッジが魔剣を構えた。そうして、千里が口を開く。
「アイ。晴。信じて待っていてくれ。きっと、戻ってくるから」
にっこりと幸せそうに笑った千里。アイと清が返事を返す暇もなく、彼の腹にはアデッジの握る魔剣が突き立てられていた。
「っ、」
分かっていても、こんな光景は見たくなかった。晴は口元を自身の手で覆い、悲痛で顔を歪ませた。その隣に立つアイも眉を寄せ、眉間に皺を寄せながら、剣を握るアデッジを見つめていた。
魔剣の鋼の部位に刻まれた刻印が浮かび上がり、紅い光を放ちながら剣先の方へと線を描いて流れていく。並々とした魔力がその後を伝って、千里の体の中へと流れ込んでいった。
千里の体の中から一つの青い光が生まれた。その光は分裂し、二つの光が生まれた。一つは赤い光。一つは緑の光。ふわふわと宙を漂う光は魔術師なら誰でも知るもの。二人の魂だった。
その光を見上げながらアデッジが言う。
「今俺は二人を殺した」
「なっ!」
前のめりになった晴の体の前にアイの腕が伸びて彼女を制する。
「これからどうなる」
「さぁな。こっから先は俺も分からねぇ。ただ、俺に古の魔術を教えてくれた先生が、死んだ魂が素となって返ってくるルートって奴の作り方を教えてくれたんだ。うまくいけば、二人とも戻ってくる」
「そんな……そんなのうまくいくかどうか分からないじゃん!」
「あぁ。でも、それでもいいって二人が決めたんだ。……それに」
「それに?」
「少なくとも、千里は確信しているようだったからな。自分はまたここに戻って来られるって」
「そんな保証どこにも……」
「ない、のにな。あいつ、強くなったな」
晴が悲しげに肩を落とす中、アイはふ、と笑みを漏らした。それを不審に思った晴がアイを見上げながら訪ねる。
「俺たちも強くならねぇといけねぇな」
「……そうだね」
姿を消した千里を除いた、アデッジ、ラビッシュ、マキシム、アイ、晴はその後、その部屋を出て一度世界の本部へと足を運んだ。
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