第43話 決着


ドォォォォオオン――


 また部屋が揺れる。エイドが振り返るといくつもの閃光が飛び交っていた。舞い上がった埃が落ち着いてそこに現れたのは肩を上下させているラビッシュとアデッジ。力はほぼ互角。それは当時からそうだった。ただ、魔術対決においてはラビッシュの方が少し上だった。代わりにアデッジが武器を握ればそれに勝るものはいなかった。


 アデッジは遠距離戦を避けるために距離を詰めていき、逆にラビッシュは距離を取る。端から見ればアデッジが一方的に押しているように見えはするが、アデッジはラビッシュのくぐつの魔術に苦戦していた。切りかかった本体が途端に消えていく。


「相変わらず姑息な魔術を使うな」


 アデッジがこの部屋のどこかに潜んでいるラビッシュに向かっている。おそらく、今目の前に立っているラビッシュも幻影だろうとアビッシュはそう思っていた。


 返事は返ってこない。


 まぁ、声を出せば一発で場所が分かるからな。そんなバカじゃねぇよな。そう言って、アデッジは両目を閉じた。ラビッシュ、お前が思っているよりも俺はお前のことを知っている。気配だって分かるんだ。例え魔術で痕跡を断ち切ろうとも、なんとなく感じる。


 背後、伸びてきた気配をかわす。手を伸ばしてそれを強く掴んだ。


「なっ!」


 そこには刀を持ったラビッシュの姿。アデッジは彼の右手首を掴んでいた。ラビッシュの手から力が抜けて刀が床に落ちて転がった。


 次の瞬間、ラビッシュがつけていた仮面が姿を変える。その顔は壁際で自分たちを心配そうに見つめている彼女の顔だった。


「そう何度も同じ手をくうかよ」


 アデッジが言った。


「お前はエイドを殺せない」

「…………殺す必要なんてねぇだろ」


 アデッジは手に握りしめていた魔剣を持ち変えて、その柄でラビッシュの腹を突いた。苦しそうにうめき声を上げたラビッシュの体から徐々に力が抜けていく。彼の意識が飛ぶ直前にアデッジが言った。


「俺たち、チームだろ?」

「…………ほんっと、お前……甘いな」


 ラビッシュは気を失い、戦いの終焉を感じたエイドが走り寄っていく。


「アデッジ!」


 エイドの声に後ろを振り向いたアデッジが勢いよく抱きついてきたエイドを受け止めた。


「うぐっ……」

「大丈夫!」

「大丈夫ってお前な……」

「ラビッシュも大丈夫?」


 アデッジの腕の中に抱えられているラビッシュは目を閉じて眠っていた。その顔色は青白くはあったけれど、確かに呼吸をしていた。


「あぁ。気絶しているだけだ」

「あーもう、良かったーーっ」


 本当に良かったと言ったエイドはアデッジの腕の中で眠るラビッシュの額に手の平を置いて優しく撫で付けた。


「馬鹿ラビッシュに馬鹿アデッジ」

「……んだよ急に」

「兄弟喧嘩に世界を巻き込む人たちなんて大馬鹿者としか言えないでしょう?」


 にっこりと笑ったエイドにアデッジがそうかもな、と笑って返す。


「マキシムはどうだ?」

「ん、大丈夫だよ。生きてる」

「生きてるってお前……あいつの扱い適当すぎやしねぇか?」

「えぇ! そんなことないよ。ないない。お兄様は他の人よりも頑丈だから大丈夫なの」

「だからそういう……」


 エイドが振り返って歩きだして、アデッジもその後ろを追った。二人がマキシムのところにたどり着いたとき、ぽっかりと開いた天井から人の声がした。


「おい! 誰いるのか!」

「おーー! いるぞーー! ここだ!」


 暢気なアデッジの声が部屋に響いた後、数秒も経たずに黄色と黒の獣が降りてくる。その背中に跨っていた男は獣の着地を待つことなく地上に着地して壁際で眠るマキシムの元へと駆け寄っていった。


「マキシム!」

「大丈夫ですよ」

「……お前、千里?」

「いいえ。私はエイドです」


 その男はエイドと名乗る男を見つめたまま向き合う。


「千里はどこに言った」

「いますよ。この中に」

「千里を返しやがれ!」

「千里!」


 女の声がした。獣が淡い光を放って姿を変えていく。獣が消え失せた後に現れたのは一人の女の子だった。その女の子はエイドの姿を見て駆け寄ってくる。


 それを見たアデッジが言う。


「エイド。早い方がいいんだろう。このまま一つの体の中に二つの魂があったら二人とも危ない」

「…………うん。私もそう思ったから、さっきからずっと千里さんに声をかけているんだけど返事がなくて」

「え? 千里はもういないってこと?」

「それは違います。彼は確かにまだここにいます。私の声も届いているはず。……なのに、彼は出てこようとしない」

「自分の意志でっということか?」

「……おそらく」


 まったく……とため息を吐き出した男が背中に背負っていた特大特注の銃を床に置いた。


「アイ……?」


 女の子が不審に思って彼の名を呼ぶ。


「あの馬鹿を呼び出さねぇと話になんねぇだろうが」


 そう言うとアイはエイドの、千里の体の両肩を強く掴んだ。


「……何をする気だ」


 とっさに手を伸ばしたアデッジにアイが鋭い眼光を向けて睨みをきかせる。


「心配しねぇでも、襲ったりしねぇよ。ちょっと目を瞑っててくれ。あいつに話しかける」


 身を縮こまらせていたエイドもそれを聞いて、ゆっくりと一度うなづいて見せた。そうして、目を閉じる。

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