第42話 愛しい人


 ラビッシュの魔術が発動し、マキシムにとどめを刺す直前、千里の体が緑色に光りだし、縛り付けていた鎖が解けていく。その異変に、ラビッシュの目もマキシムの目も向いた。光が収束し、閉じていた瞼をゆっくりと開いていく千里。彼は立ち上がり、二人の前にゆっくりと歩いていった。その姿は千里であって千里ではなかった。


「緑色の……光」


 それはかつてのエイドの纏っていた光。


「二人とも久しぶり」


 彼……、彼女は笑う。


「エイド! 戻ったのか!」


 ラビッシュが慌てて駆け寄る。エイドは壁に張り付けにされたマキシムを一別したあと、ラビッシュの方を見た。


「どうして私を蘇らせたの?」

「どうしてって、そりゃあ……」


 エイドの問いにラビッシュが口ごもったそのとき、天井の一部が轟音を立てながら崩れ落ちてくる。地下の部屋全体が大きく揺れ、その場にいた二人とも地面に伏せてその振動が止むのを待った。


 ようやく振動が止まったとき、天井にはぽっかりと大きな穴が開いていた。青い空が見える。その穴からスッと落ちてきた一つの影。それは二人と対面するようにして立ち上がった。


「お前は……まさか!」

「久しいな、ラビッシュ」


 目を見開いて固まる二人の方を見ながら笑う男。男は部屋の中を見回してマキシムの存在を知る。張り付けにされている彼に言う。


「まさか死んでないよな、マキシム?」

「…………アデッジ。遅いですよ」

「間に合ったんだからいいだろう?もっと喜べよ」

「こんな状況でそんなこと言う余裕はありませんよ」


 ゴフッ、と血を吐き出したマキシムは、腹に突き刺さった魔剣に手を伸ばす。


「これは貴方のものでしょう、アデッジ」

「あぁ」


 受け取って下さい、そう言ってマキシムは自身の腹から魔剣を抜いて放り投げた。投げられた魔剣は床を滑り、アデッジの足下へたどり着く。


「さんきゅ。お前はもう寝てろ」

「えぇ遠慮なく……そうさせてもら、い……ます」


 その場にしなだれてゆっくりと目を閉じたマキシム。それを一別したアデッジが魔剣を握りしめた。


「アデッジ。どうやって復活した?」

「ちょっとばかし、古の知恵をもらってな」

「チッ、エバイス。あの竜か。干渉しないと言っておきながら……」


 悪態をつくラビッシュの後ろ、未だに目を見開いたまま立ち尽くしている彼を目に入れたアデッジが頬を緩ませる。


「エイド、お前いつから男になったんだ?」


 アデッジのからかうような声にハッと意識を取り戻したエイドは目にいっぱいの涙を浮かべて、頬を膨らませる。


「貴方って人はこんな時に! 」

「はいはい。お説教はあとで聞くから」


 元気そうで良かったよとにっこりと笑ったアデッジに、涙をこぼしながら嬉しそうに笑ったエイドが言う。


「アデッジも元気そうで良かった」


 二人の間に立つラビッシュが新しく召還した剣を手に持って目の前に立つアデッジに差し向ける。


「どうせまた俺が勝つ」

「さぁ、それはやってみないと分からない」


 シュンッと風が吹き、二人の影が宙を駆け抜ける。影が残像を作り、金属と金属が交わる音があらゆるところで鳴っていた。二人の様子を見上げながらエイドはぎゅと拳を握りしめた。そうして、壁際で死んだように眠っている自身の兄の元へと足を進める。


 千里さんの願い。絶対に守りますからね。


 エイドは魔術を使った。緑色の光がマキシムの体を包み込む。今の私の力じゃこれぐらいしかできない。なんとか呼吸を続けている兄の頬に手を添えてその体温を確かめる。大丈夫、ちゃんと生きている。


「お兄さま、ごめんなさい。今はこれが精一杯で……」


 そう言って立ち上がろうとき、マキシムの手がエイドの腕を掴んだ。


「エイド、千里さんを頼みます」

「…………はい」


 エイドの返事を聞いたマキシムは安心したようにまた眠りについた。

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