第40話 裁きの天秤

「君は……誰?」

「は?」


 目を開いたら、自分は椅子の上に縛りつけられていた。


「……ここは?」


 頭がガンガンする。


「ようこそ、裁きの天秤、本部へ」


 その高い声が頭に響いて余計に頭が痛かった。目の前で楽しそうに笑っているように見えるラビッシュは淡い光を手の上に浮かべていた。ようく目を凝らしてみると薄いガラスの中に入っているように見える。


「これが彼女の魂。綺麗だろう?」


 その光は淡い緑色。ラビッシュがガラスの蓋を開けるとふわりふわりと光が浮かんでゆっくりとこちらに向かって進んでくる。


「千里、君にはとても感謝している。エイドの魂を引き戻しただけじゃなく、このように傀儡として身を捧げてくれるんだからね」

「っ、ふざけんな! 自分は一度たりともそんなこと!」


 光が体の中に入ってくる。体の芯に染み込んでくる。それは自分の中にもともとある赤い光と混じりあって青い光へと変わっていった。


 体が熱い。まるで血が沸騰しているようだ。その熱さは徐々に一部に集まっていく。目が熱い。左目が焼けるように熱かった。


「っぁあああああああ!」





「千里さん! 千里さん!」


 暖かな陽だまりの中にいるようだった。頭を抱え上げられて優しく頬が撫でられる。ゆっくりと目を開くと青い青い空が見えた。視線をずらすとそこにはさっき見た女の人の顔が見えた。その人は目にいっぱいの涙を溜めていて、自分と目が合うと嬉しそうに笑いながら涙を流していた。


 ぽた、ぽたと頬に落ちてくる涙。それによって意識は確かなものへと変わっていった。……ここはどこだ?


「貴方は?」


 ゆっくりと状態を起こしながらそう訪ねた。彼女はこぼれていた涙をごしごしとふき取って言う。


「初めまして、千里さん。私はエイドと言います」

「君があのマキシムの妹の……」

「はい。兄が大変お世話になっています」

「いえ、こちらこそお世話になっています」


 いえいえと両手を左右に振りながら、深々と下げられた頭をジッと見つめる。


「エイドさん、意識が戻られたんですね」

「はい。千里さんのおかげで……」

「自分のというよりはみんなのおかげっていう感じではありますが」

「それでも、やっぱり千里さんのおかげですよ」


 エイドさんは柔らかな笑顔の持ち主だった。なんとなく、アデッジやラビッシュが彼女のことを守りたくなる気持ちが分かる気がする。


「ここはどこですか?」


「ここは千里さんの意識の中です。今、私と千里さんの魂が混ざりつつあります。まだ充分時間はありますが、完全に混ざりあう前に私を外へ出さなければ千里さんの意識は消えてしまいます。ですので……」


「自分は……別にそれでもいいって思っています」

「…………え?」


「自分にはもう帰る場所もないです。正直、エイドさんの力がなかったらこうして魔術師になれてもいなかったと思いますし……別に未練があるわけでもないので」


 それは心の底から思っていることだった。


パンッ――


頬に走った衝撃。急なことで頭が回らない。ジンジンと痛む頬に手を添えて、目の前に立つ彼女を見た。


「そんなこと、思っていても言わないで下さい」

「…………」

「それは今まで千里さんのことを支えて来てくれた方々に対する侮辱です。もう二度と言わないで下さい」


 誰かにこうして怒られたのは初めてかもしれない。


「…………ごめん、なさい」


 その後、彼女は真っ赤に腫れた自分の頬に手を添えて、お気持ちだけ有り難く、頂戴致します、と笑ってくれた。なんとなく、母さんのことが思い浮かぶ。母さんもこんな風に笑う人だったな。


「千里さん。今はとにかく彼を……ラビッシュを止めてあげて下さい。本当は私が出ていくべきなんでしょうけど。……どうか彼のことをお願いします」


「もとよりそのつもりですから」


 エイドさんの両眼をしっかりと見つめながら言った。


 にっこりと笑ったエイドさんは晴れ渡る青空に溶け込むようにして消えていった。

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