第38話 裏切り
「じゃあ自分は準備に向かいます」
「頼んだ。マキシムによろしく伝えてくれ」
「彼に会えたらちゃんと伝えますよ」
「そこは伝えます! でいいの」
椅子の背もたれに背中を預けたアデッジが軽く手を挙げた。それに答えて、じゃ、と言って店を後にする。これから数時間が勝負だ。本当はチームのメンバー全員にこのことを伝えておきたかったけれど、そんな時間はなかった。
アデッジのお願い、それは彼の素の力、所謂、魔力が封印されている魔剣の奪還だった。その魔剣はラビッシュが持っているらしい。ラビッシュはその魔剣の魔力を公私している。そのせいで以前の彼の数倍の強さがあるらしい。そのことをマキシムが知っているかどうかは分からない。ただ、おそらく……そのままの状態ではマキシムはラビッシュには勝てない。
勝敗は魔剣の行方にかかっている。
……それとここにもうひとつ。
手の内にあるのは先ほどアデッジから渡された眼帯。それはエイドのものだった。黒い眼帯の内側には魔術陣が書かれている。
これにはエイドの想いが残っている。これとラビッシュが持っている彼女の魂の塊、それと自分が合わさればおそらく彼女は覚醒する。アデッジはそう言ってこの眼帯を渡してきた。
そしてこうも言っていた。
ラビッシュが千里を殺さなかったのは千里の体をくぐつとして、そこにエイドの魂を入れるためだと。だから、おそらく自分がすぐに殺されることはない。少なくとも、ラビッシュが持っている彼女の魂が千里の中に戻り、眼帯の力で彼女が目覚めるまでは安全なはずだと。
そんなものはアデッジの憶測でしかなかった。でも今はそこにかけるしかない。
数時間して、マキシムから合図があった。空から降りてきた一匹の虎。その背中には特大特注の銃を背負ったアイ。
「千里、準備はいいか?」
「もちろん」
グルルルル――
晴がうなり声を上げ、背中に飛び乗った自分とアイを乗せてまた空へと舞い上がっていく。「あれは何だ!」口々に声を上げて空を見上げている一般市民は空から見上げながら、これで自分はもうここには返って来られないなぁとそんなことを考えていた。
上空、世界と狭間の間にある壁を前にして清が止まる。アイが後ろを振り返って一度頷く。しっかりと視線を合わせて自分も頷いた。この壁を抜けたその瞬間から本当の戦いが始まるのだ。
アイの打った一発の弾丸によって現れた黒い円。すべてを飲み込むような漆黒を目の前にしてごくり、と唾を飲み込んだ。
長い長い暗闇の空間を駆け抜けていく。晴の体が淡い光を放っていたおかげで道は見えた。この戦いの最中では大規模な魔術を使うことができない。それはこちらを動向を裁天の連中に知られないためだ。
晴は魔術を解くことで虎になる。それも中国の神獣キリンのような特殊な力を持ったものだ。その力を生かして、今回の戦いでは清はサポートに回り、世界を渡り歩いて、駆け抜けてチームのメンバーを運ぶことになっていた。彼女のおかげで水面下で動き回ることができる。
遠くに光が見えてきた。
「私はここまで。後は歩いて」
出口間際、晴が立ち止まって言う。背中から降りると、すぐさま彼女はきびすを返して走り出した。
「晴、気をつけて」
その走り去る様子を見つめる。次はきっとオーイルとオッチオのところだろう。
「千里、行くぞ」
「……あぁ」
アイはこう見えて高度な魔術を使える魔術師だ。この真っ黒な空間を作り出したのも彼だった。弾丸に魔術を込めて、壁に打ち込むことでその中を突き抜ける道を造ることができる。道はしばらく経つとふさがるけれど、今回の任務で彼が作った道は移動手段として有効的でこの戦いでは必要不可欠。だから、彼は必ず生きていなければならない。
光の方、暗闇の外に出た。
目の前に広がるのは広大な平原。ここが、裁きの天秤の本拠地?
「やつらは地下だ。俺はまた中に潜る」
「分かった」
本当は、始めの作戦内容のままだったら、これから自分は時間まで待機して、この平原の上で大規模な魔術を使う。そして驚いて出てきた裁天の連中とラビッシュを奇襲して捕らえることとなっていた。
でも自分は……
「千里」
「ん?」
平原を前にして立ち尽くしていたらアイに名前を呼ばれた。
「何かあったら言えよ」
「…………分かってる」
そうかよ、と小さく返事を返したアイはまたあの暗闇の中へと返って行った。
「裏切り者になった気分だな」
例え、今からやることが世界のメンバー全員のためだとして、みんなの信頼を裏切ることには変わりないのだから、結局それは裏切りと変わらないと思う。結果がすべてかもしれない。……でも、結果に至る過程だって、それと同じぐらい大切なものだ。
「さぁて。世界を守りに行くか!」
拳と拳をつき合わせて気合いを入れる。決心して足を踏み出せば爽やかな風が吹き抜けていった。風で髪が靡いてすっかり長くなった髪が大きく揺れる。この戦いが終わったら髪を切ろう。清に女の子に見えるから切りなさいって言われてたし。アイみたいに男らしい髪型にしょうかな。
ポケットに手を突っ込んで取り出した真っ黒な眼帯を左目に取り付ける。魔術陣の書かれたところが瞼に触れた瞬間、淡い青い光がそこから漏れだした。目が無くなってから、自分はまた新しい目を作った。でもその目には以前ほどの力はなく。光も青くはなかった。赤い色をしていた。それが本来の自分の魔術の色なのかもしれない。
青い光は体の中、芯に染み込んでいく。懐かしい感覚だった。かつて自分の中に当たり前に存在していた彼女の感覚だった。
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