第37話 アデッジ
任務開始当日。自分は住み慣れた部屋にいた。今、この世界は隔離されている。同じ世界線に存在している別の世界から切り離され、この世界に住む人々は認識されることはない。これにより、一時的ではあるけれど、自分の存在を消すことができる。これがマキシムの立てた計画だった。
そのうち、自分の気配が消えて焦ったラビッシュが何かことを起こすだろう。彼はエイドのこととなると視野が狭くなる。それはマキシム個人の感覚ではあったけれど、全員がその意見に同意した。
ラビッシュが動き出すまで、自分はこの世界に止まっていないといけない。……けど、今更やることなんてなかった。新しい本でも買って読むか。自然と足が向かったのは例のカフェだった。カフェの店前、ばったりと会った。それはあの高校の同級生だった。
その姿を目に入れた瞬間、ラビッシュに見つかったと体が戦闘態勢に移った。でも彼は殺気を放っている自分を前にしても涼しげな顔でにこりともせずにこちらを見ていて、何一つ変わらなかった。
彼じゃない……?
「久しぶり。また会ったな」
「…………あぁ」
内心はまだ疑っていた。
「今暇なんだ。一緒に座らないか?」
「別に、いいけど」
脇に抱えた袋。腕にぎゅ、と力を込めた。カサッと音が鳴って彼の目が袋に向く。
「本、読まなくてもいいのか?」
「いい」
「そう」
彼と向かい合って座って、肩肘をついて横目に彼を見ながら、記憶を辿っていく。どうしても思い出せなかった。彼とどこで出会って、彼とどうやって過ごしていたのか。前に会ったときは思い出せたはずなのに。
「そんなに渋い顔してどうした」
「なんかもうよく分からなくなってきた」
「なんだよ、それ」
出てきた珈琲を口に運んで受け皿に置く。流れた沈黙は気まずさを感じるものではなかった。なぜか彼から優しさを感じる。
「目、調子は?」
「痛みはない」
「無くなった理由は分かったのか?」
「まぁ……ね」
そういえば、彼とここで会ったとき、自分は朝起きて突然目を無くした後で、酷く取り乱していたんだっけ。
「じゃあなれたんだ、魔術師に。おめでと」
「…………は?」
らしくない声が出た。自分の様子を見た彼はクスリと笑っていた。
知っている? 魔術師のことを知っている? それはつまり、彼も魔術師ということなのか……?
「お前、ラビッシュか!」
「シッ、声が大きい。ここ店の中だから静かに」
始めの頃にあった同級生の口調はどこにいったのか。彼はまるで別人のように見えた。
「マキシムにはもう会った? あいつ、どう? がんばってる?」
「え、あ……あの、貴方は?」
「俺? 俺はアデッジ。マキシムの友人」
「アデッジ? ……ってことは、貴方が世界の創立者!」
「……そっか。あいつ話しているのか。手っとり早くて助かる。君、千里だっけ?」
「え……あぁ、はい」
「君にお願いがある」
「…………お願い?」
アデッジと出会って一番に思ったことはなぜマキシムのところへ行かないのか、ということだった。それを一通り彼の話を聞いた後に聞いてみた。
「俺の魔力、今はほとんど残ってない。ほぼゼロ」
「はい?」
「この空間から抜け出すことはもちろん、マキシムに居場所を知らせることすらできない。おそらく、奴のことだから俺の存在には気づいているとは思うが……今の俺には魔力がない。もう、ただの一般人と同じ状態だ。世界の本部へ行きたくてもいけない。……でも」
「でも?」
「千里がいた」
「自分ですか?」
「俺はラビッシュの戦闘のあと、この世界に落ちた。その後、気長に待っていたのさ。千里のように魔術師にな者が現れることを」
「それで接触してきたというわけですか」
「あぁ。……だから千里には感謝している。エイドのことだってそうだ」
「エイド、ですか。自分が彼女と直接話したわけではないので」
「それでも、千里は彼女の魂を引き戻してくれた。この世界のどこかで漂っていた彼女を。例え偶然のことでも、千里は俺たちの救世主だ」
「救世主……ってまだそう言うには早いですよ。これからビッグイベントがありますから」
まだ気は抜けません、とアデッジの方を見ながら苦笑いする。彼はふっ、と笑みを漏らして確かにな、と言って、そのお願いとやらを話し出したのだった。
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