第30話 景色

 晴が話し終わって、シン、と静まり返った病室。彼女の生い立ちは衝撃的なものだった。でも、それでも彼女は笑っていて、彼女は成長していた。


「どうして右目に決めたんだ?」


「私ね、左目は黒いでしょ?でも、右目は灰色だったの。私がいた国ではそれはちょっと不吉だって言われてたから。それに、まだ目はあるんだよ、一応」


 晴はそう言って、右目に付けていた黒い眼帯を外した。そこに現れたのは灰色の目。透き通っていた。こんな綺麗な目、初めて見た。


「ね?なんかちょっと気持ち悪いでしょ?」

「いや、そんなことない。綺麗だよ」


 口から飛び出たのは心底から出た本当の言葉。真顔で彼女の顔を見つめながら言ったせいだろうか。彼女はきょとんとした顔でこちらを見ていて。左の黒い目も右の灰色の目もまん丸と見開かれていた。


「……ありがと」


 彼女はそう言って嬉しそうに目を細めながら笑う。それに笑い返して、あれ? と声を出す。


「どうしたの?」

「目があるのに見えないってことは……」


「そうだよ。私は視力を無くしたの。私が居た世界は千里の世界の未来で。医療技術が発達しているの。だから、視力を無くすのもレーザー一つで簡単にできたんだ」


「痛くない?」

「全然痛くないよ。でも、痛くないから視力にしたわけじゃなくて」


 ふ、と笑みを漏らした晴が魔術を使った。彼女の手元に現れたのは彼女の愛刀。その刀の柄のところ、そこにある小さなストラップ。その黄と黒の獣のストラップを彼女は愛おしそうに触った。


「好きだった人がね、言ったんだ。目が見えるから見えないものもあるんだって。特に見たい物があるってわけじゃなかったんだけど……あの人が、彼が見ていた景色は一体どんな景色だったんだろうってそう思って。……ただ、それだけなの」


 刀が消えていく。その残りには淡い光が残って、それもすぐに消えていった。


「景色は見えた?」

「……ううん、少しだけ」

「そっか。じゃあまだかかるってこと?」

「そうだね。時間だけはたっぷりあるから」


 そこで晴の話は終わった。間を見計らっていたらしいアイさんが口を開く。


「晴。そろそろマキシムのところへ報告に行くぞ」

「あ、うん。そうだったね」

 晴はそう言って立ち上がる。

「千里、本当にありがとう。でも、次からは先に相談してね」

「必ずそうする」

「うん」


 じゃ、と軽く手を振って部屋を出ていく晴に手を振り返す。それを見ていたアイさんが晴が出ていくのを待った後、こちらを見ながら言った。


「千里。ありがとうな」

「こちらこそありがとうございます。まさか助けた人に助けてもらうとは思っていなかったです」

「あぁ、だな。晴に言えなかったら俺でもマキシムでも、誰でもいい。言えよ」

「……はい」


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