第29話 晴の想い
「今度は私なんだ」
記憶の奥底。幼い頃に遊んでもらっていた親戚の叔父様。いつも何かプレゼントを買ってきてくれていた。最後にもらったのは手の込んだ小さなキーホルダーだった。それは今でも大切にしていて鞄の内側のポケットについている。
いつからだったか、叔父様はぱったり遊びに来なくなった。メイドの話し声を盗み聞きしたときに聞いた。叔父様は亡くなったと。それで私は母を問いつめた。なんで教えてくれなかったのかと。母は答えてくれなかった。父に聞いたら、叔父様は死んでいないと言われた。ここから近くて遠いところで生きていると。でも、もうきっと会うことはない、と聞かされた。
それから年月が過ぎて、十五歳の誕生日を迎えたとき、魔術師の話を聞いた。そこで初めて分かった。叔父様は魔術師になったのだと。
今度は私の番。兄と姉はもう結婚していて、弟と妹はまだ十歳にもなっていない。……つまり、私しかいないんだ。
「お嬢様、本日は学校に行く前に……「うん。分かってるからいいよ」」
送迎用に用意された黒塗りの車。扉を開けてなんとも言いがたい顔で私を見つめているつき合いの長い老執事。その言葉を遮って言った。自分の運命ぐらい分かっている。
「……出して」
「かしこまりました」
魔術師になるためには体の一部をなくさなければならない。それは契約を交わした一族も例外ではない。だから、今から無くしにいくのだ。この世の中から自分を亡くすために、私は何を無くそうか。
目的地を目指して静かに走る車の中でそれを考えていた。
「私のいらないものってなんだろう」
目的地に着く間際、こぼれ出た言葉。無意識のことだった。老執事はそれを黙って聞いていた。
到着した。エンジンの音が途切れて扉が開く。どうぞ、とすっかりしゃがれてしまった声で彼が言う。
「今までお世話になりました」
さようなら、なんて言葉は言えなかった。
「お嬢様のいらないところはきっと強がりなところですよ」
後ろから聞こえた聞こえた言葉。ハッとなって振り返ったら深々と頭を下げていた彼が顔を上げて、手を挙げて、その手を小さく降ってくれた。幼い頃、まだ若かった彼は私のことをいつもそうやって出迎えてくれていた。
駆け出したい気持ちを必死で押さえて、泣きそうになるのを押さえて。唇を噛みしめてニッと笑って彼を見た。そうして前を向いて歩き出す。
……そうだね。もし、次の人生があるなら、もう少し自分に素直になろうってそう思うよ。
着いたところは病院だった。そこの一室に通される。
「さてさて。どこにするか、決めたかい?」
「…………はい」
持ち込んだ鞄をそっと机の上に置いて、内側についたストラップに触れる。叔父様から貰った言葉、覚えているよ。その黄と黒の獣のストラップを握りしめて、私は決心した。
そうして、魔術師になった。
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