第24話 ばいばい、千里
瓶の中、淡い光を放っているもの。それは瓶の中をふわりふわりと浮いていた。
「これが彼の精神。彼のこころ。彼自身。……美しいだろう?」
あれがアイさん? そんなことあるわけない。あってはならない。そんな話、認めない!
「ラビッシュ! お前が何を言おうが自分には関係ない。それがアイさんだって言うんだったら、それをこちらに返せ。それがアイさんじゃないなら、今すぐ彼を元に戻せ!」
「だーかーらーこれがアイだって言っているでしょう? 話聞いてた? ね、俺の話ちゃんと聞かないならこの瓶割っちゃうよ? いいの? これが割れたら彼は二度と目を覚まさないよ?」
足を止めて、その場で仁王立ちしたラビッシュは瓶を片手にして笑っていた。ころころと手の平や手の甲、腕の上を転がしながらにんまりと唇を釣り上げて笑っていた。
「……どうして自分の前に現れた」
「おぉ、そうそう忘れてたよ。用があって来たんだった」
「何の用だ」
「思い上がるな魔術師もどきが。俺が用があるのはお前じゃない。お前の中にいる彼女だよ」
「……彼女?」
「お前にも身に覚えがあるだろう。こうして俺と引き合ったんだから、彼女に願ったはずだ」
確かに自分は願った。アイさんを、彼を元に戻して欲しい、と。
「で、だ。取引に来た」
「…………」
「そう睨みつけるなよ。お前にとっても悪い話じゃねぇよ?」
「なんだ」
「お前の左目を頂く」
数秒、頭の中で考えた。……量った。天秤に掛けた。彼の命と自分の左目。そんなもの、量り取る必要もなかった。
「わか……「それでもってお前の魔術の記憶を消す」……は?」
「それが俺の条件だ」
記憶を消す……か。それは願ってもないいい機会だ。
「分かった」
「はい、決まり。後からなしっていってももう聞かないから」
「いいから。早く彼を元に戻せ」
「はいはい」
きゅ、きゅ、とゴムと瓶が擦れる音が鳴って、きゅぽんと音がした。瓶の蓋が開いて、その中に押し込められていた光の玉がふわりふわりと空へ浮かんでいく。
「そのうち体のところへ行くから。あとは目と記憶だね」
彼はまるで興味がなくなったおもちゃのようにしてアイさんの光から目を逸らした。おそらく、彼はもう二度と見ようとはしないだろう。
「ほら、頂戴」
簡単に言ってくれる。二度も自分の目を失う時が来るとは夢にも思わなかった。かつて、目を失ったときの衝撃は計り知れないものだったけれど、今はもう……何も感じない。
「君もすっかり魔術師になったんだね」
にっこりと瞬いて見せた彼は手の内に入った自分の左目を握りしめていた。こんなもの、どうするというのだろう。
「あとは記憶だけ」
……もう、どうだっていいか。
手の平をこちらに向かって伸ばしたラビッシュの姿を目を入れて、目を閉じた。自分は元の、元々いるべき世界へ戻る。だからもう、自分には関係のないことなんだ。
「ばいばい、千里」
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