第23話 夢幻現実
「おい。大丈夫か? ……千里?」
瞬いた瞬間目の前に現れたのはいつだったか、行きつけのカフェでばったり出会った友人の顔だった。
友人は自分の顔の前で手を振って、心配そうにこちらを見ていた。
「あれ……? ここは?」
「何言っているんだ。いつものカフェだろう?」
「え? あぁ……」
友人の言葉を半分耳に入れながら生返事を返して、疑い深く店内をぐるりと一周見回した。……確かに。ここは自分の行きつけのカフェだ。だが、こうして友人と来たことなど以前に一回あったきりで、それ以外はなかったはず。なのに、今目の前の男は"いつものカフェ"と言った。まるで"俺たちいつも一緒に来ていただろう?"とそう言うかのように。
「それにしても、なんとも奇妙な話だな」
「え? 何の話だ?」
「何って、お前の目だよ。左目」
左、目……?
恐る恐る右手を持ち上げて、真っ直ぐにこちらを見つめている友人の方を見たまま、左目を触った。左目の前に手を持っていっても視界に手は写らない。それどころか、指が奥へ……
ドッ、ドッ、ドッ――
鼓動が脈打つ。額からは汗が噴き出した。唇の上も鼻の頭の毛穴からも汗が噴き出してなんだかよく分からない焦燥にかられた。これはなんだ。一体どうなった? この状況はまるでマキシムに会って正式な魔術師になる以前に体験した自分そのものじゃないか。
「千里、本当に大丈夫なのか?」
いや、待て。……違う。違っている。自分が話した友人はこんな親しげに話しかけて来なかった。自分のことを名字ですら呼ばなかった。久しぶり、とだけしか言わなかった。そんな程度のただの高校の同級生だったはずだ。それが今ではまるで親友のような感じになっている。……何か、変だ。
そうだ。確かに、あの時も違和感はあった。なぜこのタイミングで再会したのか。それがひっかかっていた。それがこうして二度も。それも普通の現実では絶対にあり得ない形で起こった。
「…………おまえは誰だ?」
ぽっかりと空いた記憶の穴。のぞき込めばそこには終わりのない暗闇が現れる。遡って思い出せば出すほど違和感が押し寄せてくる。自分は本当にこの男と友達だったのか。思い出せない。話したことのひとつやふたつ。何か、エピソードがあってもおかしくないはずなのに、頭の中を探し回ってもこの男の記憶はどこにも見当たらなかった。
「は? 何言っているんだよ。冗談でも笑えないんだが」
「こっちだって笑えない」
冗談だって、誰か言ってくれよ。
「お前、誰なんだ……!」
「…………つまんねぇ~の。もう気づきやがって。もう少し遊ばせろっつーの」
顔を俯けた男がさっきまでとはまるで別人の声でそう言った。男の周りを何か黒い靄のようなものが渦巻いていた。男は自信の右手で顔を覆って、指の間。そこからこちらを見ていた。まん丸に、瞳孔までも見開いた目がぎょろりと動いて、目が合う。ばちばちと肌に電気が走ったような感覚。これがいわゆる殺気というものなのかもしれない。
「はいどーも。千里くーん。一応初めましてって言っておくよ。もう数回会っているとはいえ、こうして話すのは初めてだからね。はじめましてー」
まるで子供だ。ここでこちらこそ、なんて返す気には到底なれず。ただただ黙って男を見つめた。
「えー無視? ほんとつまんねーの。あのアイ? とかいう男みたいにもっと遊んでくれないと、俺、つまんねーじゃん?」
……アイ、さん?
「まさか、お前がラビッシュか?」
「ご名答。その説はお世話に……いや違うか。お世話してあげましたー」
「っ、お前!」
「なんで千里くんが怒るの? 君は自分から倒れたんでしょ? 俺は何もしていないから」
「アイさんは……!」
「あぁ……彼ね。まぁまぁ楽しめたかな。でも、飽きたから人形にしちゃったよ。……ほら」
右手を横へ流せば顔の上に例の仮面が現れた。涙と刀傷。確かにラビッシュのものだ。ラビッシュはその場に立ち上がった。片手を上げてパチン、と合図ひとつ。指を鳴らせば店内にあった机や椅子。お客さんも何もかもが砂のように崩れ落ちていく。床も壁もすべて。辺りは黒一色だった。
道も何もないところをラビッシュが歩いていく。彼はおもむろに懐に手を入れて何かを取り出した。それは小さな瓶のように見えた。
「これがアイだよ」
「……え?」
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