第22話 記憶の中で
「なんて無茶をしたの」
暖かな微睡みの向こうから聞こえた優しげな声。ふわりふわりと意識が浮き沈みして穏やかな波に揺られているような心地よさを感じた。
なんとなく。母さんのことを思い出した。小さい頃に母さんと行った砂浜。母さんの膝の上に横になって眠った小さい頃の記憶。数少ない母さんとの記憶だった。
「かあ……さん」
瞼の上を影が通り抜けていく。鼻を刺激する甘い香りに誘われるようにして目を開いた。
そこは縁側だった。住み慣れた神社の縁側、小さな頃はよくここに来ていた。十歳を過ぎた年からは全く来ていない。記憶のまま、青々とした緑に庭園に流れる小川。人の気配のない神前。澄み渡った空気。足を進めるとここで過ごした日々が蘇っていく。今更なんだっていうんだ。
父さんが舞っている。その姿を遠く離れたところから見ている小さな影。ここが一体どういう場所かは分からないけれど、あれはきっと自分だと思う。
ここは記憶の中?
すぐ傍で舞っている父さんの背中を見ながら、父さんはどんな顔をしていたのか、分からないことに気がついた。つい最近までは覚えていたのに。なぜか思い浮かばない。母さんの顔も。一緒に過ごした記憶はあるのに。ちゃんと覚えているのに。
「千里は頑張りやさんだからね。ときどき立ち止まらなきゃだめよ?」
母さんの声だ。柔らかな声、柔らかな光が空から降り注ぐ。空を見上げたら目の前が真っ白になった。
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