第21話 願い

 まず任務の目的は晴の話にあった「薄くなった壁を元に戻す」というものだった。自分は先日手に入れた素、左目を使って薄くなった壁の場所を探るように晴に頼まれた。でも、そのやり方が分からずに苦戦している内に裁きの天秤に見つかり、襲撃を受ける。間一髪の時、晴に助けられ、虎に変身した彼女にくわえられて空中に舞い上がった。


 そこで自分はあの仮面の男、ラビッシュを初めて見た。そう言えば、ラビッシュの仮面はこっちを向いていた。仮面の正面がこっちに向いていたのだから、ラビッシュは清と自分を見ていたということになる。


 そして、その仮面の男を目に留めたとき、体に異変が起こった。頭痛、吐き気、動悸に悪寒。最悪だった。心臓が強く打ちつけ、痛みが走る。その痛みは徐々に上へ上がっていき、左目のところで止まった。目を抉り出したい衝動に駆られ、そして……知らない女の人の声がした。


 エイド。確かその名はマキシムの話の中にもあった。エイド。アデッジの妹。同じ名前。関係があるのだろうか。


「エイド」


 ぽつりと名を呼んだ。包帯を巻いている左目がだんだんと暖かくなっていく。血が巡っていくことを強く感じた。エイド、君は何者なんだ。左目が光輝く。包帯が自然と解けていく。宙を舞うそれを呆然と見た。自分は何もしていないのに。数十秒の間宙に浮いていた包帯はまるで電池が切れたかのように急に手の上に落ちてきた。


 そのすぐ後、声が聞こえた。



――私はエイド。貴方の願いを叶える者。私は貴方の半分。貴方は私の半分。



 透き通るような綺麗な声。あの戦場で聞いた声だった。



「願い……?」



――貴方の願いを言いなさい。



「エイド、君は一体何者なんだ? 君はマキシムの話に出ていたあのアデッジの妹のエイドなのか?」



――願いを……なければ私は貴方の中へ戻りましょう。



 前回よりもはっきりと聞こえるようになった声。エイドの存在、気配というものもかすかだが感じた。左目の奥、球体の中心、そこにいる……気がする。淡い光が揺れている。その光が徐々に小さくなり、気配が薄れていく。


「それはどんな願いでも叶えられるのか?」


 半信半疑、口に出した言葉。まだ、エイドいう曖昧な存在を認めたわけじゃない。会話するのも変な感じだった。



――貴方が願えばそれは何でも。



 何かつっかかるような言い方だな、と思った。でも、今はそんなことを怪しんでいる場合はない。


「アイさんの意識を取り戻させて欲しい」


 彼の背中が脳裏に蘇ってくる。彼はどうしてあそこにいたのか、なぜ自分を助けたのか、なぜ……? 本当は心の底から助けたいと願うべきなのかもしれない。でも自分にとっては彼の行動の理由を知ることの方が重要に感じていた。



――この男がアイ。



「そうだ。彼を助けてくれ」



――では、詠唱を。



 血の盟約をもってエイドに命じる。我の血と肉となって我の力となれ――


 すらすらと口から滑り出た詠唱は誰に教えられたものでもない。右手で左目に触れてそこにいるエイドの力を取り出す。右手につられて出てくる光は線を引いて円を描いた。マキシムが入っていた魔術陣。どこに何を書くかなんとなく分かった。


 最後の一筆。書き終わって手を離し、人差し指と中指をそろえて一回、とん、と魔術陣の中心を叩いた。次の瞬間、光の線はより強く輝きを増して光の柱を作り出した。その光は天井を突き抜けるほど大きなものだった。


「千里さん!」


 勢いよく開いた扉。駆け込んで来たのは晴とそれにあれは確か……オッチオ。


「やめてーー!」


 晴の叫び声が意識の向こうで聞こえた。

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