第18話 仮面の男

 その数十秒後、重い口を開いたマキシムがゆっくりと語りだした。


「千里さんが言う青い世界というものは、おそらく……魔術師が属に言う"色のついた世界"、時間を超えた世界です」

「時間を超えた世界?」

「正確に言うと、超高速で動いている状態となります。他の者が一歩足を踏み出すとき、超高速で動いているものは数キロ先まで行くことができます」

「まさか、千里が?」

「えぇ、他に青い色のついた世界なんてないのですから、本当のことでしょう」

「それは魔術を使って?」

「そうです。時間移動魔術を使います。でもこれは移動魔術の中でもかなり高等な術で、時空移動魔術を使える清さんでさえ使えないものです」

「使えるものは限られている……と?」

「はい。まして、千里さんは初陣。始めからこんな術を使うなどあり得ない」


 あり得ない。マキシムはそう言い切った。その言葉は自分のことを攻めているのだろうか。怪我のせいか、気持ちまで弱くなってしまったのかもしれない。なんてことないはずの一言に鼓動が速まった。もしかして自分は疑われているのではないか。自分がアイさんをハメた、だとか。そんな不安にかられた。


「千里さん。他に何か言っておきたいことはありますか?」


 何かを試されている気分だった。いい気はしない。言っておきたいことなど、もうなかった。アイさんのこと。一言自分のせいだと、泣きじゃくる晴に謝るべきだとそう頭の中では分かっていたのに。言えなかった。


「いいえ。これで全部です」


 胸を張ってそう言った。目のことも言っておきたかった。聞きたかった。でも、いざ言おうと、言葉にしようとしたとき、鼓動が強く脈打ってまるで黙っておけ、口を開くなと何かに言われているような感覚に陥った。それでも言うべきなのかもしれない。


 でも、自分は言わないことに決めた。それはあの男の言葉が胸のどこかでつっかえていたせいかもしれない。ただ、今言えることは信じられるのは自分だけ、ということ。


 マキシムのこと、晴のこと。信じられないわけじゃなかった。信じたくないわけでもなかった。ただ、分からない。どちらの立場に立っている人なのか、判断できない。それほど、自分は二人のことを知らない。理解していない。だから、できなかった。それだけのことだった。

では、と話を元に戻したマキシムが言う。


「おそらく、私は仮面の男の正体を知っています」

「え?」

「え?」


 晴も自分もマキシムの言葉に耳を疑った。


「なんで早く言ってくれないの!」


 晴がそう言って詰め寄って、マキシムの胸ぐらを掴む。すごい勢いだった。その様子を黙って見つめた。マキシムは重い重い口を開いた。

「確信がなかったんです。でも、千里さんの話を聞いて確信しました。私は彼を知っている。彼はこの世界の元メンバーです」


「世界? 世界って、今自分たちが所属しているこの組織のことですか?」

「そうです。この世界のことです」

「そんな人がどうして裁きの天秤に鞍替えしたんですか?」

「鞍替え……そう、ですね。鞍替えというより、もっと質の悪い話ですよ、これは」


 ははは、とマキシムが笑う。それは何かを諦めた者がする笑い方に見えた。八方塞がり、または信頼していた者に裏切られた。おそらくはそのどちらかだろう。


「長い長い話になります。それでもお聞きになりますか?」


 そんな状態でもマキシムは自分と晴の方をまっすぐ見つめて、二人の意志を尊重しようと指導者の姿で自分たちの前に立っていた。自分と晴は顔を見合わせて、互いに一度うなづいた。


「聞きたい」

「お願いします」


 傍にあった丸椅子。そこへ腰を据えたマキシムがゆっくりとした口調で語り始める。それは昔々、自分が生まれる何百年も前の、この組織、世界の話だった。

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