第19話 世界の過去
実はマキシムは世界の神の二代目だった。初代神、世界の創始者はアデッジという男。
当時、アデッジとマキシムは自分と晴のようなパートナーで、いつも一緒にいた。その時代、魔術を利用した悪事というもの事態がほとんどなく。時々現れた異端者を裁くという、その程度の組織だった。
もちろん、世界と世界の間にある壁の見回りや、自分のようにこちらの世界に迷い込んだ素質のある者を選別したりと他にもやることはあった。その時の主なメンバーは創始者、アデッジ。そのパートナーのマキシム。何千年も生きているという長寿のエバイス。そして、マキシムの妹のエイドとアデッジの弟のラビッシュだった。
五人の仲はよく。何百年もの間、この五人で組織を保ってきていた。それがある日を境に崩れた。アデッジとラビッシュが戦い、それを庇ったエイドが死んだ。魔術師にとっての死とは肉体も精神も何もかもが消えてなくなることを示す。エイドは完全に姿を消してしまった。
ラビッシュとの戦いによって瀕死の重傷を負ったアデッジは姿を隠してしまい、その行方は分からなかった。その後もアデッジとは連絡が取れず。ラビッシュはアデッジと同じく深手を負い、これ以上ここにはいられないと言って、組織を抜けた。
残されたのはマキシムとエバイス。途方に暮れていたマキシムに不幸は続く。まるで組織の崩壊を見計らうようにして発生するようになった世界の歪みの数々。マキシムとエバイスはその対応に追われた。マキシムはアデッジの代わりに一時的に神になることを決め、エバイスもそれに賛成した。それから数十年が経ち、新たな人員が加わって組織が安定してきた頃、歪みを作り出している組織があることが判明した。その組織の名が"裁きの天秤"。
そして、その組織の創始者がラビッシュであることがすぐに分かった。
「ラビッシュってアデッジの……」
「そうです。ラビッシュはアデッジの弟の彼です。なぜ彼がそのようなことをしたのか、それは分かりません。私も詳しくは聞いておりませんので。ただ、千里さんが言っていた仮面。それは世界に所属していたときにラビッシュがしていた仮面と特徴がよく似ています」
「左目元の滴ですか?」
「えぇ。それと、アデッジがつけた、右目を縦に裂く大きな刀傷です。私はその傷がつけられた瞬間をこの目で見ていましたから」
「じゃあ……あの男はラビッシュということですか?」
「えぇ間違いないでしょう」
自分が見たあの男が裁きの天秤の創始者、つまり組織の一番上に立つ者だったなんて。そんなのはなから勝てっこなかった。マキシムと同じ位置に立っていたものだったなら、その実力は自分とは比べものにならないだろう。
アイさんはそれは知っていたのだろうか。
「じゃあ、アイさんに呪術をかけたのは」
「ラビッシュです。やっかいなことに、彼は呪縛系の魔術師でしたから、私の解呪魔術の技術では彼に及ばないのです」
それでか。納得した。マキシムが両手を離して無理だと言い切ることなど早々ない。だが、その実力を知っていたのなら話は別だろう。相手はマキシムよりも格上というわけだ。
「ただ、ひとまず呪術の進行を止めることはできました。運のいいことにこちらには解呪魔術に詳しい方がおりましたから」
運のいいことに……か。
「目を覚まさせるにはどうしたらいいんですか?」
「解呪魔術を使うか、直接ラビッシュに解いてもらうか、二つに一つです」
「なるほど」
つまり、見込みは薄い、というわけだ。それでもマキシムは運がいいことに、と言った。どうやら状況はあまりよくないらしい。
「自分の怪我の具合はどんな感じですか?」
「先生の話によれば、一ヶ月は安静だって」
「一ヶ月だって?」
骨が折れたわけでも、臓器がなくなったわけでもない。なのになんでそれだけの時間がかかるのか。
「千里さん。絶対安静ですからね。魔術は自分が思っているよりも体力も精神力も消費します。大丈夫だと鷹をくくっているとすぐにツケが回ってくるようにできているんです。現にアイさんだって……」
「マキシム。アイのことはもうやめて」
「…………そうでしたね」
とにかく、安静にするんですよ。と最後の最後まで念を押しながらマキシムは部屋を出ていった。後に残されたのは晴と自分。当然気まずかった。
晴。俯いて自分の手元を見ている彼女にそう声をかけようと口を開きかけたとき、彼女が先に言葉を紡いだ。
「千里が無事で本当によかった」
震えていた。晴の声は震えていた。
「晴がいなかったら自分はあの始めの弾丸で死んでいた。だから、今こうして生きているのは晴のおかげ」
「そんなの! そんなの千里は初めての任務だったんだから、そんなの私が庇って当然でしょ。本当なら私一人であの場を押さえないといけなかったのに。任務の前にあんなに大口叩いておきながら何もできなかった。壁を直したのは千里だし、奴らを追い払ったのもアイで。私何もできなかった」
弾丸のような早さで晴の口から沸きだしてくる言葉は彼女の後悔の念。自分にはそれを聞いて受け入れる義務がある。そう思った。晴が言ったことの中に疑問に思うところがあった。確か、自分が塞いだ壁は数個あった内のたったひとつだったはず。なのに、彼女はまるで薄くなっていた壁すべてを修復したのは自分だと思っているようだった。……それは違う。
「晴。自分が直した壁はひとつだけだった」
「え……?」
それに、アイさんがあの仮面の男を追い払ったとは思えない。
「アイさんの容態は?」
「…………」
黙り込んでしまった晴を見つめる。あの後、自分の意識がなくなった後、一体何があったのか、それが知りたかった。
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