第15話 第三の目
何かの小説で第三の目という文章を読んだことがある。その話の中では第三の目というものは第一の目、本来の目と第二の目、嗅覚・聴覚とはまったく別次元のものだというものだった。事実として第三の目があると確認されているわけではないが、それは超人的能力として言い伝えられている。たとえば、雨乞いによって雨を降らす御子の霊力や超能力による透視、そういったものだ。そんなものがあるとは思っていなかったが、こうして魔術師が存在するということは、第三の目の話もなきにしもあらずと言えるだろう。
本の中ではこうも言われていた。第三の目を開眼したくば、目を閉じろと。目を閉じる。それは文字通りのことなのか。分からない。今更だがもう少し真面目に読んでおかえばよかった。目を閉じながらそう思った。ただ閉じただけではだめだということはさすがの自分でも分かる。きっと集中しなければならない。
一体何にどう集中するのかはさっぱりだったが、晴が話していた壁の話を思い出して、彼女に見せてもらったときのことを頭に思い浮かべた。
ちょうどその時だった――
「千里! 伏せて!」
え? と目を開ける暇もなく、頭が強引に引き寄せられて体がガクン、と下へ下がる。頬から地面に叩きつけられた。全身に走る強い衝撃。そのすぐ後発砲音がした。何発、いや……何十発も。同時に聞こえてくるのは金属と金属が弾きあうような音だった。
「大丈夫? 弾当たってないっ?」
弾っていうか、晴が叩きつけた方が重傷なんじゃ。頬っぺたなんて絶対血塗れになって……、あれ? うぅ、とうめき声を上げながら体を起こして、地面に叩きつけられた方の頬を手で触った。血どころか、傷すらついていない?
傍にあった壁面をのぞき込む。そこに写ったのは間抜けな顔で自身の頬に手を当てている自分の顔だった。
「ねぇ! 千里!」
へ? と顔を向けた先には淡い光を放つ刀を振り回して弾丸を弾き飛ばしている晴がいた。え、何。尋常じゃない動きしているんだが。高速で降り注がれる弾丸はそうそう目で追えるようなものじゃない。一度に何十発も浴びせられていたらなおさら。でも彼女はそれをやってのけていた。
「そこは遠すぎるからもっと近くに来て。私の魔術は長丁場向きじゃないからできるだけ早く!」
「あ、ごめ……!」
ちらちらとこちらに顔を向けてこちらの無事を確認した晴。慌てて立ち上がって彼女の後ろに寄る。
「ごめん。やっぱりこのままじゃ持ちこたえられそうにない。移動する!」
「移動? どうやって?」
「こうやって!」
ガルルル――
彼女の口から獣の声がした。手に握っていた刀は消えて、代わりにその手が毛皮で覆われていく。細い腕は太くなり、腰が折れて四つん這いに。彼女が叫び声を上げると圧風が巻き起こり、自分と清を中心にして風の渦ができる。その渦は縦に伸び上がって注がれる弾丸すべてをはじき返していた。
「と、ら……」
傍にいる生き物。それは図鑑の中でしか見たことがなかった"虎"という生き物だった。本当に清、なのか?
その虎は渦の中で呆然と立ち尽くしている自分の首根っこをくわえてその場で踏ん張った。まさか、と思った次の瞬間にはもう、一匹と一人は空高くに舞い上がっていた。銃弾が作り出す閃光が後を追ってくる。
虎は空中を走り回っていた。空を強く蹴って自由自在に。その虎の口元で襟元をくわえられたまま、人形ように大人しく揺られていた自分はだんだんと正気を取り戻してきた。良好になった視界。今自分のできることはないのか。必死で頭を回転させた。
辺りを見回して、銃弾の元を辿って見つけたのはかなりの大きさの銃を抱えた数人の人間。全員が白い仮面をつけていた。その中の一人、一番奥に立っていた奴は銃を持っていなかった。
右目に刀傷、左目元に涙――
目に入ってきた仮面がやけに気になった。その仮面がこちらに向けられた時、弾けるようにして一気に脈打ちだした心臓。……なんだ?この感覚。以前にどこかで?
「っ、うわぁあああああ」
左目に走ったのはマキシムによってこの眼球を作り出されたときに感じた痛み。右手が左目を掻く。左目をえぐりだしてしまう程強く。でも、できない。マキシムによって張られた障壁。そうだ、魔術師は普通の怪我は負わない。
左目が焼けるように熱かった。
――千里。
「……晴?」
女の人の声がした。
――私はエイド。
「なんっ、っ……」
――貴方の目。
「は?」
――復唱して下さい。
目がしゃべるなんてことがあるのか。魔術師の世界だからなんでもありなのかもしれないが。
普通目に口なんてない。まして自分の中にいる目がしゃべりかけてくるなんて。
今ここに血の盟約を交わす。名はエイド。エイドに次ぐ、我の血と肉となって我に力を注ぐことを命じる――
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