第12話 本題
「……どうも」
晴の改まった言い方には意味があった。部屋の中にはあの獅子頭の男、マキシムが後ろ手に手を組んで立っていて、その前の縦長の机と椅子、その椅子にはあの鷲男、アイさんが座ってこちらを見ていた。アイさんは人間の顔だった。
「来たか。千里も一緒か」
「えぇ、今回は千里さんも行きます」
「そうか、じゃあ……」
「はい、そうです。初任務となりますね」
アイさんが言って、マキシムが返して。二人は至極楽しそうに笑っていた。
「晴さん、おかえりなさい」
「マキシム。ただいま!」
「どうでしたか?今回の任務は」
「えーもうアイから聞いているでしょう? いつも通りだよ。雑魚ばっか。いい加減上の奴らが出てきてもいいと思うんだけど」
「えぇ、そうですか。でも、次の任務はきっと刺激的なものになると思いますよ」
「ほんと?」
晴が駆けだしていく。彼女は本当によく動く人だ。その様子を見ながら後ろ手にゆっくりと扉を閉めた。パタン、と小さく鳴った音。その音に振り返ったのはアイさん。彼は耳がいいのか。彼の人の顔、右側には耳がなかった。あまりに自然で見落とすところだった。凝視したときに見つけた。左右のバランスに違和感をもって見つけたことだ。片方しかない耳。彼が無くしたもの。
目があった彼は首をクィッと動かしてこちらへ来いと示す。小さく笑い返して一度頷く。笑ったのは彼が楽しそうに笑っていたから。彼の笑顔もまた自分の苦手なものになりそうだ、そう思いながら足を踏み出す。
長机の中程、アイさんが座っている。その隣に駆け寄った晴が隣に腰掛けてた。二人の向かいに立つマキシムを見ながら、彼の向こう側、隣に腰を下ろす。
「千里さん。目は痛みますか?」
「いいえ。調子はいいですよ」
「そうですか。では成功しましたね」
「成功? ……え、ちょ、ちょっと待って下さい。ということは、失敗する可能性もあったってことですよね?」
「うん。そうだよ」
ケロリとした声で言ってのけた晴を一度見て、マキシムを見る。眉を潜めて。これが狼狽せずにいられるか。そんな話聞いた覚えがないと抗議した。
「言ってしまったら決意するのに余計に時間がかかったでしょうから、そこは私の配慮で省かせて頂きました」
「いやいやいや配慮って言葉そこで使わないですって!」
「千里もういいでしょ、終わったことなんだから。それよりも次の任務! 任務!」
もういい、そう言った晴の興味は完全に自分のことから離れて任務へ向いていた。そもそも彼女の興味が一度でもこちらへ向いたことがあったのかどうかが怪しいが。
「晴、パートナーなんだらもう少し気遣ってやれ」
まさかここでアイさんがかばってくれるとは。内心は驚きで満ちていたが、表情は冷静を保ったまま、アイさんを見て、晴を見て、うんうんと頷く。クスリと笑うマキシムの声が聞こえたけれど今は無視だ無視。
「そういうアイだってあの子のこともう少し「あー悪い千里、俺は援護をやめる」」
「えっ! なんで!」
「はいはいそこまでです。本題に入りますよ」
ごちゃごちゃとしてきて、話が別の話題に変わろうとしてきたとき、それは許しませんよと二回手を叩いたマキシムがこっち三人の返事を待つ暇もなく話を始めた。
懐から取り出した例のペン。それをくるくると回して、おもむろに長机に何かを書き出す。マキシムが書き込んだところが光を発して光の線ができていった。四角形をひとつ。書き始めの頂点へ一周したペン先が戻ってきたとき、四角形の内側が強い光を放ちだした。
「マキシム。お前の素ってほんと反則級だよな」
アイさんはそう言って、空中に浮き上がってきた四角い光を指さす。強い光は徐々に淡い光となって、まるで写真立てののように枠を作り、その中に何かを映し出した。見覚えのあるものだった。
「これ、……もしかして自分の国?」
「えぇ、そうです。これが大日本帝国。千里さんが住んでいる国です」
「今回の任務先って」
「お察しの通り、大日本帝国。その中の倉敷です」
「倉敷? 倉敷って言ったら……自分の住んでいるところですか?」
「そう珍しいことじゃありません。そもそも魔術師が生まれるということはその地域の歪みが大きくなってきているということで、その歪みを作り出しているのが、今我々世界が敵対している組織、"裁きの天秤"なのですから」
「つまり、魔術師が生まれた地域が怪しいから向かうというわけですか?」
「いいえ。怪しいから、それだけではありませんよ。我々は情報を掴まないと動きません。実は先ほど調査に行っていたオッチオさんが戻りまして、確定しました。黒です」
「それで、相手は?」
「裁きの天秤の創始者の直属の部下とだけ」
「ふーん。それじゃあ今までの腹心の腹心の腹心みたいな雑魚とは違うわけね」
「えぇ、ですからくれぐれも気をつけて下さい」
それからマキシムが話したこと。そのうちの半分は理解できた……と思う。残りの半分はちんぷんかんぷん。それはつまり……?と話を掘り下げようとしようものなら、千里は今そこまで理解しなくていいから! と晴が止めに入ってくる。えーでもそれじゃあ聞いていて分からないんだけど。助けて欲しくてアイさんの方を見たら、あからさまに視線を逸らされて、まったく別の方向に顔を向けられてしまった。どうやら、援護できないのは終日の話らしい。
一通り、マキシムと晴の会話が終わったところで、アイさんに外へ行こうと言われた。
「マキシムいいだろ? どうせ聞いていても分からないんだから」
「分かりました。後のことは晴さんに伝えておきます」
ん、と軽い返事を返したアイさんの後ろに続いて部屋を後にした。
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