第11話 改めまして

「アイ、さん?」

「正解だ」


 パンパン、と背中を叩く強め衝撃。先ほどまでの不機嫌そうな顔が一変。とても満足そうに白い歯を見せながら笑ったその鷲男、アイさんは自分の背中を豪快に叩いていた。


「あ、のっ! トイレ、行って、来ても?」

「ん、あぁそうだったのか、悪かったな。行ってこい」


 きっとあの大男からすれば自分なんて小さな男は子供に見えているに違いない。それはマキシムと会ったときに分かっていたことだが、どうも日本人というものはとても小さい人種らしい。


 あーすっきりした。手を洗って前を見たらそこにあった鏡。当然、映るのは自分の姿。左目を覆うように巻かれた包帯。その姿は痛々しく見えた。


「包帯していたのか。目が隠れて見えていないのに気付いていなかった」


 鏡に手を伸ばして左目に触れる。細められた自分の右目を見ながらどうして自分なのだろうかと思った。そんなこと、聞いたところで返事が返ってくるのか。そもそも、誰に聞けばいいのか。ぼんやりとした頭で扉を閉める。確か来たのは右側からだったっけ? 迷わず右を見たら、そこに晴がいた。


「千里!」

「晴。戻って来たのか?」


 笑顔で手を振りながら駆け寄ってきた彼女は首を傾げている。


「任務のこと知ってたの?」

「稽古のときにマキシムが清はアイさんと任務だって言ってた」

「そうそう! アイと行ってたの」

「任務はうまくいった?」

「うん。普通にいつも通り」


 普通って。自分はそれすら分からないんだが。任務ってそもそもどんなものなんだ? と口を開く暇もなく、目を爛々に輝かせた晴が畳みかけるように言ってくる。


「それより、どう? うまくいった? 素に魔術陣入れられた? ねぇねぇ!」

「ちょ、待って待って! うまくいったから落ち着いて!」

「あ、ごめんごめん」

「……なんでそんなに必死?」

「だって私の正式なパートナーは千里でしょ? 早く一緒に任務行きたいんだもの」

「それって、喜んだらいいような感じ?」

「ん?まぁ、少なくとも私は嬉しいよ?」


 にこりと笑った晴。彼女はもう歩けるならいいよね? と言って、自分の後ろに回って背中を押す。抵抗することもなく、押されるがまま足を踏み出してゆっくりと歩き出して、後ろにいる晴に言う。


「どこに連れて行く気?」

「着いてからのお・た・の・し・み!」


 女というのはずるい。晴に会ってからそう思うようになった。それは今まで自分がまともに女の人と接していなかっただからだろうが。とにかく、あの笑顔で押してこられたら自分はもう何も返せない。こういうのを利を生かすっていうんだろうな。


「道覚えた?」

「道って?」


 もう数回は見たことがある大きな大きな扉を見上げる。その横に取り付けられているいわゆる人間サイズ専用の扉に足を向けて歩いた。素直に晴の言うことに従うことにして足を進めるようになってからは清は自分の隣を歩いていた。


「トイレからここまでの道筋だよ」

「まだ曖昧。なんで一面が真っ白なんだか。もう少し分かりやすいようにしてくれたらいいのに」

「何言っているの。ここは私たちの根城なんだから当然でしょ? 早く覚えなきゃ」


 根城だから? 言葉に詰まっていると、さぁさぁとトントントンと足を進めた清が先に扉を開いた。


「ようこそ、世界へ」


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