第10話 大男
こうして目を覚ますのはもう何度目か。ふかふかのベッドの上。それだけでここは自分の部屋ではない、ということが分かる。だとしたらここはきっとあのマキシムの部屋だ。ゆっくりと瞼を開いていく。そこには予想していた通りの風景。コトン、と音がしてゆっくりと顔を動かして音のした方を見た。そこにいたのはマキシムで今日一日は彼の顔しか見ていない事実に気がついて少し気が滅入った。ひと段落したら気分転換に外へ散歩に行こう。
「ようやく目を覚ましましたか。ご気分は?」
「まだ少し頭が痛い」
「では、薬をお渡ししますね」
視線を下に落とすと、マキシムの手には盆が握られており、その上には水と薬とあと食事が用意されていた。
「お腹がお空きでしょう?」
ふんわりと香る香り。炊き立てのご飯に卵に魚。その匂いを嗅いだ瞬間にぐぅ~とお腹が鳴る。「一日寝ていましたからね」とそう言って笑ったマキシムに「ちょっと待って下さい」と言った。
「どうしました?」
「一日寝ていた? ということは、今は……」
「はい、丸一日立ちました。千里さんが倒れたのは昨日のことで、今はちょうどお昼ご飯の時間です」
はっ、と言葉が漏れた。それはマキシムに対して言ったものではない。途方もないものを目の前にして、頭がショート仕掛けたからだと思う。事実、あれだけ食べたいと思っていた食事を目の前にしても箸の進むスピードは遅く。頭の中には今まで教えられてきた事柄が渦巻いて、脳味噌を直接かき回されているような感覚だった。
食事が終わった頃には部屋にマキシムの姿はなく、彼はいつの間にか部屋から出ていったようだった。もしかしたら何かしら会話を交わしたのかもしれないけれど、何も覚えていなかった。盆の上に置かれている水と薬。それを口に含んで飲み込む。
なんだか酷く疲れた。丸一日眠っていたというのに眠い。とても眠かった。落ちてくる瞼。それにあらがうことなく従うことにした。今は別にやらないことがあるわけでもない。だから、もう一眠りしよう。そう思った。
それから、眠っては目覚めて、また眠って。だいぶ体力が戻ってきた頃、ようやくはっきりとしてきた意識で辺りを見回した。
この部屋には時計がなかった。カレンダーも。今は一体何日の何時何分なのか。聞こうにも傍には誰もいない。最悪だった気分もだいぶ良くなった。ふいにトイレに行きたくなった。ベッドから抜け出して出た先。真っ白な壁に挟まれた長い長い廊下を歩いていく。
「トイレ……トイレ……」
「トイレならすぐそこの扉だ」
真後ろから声がした。え? と振り返ったらそこには見知らぬ男がいて、きょとんと見つめてしまった。
「なんだ? お前そっち系の奴か?」
「え?あぁ、いや! え? は? 違います! 違います!」
全力で頭を横に振って、両手まで左右に振ってそれは違いますから! と念を押す。この手の話を許してしまったら度々言われるようになるのが目に見えている。……それにしても。
「だからなんだ?」
「……誰ですか?」
目の前に立つ大男を凝視する。上着なしのスーツに黒いベスト。その下にはサスペンダー。縦ストライプのネクタイ。目は白か灰色か? 瞳が真っ黒だからなんだか変な感じだった。髪色も真っ白で、全身が白と黒のみでできている。
不機嫌そうにこちらを見つめるその男が肩に掛けていた何かの位置をずらすようにして背負い直すとカチャ、と金属音が鳴った。一体何を背負っているのか、後ろにあるものが気になる。
「お――……そうか、悪い悪い」
何か納得したように男はそう言って、うんうんと二回ほどうなづいた。次の瞬間、パッと大男の人の顔が一瞬にして、獣のものに変わっていた。
「っ、!」
……鳥。わ、し……か?
室内で風も吹いていないところに巻き起こった圧風。ビュン、と風が両頬を吹き抜け髪が大きく靡く。ぱちぱちと瞬いて再度見直したけれど、やはりそこには鷲が立っていた。正確には鷲男が。見覚えがあった。
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