第7話 魔法陣

 魔術師はまず自身の素で媒体となるものを作り出す。それを元にして魔術を使用する。使用方法にはおおざっぱに言うと三つのタイプに分けることができる。一つ目、媒介そのものを武器として扱うタイプ。晴がこのタイプに当てはまる。二つ目、素で陣を書くタイプ。三つ目、素に陣を刻み込み、それによって魔術を使用するタイプ。自分はこれに当てはまるらしい。


「いいですか、千里さん。あなたは左目を素の媒介、ファクターとしてそこに書くための陣の勉強をしてもらいます」

「陣、魔法陣という奴ですか?」

「えぇ、まぁ私達は魔術陣と言うのですが。千里さんはそっちの知識をお持ちで……?」

「持っているといいますか、……まぁ、なんですか。その……」

「どうしたのですか?」

「実は仕事がそっち方面でして」

「そっち方面?」

「えぇ、まぁ…………その……、なんと言うか」

「なんです? 急に歯切れ悪くして…」


 一体どうしたのですか? と除き込むように顔を傾けるマキシム。なんとも言いにくいことなので、なかなか言えずに口ごもってしまったが、こちらが口を開くまで動かないという風に両腕を組んで佇んだマキシムを目の当たりにして、ようやく踏ん切りがついた。ゆっくりと口を開く。喉がカラカラだった。


「実家が神社を守っている家系でして……」

「え! そうなんですか。それではお父様が宮司ということで……?」

「ですね。現在は父が宮司をやっています」

「はは、なるほど。それでしたら幼少の頃から魔法陣について聞かされて育ったのでしょうね」

「まぁ、それなりに……という感じですね。正直、実際に効果があるだなんて思っていたのは七、八歳ぐらいまでで、それ以降は馬鹿馬鹿しいとまで思っていましたから」

「いますよね、そういう人。でもまさか宮司の後継者がそうだとは少し驚きです」


 ハハッと笑って返すことしかできない。自分はそっち方面には心底疎い。実際、マキシムやオーイル達の獣の頭を見たうえでも信じることができず。あの晴との戦闘をしてようやく、魔術師だの、なんだのという話を信じる気になったのだ。こんな奴が将来の宮司でいいのか、と言われるのは目に見えている。だから言いたくなかった。


「しかし、誰しも理解できないことというものはあるものですから、まぁそう固く考えずに。……ね?」


 にっこりと細められた獅子の瞳に心を見透かされたような気がした。小さく息を飲み込み、浅い頷きでそれに返す。言葉が出なかった。自分はこの一瞬のやりとりで、マキシムという人物は自分の考えも及ばないほどの長い年月を生きてきたのだろう、とその差を強く感じた。器が違う。


「では、話を戻しまして。触れたことのある魔法陣……いや、魔術陣がどんなものだったか、覚えていますか?」

「……いえ、あまり。というか、陣に名前とかあるんですか?」

「名前? ……んん、名前は個人個人で違うかと思います。共通の名前というものはないですね。例えば円を書いてその中に更に数個円を書く……とか、そいうものだった、とか何かありませんか?」

「あぁ、そうですそうです。大きな丸い円を一つ書いて、その中に……ええっと、確か奇数だった気がします。円を書いて、更に中に何か書いていた気がします」

「奇数……」


 途端に眉間に皺を寄せたマキシムが考え込むようにして黙り込む。自分の記憶を辿りつつ、その行動を静かに見守った。中に書いていたのは、数字だったか……いや、文字。何か……漢字だった気がする。そこまで思い出した時、ようやくマキシムが動き出した。懐から何かを取り出して、おもむろにその場にしゃがみ込む。


「一体何を?」

「思い当たるものがいくつかあるので、再現してみます」

「は、はぁ……再現、ですか?」


 カッ、カッ、カッ、と音が響く。大理石でできた綺麗な床に赤い線が描かれていった。


「あの、その手に持っているものは?」


 滑らかな赤い線を作り出していくその細長いものに目が釘付けとなった。


「あぁ、これは私の素ですよ。私は素で陣を書くタイプなので」


 じゃあ懐から取り出したように見えたのは錯覚で、あの一瞬であれを作り出したというわけか。……なるほど、やはりマキシムは魔術師としても有能だというわけか。いつの間にかマキシムは凄い人なのだという人物像が出来てしまっていたようで、それを裏切らない彼の行動に酷く感心した。

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