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 とにかくこのイカレポンコツが田木博士のでっち上げたけた違いなおもちゃであることは解っている。祐人は来た道を戻り、軍用地へ向かっていた。相も変わらず浅はかな予想であったが、そうすりゃ軍の連中がてめぇの尻はてめぇで拭ってくれるだろうと思ったのだ。幹線五号線は、軍用地へ向かう主要幹線だけに、幅がやたらに広いわりにすいているので、逃げるには好都合でもあった。


 当然ながら、それは追うにもたやすいことを意味する。ジャビズリをマークしたまま超低空を突進してくる大豪傑1号は、並木をへし折り、街灯をひん曲げて、何の躊躇もない。歩道には猛烈な風が巻き起こり、帰途につこうとしていたサラリーマンがかばんで顔をかばいながら何事かと振り向き、OLがまくれ上がるスカートの裾を押さえた。


 たちまち大豪傑1号は、ジャビズリに追いついた。飛行しながら、またしてもそのごつい腕を振り上げる。


 「来るわ!」


 ルーフから後方を見る千世の合図とともに、祐人が急ハンドルを切って別の車線へ入ると、今までいた車線に鉄拳が振り下ろされ、鯉が百匹は泳げそうな巨大な穴ぼこが開く。何かのショウだとでも思っていたのかそれとも報道関係か、大豪傑のすぐ後ろを楽しむように追いかけていた同向車が、この穴ぼこに突っ込んで大破した。


 殴った後は、さすがに大豪傑のスピードは少し鈍る。この間にジャビズリは大豪傑を引き離した。


 「で、何でおれたちはあのでかぶつに追われなくちゃあならないんだ?」


 「でかぶつなんて、言わないでよ!……たぶん、どこかバグがあったんだと思う。だって、ダイゴーケツ1号は悪人しか狙わないはずだもの!」


 「悪人?」


 「そう、犯罪者だけよ。あ、解った、あなた何か悪いことしたでしょう、そうでしょう!」


 「……なるほど」


 祐人にはどういうことなのかよく解った。


 「あたしは、何にも悪いことなんかしてないわ、絶対してない!」


 「したんだよ……」


 豪語する千世に顔を向けることもできず、祐人はぼそりと呟いた。


 再び大豪傑1号が追いついてくる。しょせんジャビズリの馬力ではとても振りきれない。苦虫を噛み潰しつつ、祐人はすぐ先の道沿いのビルの谷間を睨みつけた。


 「荒っぽくやるぞ、顔引っ込めてしっかり掴まってろぉっ!」


 思いっ切りブレーキを踏み込みつつ、急ハンドルを切る。テールを流して回転しながら、空気を吹きつけて走るエアカーの特性で、車体の片側が激しく浮き上がって傾き、下になった側が道路にこすれてがりがりがりと音をたてた。スピードが緩んだところへ、大豪傑1号の腕が振り上げられる。


 「んならぁぁぁぁぁっ!」


 直角に進行方向を変えたところで、ブレーキを離し、アクセルを踏み込むと、車体は斜めのままで、歩道に乗り上げ、そのまま狭いビルの谷間に突っ込んだ。今度は車体の浮き上がった側が、ビルの壁面にこすれてがりがりがりと音をたてる。これぐらい狭い隙間は、さすがに小柄なジャビズリの半身での走行でないと通り抜けられない。大豪傑1号の強烈なフックが、真後ろで歩道の舗装をまくり上げ、ビルの角を粉々に砕いたが、その拳の勢いは、ジャビズリのテールランプには届かなかった。


 祐人はおそるおそるその様子をバックミラーで眺めて、どうにか胸をなで下ろした。ジャビズリはそのまま斜め走行でビルの谷間を抜けて、隣の細い路地に入る。


 「ところで」


 「何?」


 「まさか、これで逃げ切れたわけじゃあないよなぁ?」


 「ダイゴーケツ1号のマーキング能力を甘く見ないでね。一度狙った敵は、ぜぇったいに、逃がさないんだから!」


 鼻息も荒く自信たっぷりに言う千世に、祐人は体中から力を抜けていくのを感じた。


 ジャビズリは、幹線五号線沿いの細い一方通行道を突っ走る。気づくと、大豪傑1号は、既に彼らの後方上空に来ていた。ぼりぼりごりがりがりがりとビル群の屋上を削り、辺りに瓦礫をまき散らしながら追いかけてくるのだ。


 「なんとかならねぇのか!」


 絶叫したのは、今度は祐人の方だった。


 「てめぇが造ったんだろうが!」


 「最高時速をマッハ2にしたのはあたしの責任じゃないわ!耐久性から考えてももっと遅くなくちゃダメってあたしは何度も父さんに主張して……」


 「そういうことを話してんじゃねえっ!あれを何とかしろって言ってんだ!」


 祐人は、ハンドルの向こう側にずらり並ぶ機器、その右端のメーターを、割らんかという勢いでぶん殴った。


 「もうバッテリーがない!このままじゃ逃げ切れないんだ!」


 「そんなこと言われたって、ここには止める手段がないもの」


 「あっさり言うな!どうにかしてくれぇ!」


 ついには懇願口調になったが、


 「あのね、できるものはできるの。できないものはできないの。あせったってわめいたって、どうにもならないわよ。父さんが止める手段を持って駆けつけてくれるまでは、逃げるしかないわ」


 「……あのさ、チセ、生命の危機って感じてる?」


 「あたし、ダイゴーケツのこと信じてるもの」


 大豪傑のことを信じればこそ、千世の命は危ないのだが、祐人は今さら彼女に電波通信法違反について説明する気にはなれなかった。


 だが、そう言っている間にもバッテリーはどんどん減っていき、バッテリー切れを示す赤ランプがせわしなく瞬きはじめる。


 「しかたないなぁ……」


 千世はトートバッグをあさって、中からバズーカ砲のような火器を取り出した。そしてそれを担ぎ上げて、ルーフから体を乗り出した。


 「ちょっと待てぇ! ───今どこから出したって?」


 「うるさいわねぇ、何とかして欲しいのかして欲しくないのか、どっちなのよ?」


 「しかし……」


 今千世が担いでいるバズーカは、そのまま千世の頭が打ち出せそうな太さだ。


 「だいたいこれはバズーカじゃないわ。チャフランチャーよ」


 チャフとは、電波走査を乱反射させて妨害するための金属片である。これを散弾のようにばらまくのがチャフランチャーだ。


 「でも、効果はあまり期待しないでね。距離が短すぎるし、もともとダイゴーケツ1号の追尾能力は伊達じゃないの。とにかくいったんは止まるはずだから、三分くらいは稼げると思うけど……」


 「三分か。なんとかなるかな……」


 大豪傑が追ってくる。千世はランチャーを構えた。


 細い道がやがて再び幹線五号線に合流するところ、ジャビズリが広い車線に出ると、大豪傑にもビル群という障害がなくなり、ぐっと高度を下げてきた。


 「ごめんねダイゴーケツ!」


 千世はその鼻っつらを狙って、引き金を引いた。大した反動もなく、弾はひゅるりと虚空を舞い、すぐに、ジャビズリと大豪傑の中間あたりで破裂して、金属片をまき散らした。


 千世の言ったとおり、大豪傑は、内部の走査システムに混乱をきたし、そこで立ち止まった。その間にジャビズリは大豪傑を引き離した。五号線はやがて繁華街を外れ電気街へとその軒並みを変える。


 と、突然、ジャビズリに併走する一台のエアカーが現れた。先ほど穴ぼこに突っ込んだのと同様の野次馬かと思えば、そのエアカーの運転手は、曽根鉄太だった。


 「テッタさん!」


 助手席の千世が先に気づいて声を挙げた。


 「よう、大変だな」


 目を血走らせながらハンドルを握る祐人を、サングラスを外して、流し目で見ながら鉄太は言った。


 「ひと事だと思って勝手なことぬかしてんじゃねぇ!」


 「ひと事に決まってんじゃねぇかよぅ。へへ、ナワさんの予想がどんぴしゃだ」


 「ナワ?」


 「父さんの助手よ。少なくとも父さんよりは頭が回る人。でも、どうしてナワさんが?」


 「まぁ、醒めた人だから、こんなこったろうと思ったんだろうよ」


 鉄太のエアカーには自動運転機能が付いている。鉄太は運転をコンピュータに任せ、自分は窓から身を乗り出して話を続けた。


 「とにかく、今通信網がイカレてるってことで、ヘリからの落とし文ってな原始的手段で連絡があったんだ。必要そうなところだけつなぎ合わせて読むぜぇ」


 言ってポケットから一枚の紙を取り出した。


 「ロボットが暴走した。原因は、過って攻撃命令を出したことと、同時に過って終了命令を失ったことによる。終了命令は、タギ=チセ嬢の声で登録されているので、我々は新たな命令を登録すべくチセ嬢を捜索中。現在ロボットは電波通信法違反者を追って、五号線を電気街方面へ向かっている」


 ここで初めてチセは自分の過失に気づいて顔を赤らめた。鉄太も一度咳払いして続けた。


 「この違反者はチセ嬢あるいは彼女を同様に捜索中のサノ=ユート君である確率が非常に高いため、事実を確認の上以下の事項を連絡されたし───そりゃそうだ、おれがあの装置渡したんだからよ───チセ嬢に、自分の肉声でもって終了命令を出すよう指示すること。ただし、聴覚センサーが弱いので、拡声器を使用すべし」


 数秒沈黙があった。破ったのは祐人だった。


 「チセ……てめぇ、止める手段がないって、言わなかったか?」


 「えっとその……あたし、声をデータ化しないとだめだと思ってたし、聴覚センサーが弱いことも知ってたしぃ……」


 「いいわけすなっ!」


 鉄太がからからと笑いながら言った。


 「とりあえずおれの店の前に止めなよ。バッテリー換えてやるから」

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