-5-

 どげぇぇぇぇぇぇぇん。


 「ななななななななんだぁ?!」


 公園に、轟音とともに降り立った巨大なロボット。噴水の小便小僧が、ものの見事に踏みつぶされ、水道管が壊れて辺りに水をまき散らす。着地の衝撃を緩和するための逆噴射によって辺りには烈風が巻き起こり、祐人と千世の体に、容赦なく泥の混じった水しぶきを叩きつけた。


 風がおさまり、顔だけはかばっていた腕をどけて、その風を巻き起こした者を見上げたふたりは、一様に口をあんぐりと開けた。


 千世は、そいつが何かよーく知っていた。


 「ダイゴーケツ1号!」


 「なにぃ?! これがさっき言ってた?!」


 「そうよ───でも、何でこんなところに?」


 大豪傑1号の顔が、下を向いた。人の目にあたる部分に埋め込まれた黄色いガラス体と、その奥のセンサーが、祐人と、千世の姿をとらえた。


 目がきらーんと光り、右ひじが、引き上げられた。


 「あぶねぇっ!」


 先に動いたのは、祐人だった。千世の細い手首をひっつかみ、慌ててその場から走り出す。


 次の瞬間、大豪傑1号は、ついぞ今までふたりがぼーっと立っていた地面を、フルパワーで殴りつけた。


 地震のありえないコロニーの人工地盤を、未曾有の震動が襲った。とても立っておられず、祐人と千世はもつれて前のめりに転んでしまった。起き上がり振り向くと、そこには巨大な穴があった。地盤を通り抜け、コロニーの基部らしい金属板が、その底で街灯の光を浴びてゆがんだ光を発していた。


 大豪傑1号は身を起こし、まだへたり込んでいるふたりの方へ向き直ると、再び腕を振り上げる。


 「どうして……? どうしてなの?」


 「どうしてもこうしてもあるか! 逃げるぞ!」


 「───きゃんっ!」


 祐人は、まだ呆然としている千世を今度はすくい上げるようにしてひっ抱えると、全力疾走で走り出した。再び誰もいなくなった地面を殴りつける大豪傑1号、その震動もどうにか転ばずに耐えて祐人は走り続けた。


 「ちょっと、やめてよ、離してよぅ!」


 千世が暴れるのもかまわず、芝生を踏み越え、潅木をかきわけて、公園を出る。路上に止めてあったジャビズリに飛び乗って、助手席に千世を押し込むと、ドアを閉める間もあらばこそ、キーをひねってアクセルを踏み込んだ。


 ジャビズリが動き出し、やれこれで安心かと汗を拭いつつ、祐人はふとバックミラーを見た。見て唖然とした。


 「冗談だろ……?」


 大豪傑1号は無論そこであきらめるようにはプログラムされていなかった。超低空で空気を裂きうなりを上げて飛びながら、その巨体はジャビズリの追撃を始めたのである。祐人は青くなって、もはや前だけを見ながら、さらに強くアクセルを踏んだ。


 一方、ようやく平静を取り戻した千世は、ルーフを開け体を乗り出して、後方から迫り来る大豪傑を見つめた。


 「どうしちゃったの、ダイゴーケツ1号……?」


 そして千世は絶叫した。


 「あたしは、あなたをそんな子に育てた覚えはないわーーーーーっ!」


 ───女性技術者のメカに対する認識は、およそこうなっちゃうもんなのである。




 「間に合わんかったか……」


 田木博士は、軍用高速ヘリを飛ばして商業区上空へ来て、眼下の光景を見つめていた。コロニー内壁の緩やかに湾曲するイルミネーションが美しいが、そんなものを楽しんでいる場合ではない。


 「あの探偵、任せろとか言っておいて……」


 「なにをぶつぶついっちょるかぁぁぁぁぁ」


 不機嫌そうにひとりごちる田木に、同乗していた少将が襟元をふんづかまえてくってかかった。


 「はははははやく止めろ! ああああいつはこここコロニーをごりぐりごりがり」


 泡を吹き唾を散らしながらわめきたてる少将から顔をそらして、田木は名和に話しかけた。名和は、脇で小型のコンピュータをいじっていた。


 「ナワくん、状況はどうなっとる?」


 「ダイゴーケツは現在幹線五号線を軍用地方面に進んでいます。どうやらその前方を電波通信法違反者が走っていて、それを追っているようです」


 それは、ヘリから地上を眺めれば、田木の目にも映ることだった。ビルの谷間を縫うように飛ぶ大豪傑の姿は見えなくとも、その後方は街灯がへし折られ消えてしまうので、少しだけ暗くなるから解る。コロニーの内壁を、まるで線を引くように、闇が進んでいた。


 「ええい!」


 またしても興奮のあまり襟を掴んだまま失神してしまった少将を払いのけて、なお田木博士の憤懣はやるかたない。


 「チセもチセだ、いったいどこをほっつき歩いとる!」


 「電話局のシステムがダウンしてるそうです。これじゃあ、チセさんもユートさんもどうやったって連絡がつけられませんよ」


 ディスプレイに、三次元で表示される市街地の上を、周辺状況のデータが次から次に駆け抜けていく。揺れるヘリの中でそれを的確に読みとりながら、名和は表情ひとつ変えずに報告を続けた。


 「それにしてもまずいです」


 「何がまずいって?」


 「もしチセさんが見つかって、新しい音声データが得られたとしても、それを現在の制限された聴覚センサーに届かせるためには、相当接近しないと……」


 「相当って、どれくらい?具体的数値で言え!」


 「それを今計算してるんです」


 名和の指が、ぺんと最後のキーを叩く。


 「えっと……肉声で、ざっと五メートルです」


 「五メートルだと?」


 「えぇ」


 「ダイゴーケツ1号の身長は知っとるな?」


 「十二メートルです」


 「聴覚センサーのある位置も知っとるな?」


 「耳です。人間でいうところの、耳の位置に」


 もちろん、この位置にセンサーを取りつけるように設計したのは、田木の独断である。


 「まぁ、今まさに壊されようとしているビルの屋上にでもいない限り、聞かせるのは無理でしょう」


 「んなところにチセがおるか!」


 「だから早くチセさんを捜さないと。このヘリからなら、接近してさらに拡声器が使えますからね。けど───」


 「けど、何だ?」


 「そのですね……コロニーの中で電話局をダウンさせるほどの強力な電波を、繁華街のど真ん中、それも公園の中からぶちかます人間なんてのは……ねぇ。なんか想像つきません?」


 「科学者たるもの想像でものを語ってはならん」


 「さいですか、あぁ、さいですか」


 名和は田木に自分の予測を説明することをあきらめて、田木がまた外を眺めている間に、ヘリのパイロットに次に向かうべき場所を指示した。それは、逃亡する黄色い車を、先回りするように───。

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