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ここらにオフィスが構えられれば、もう少しまともな事件が扱えるものを。祐人はそう思わずにはいられない。しかし、この辺りは競争が激しい。次から次に新しい事務所ができては、三ヶ月でつぶれていく状態だ。下手をすると事件より探偵の数の方が多いかもしれぬ。
それとも私立探偵などやめた方がいいのだろうか。
繁華街のさなか、幹線五号線を少しそれたところにある小さな公園。もう、コロニー内の拡散光源が作る空は、朱に染まり始めていた。祐人が、半信半疑で怪電波発信装置のスイッチを入れ、寒さにコートの襟を立てて鬱々とベンチに座り込んでから十五分、送り出した怪電波に本当に召喚されてしまった千世の第一声はこうだった。
「あれ? 芝刈り屋さん、こんなところで何を?」
「だぁれが芝刈り屋かぁ!」
確かに田木家に芝刈りに行ったことはあるが、その姿を千世に見られていたとは、つゆも気づいていなかった。
「それよりそれよりぃ、ここらで妙な雰囲気の人見ませんでした?
千世が、ベンチに座る祐人に、体をかぶせるように話しかけてきた。
均整の取れたからだつきといい、それのよく解る、パステルピンク基調の薄手のパーカにパンツルックといい、写真より実物の方がよほどかわいいのに。
「……これのことだろ?」
祐人はひとつため息をついて立ち上がり、コートのポケットから装置を出して、千世の胸元に投げ込んだ。受け取ったとたん、千世は顔を赤くしたり青くしたり、さながら壊れた信号といった按配でうめいた。
「自分で造った機械に引っかかるなんて……!」
祐人は、拳をふるふると震わせて悔しがる千世を無視して、続けざまに携帯電話を渡した。とっとと、仕事を終わらせたかった。
「それよりも、はやいとこそいつで親父さんに連絡してくれ」
「父さんに?」
「あんたを捜してくるように頼まれたんだよ。言っておくがおれは芝刈り屋じゃなくて、私立探偵だからな!」
「ふぅん……確か今日はダイゴーケツのテストするっていってたけど……」
「さぁ、早く。なんだか知らんが、大至急と言っていたぞ」
「何かトラブったのかしら」
これ嫌いなのよね、とぐちりながら、千世は携帯電話のボタンを続けざまに押した。
「ところでさっきの、ダイゴーケツってのは何だ?」
「大きなロボット。父さんの夢なのよ」
「大きなロボットって、どこにでもあるだろ」
「あれは、普通のロボットとはすこぅし違うのよね」
その「すこぅし」は、おそらく「だいぶ」か「とてつもなく」の間違いだろうと、祐人は思った。ネーミングからしてもまともなものとはとうてい思われない。
ともあれ、これで祐人の仕事は終わる、はずだった。
ところが───。
「あたしもだいぶ製作手伝ったのよ。デザインはお父さんの好みだからちょっと変だけど、───ねぇ、この電話つながらないわよ」
「……え?」
「ノイズしか、しないわ」
「なにぃ?」
「ちょっと中見せてね」
千世は例のトートバッグから工具箱を取り出すと、さらにそこからドライバーを取り出して、携帯電話の裏ブタをこじ開けた。
「うーんと……」
もう、だいぶ手元が暗くなっていた。ちょうどいいタイミングで、ベンチの上の街灯が点った。千世は、祐人にはてんで見当もつかない類の機械を取り出して何やらごちゃごちゃやっていたが、
「変だな、どこもおかしくないのに……あなた、何か変なことしたんじゃないの?」
「おれにゃあ電子回路なんか……」
祐人が反駁しかけたところに、公園脇の道路を、広報車がこうわめきながら通り過ぎていった。
───住民のみなさまにお知らせします。ただいま、電話局のシステムがダウンし、電話がつながらない状態になっております。復旧まで今しばらくお待ちください。なお、原因は現在調査中ですが、強力な違法電波を受けたためとみられます。みなさん、電波通信法を守りましょう。繰り返します……。
「博士、大変です!」
名和が叫んだ。
「どうした、ナワくん!」
「ダイゴーケツ1号が動きました!」
「なんだとぉ! なぜだぁ!」
「これはやられましたね……視覚も聴覚も制限された現状のセンサーが、距離があっても検知できる唯一の違法行為を引っかけちゃったんですよ。つまり……電波通信法違反です」
狭いコロニーの中では、不要な電波は各種の重要な制御システムに影響を与える恐れがある。すなわち電波通信法違反は、重罪である、が、政治家の汚職のようなもので、ほとんど建て前だ。軍の連中は許可もなく実験と称して違法電波をまき散らすことに何のためらいもない。
だが名和は首をひねった。特定された違法電波の発信地点は、軍用地でも電気街でも、まして人の住んでいる場所でもなく、繁華街のビルの谷間にある公園の中だったのである。そして大豪傑1号は、正義の使命に燃えて、その公園へとフルスピードで直行していた。
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