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 祐人は、送られてきたもうひとつの資料、「チセの立ち寄りそうな場所リスト」を見て、引き受けたのは失敗だったと即座に後悔した。


 なぜかような美少女があんな頭でっかちのくそ親父とともに暮らしているのか、どう考えても別れた奥方の方が生活能力がありそうなものを、という疑問が氷解したからである。


 普通、女子高生の立ち寄りそうな場所というなら、ブティック・甘味屋・ライブハウス・図書館といったところが挙げられるだろう。だが、そのリストには、すっかり顔馴染みになってしまった、電気街のジャンク屋の名前がずらりと並んでいたのだ。まさしく、この父にしてこの娘ありである。


 電送写真ももう一度眺めてみる。ほっそりとした愛らしい顔のライン、だが、眼鏡のレンズの向こう側だけ、異常なまでに内側にブレている。父親に負けない超のつくど近眼らしい。


 常日頃この父娘おやこがどういう生活を送っているのか、何となく理解できた。まぁ、歳が浅い分、あの父親よりは御しやすいだろうが───頼まれたって手を出すものかと誓いつつ、祐人は、それでも糊のきいた服装に、常々きちんと手入れしている革のロングコートを羽織って、黄色いカラーリングの愛車ジャビズリに乗り込むと、早速商業区に向かった。


 ジャビズリは、エアカーの商品名である。エアカーは、コロニー内の主要交通機関で、正式名称は空気浮上式車両、車両といっても車輪はなく、バッテリーで駆動する。丸っこいフォルムが親しまれているジャビズリはふたり乗りの小型車で、パワーもスピードもないが小回りだけはやたら利く。


 商業区は、宇宙港を中心に形成されている。宇宙港から軍用地へ向かう幹線五号線の中間、商業区からみるとかなり外れた辺りに、電気街がある。高低様々なビルが建ち並び、その中にも外にも、出自も知れない連中が軒を連ねて、軍の横流し品や違法改造パーツや淫猥な画像データを売り買いしていた。


 祐人はまずここでジャビズリを止めた。それから、五号線沿いの、スーパーさくらでは相当高い部類に入るビルの真下で屋台を組んでいる、一軒のジャンク屋に足を踏み入れた。


 「タギ=チセ? あぁ、チセちゃんね。さぁ、最近は来てねぇよ? ───それにしてもユートさん、あんたチセちゃんのこと知ってたの?」


 最近は祐人の情報網のひとつとして役立ってくれるようになった、ドレッドヘアのジャンク屋曽根鉄太ソネ・テッタは、サングラスを外して祐人の差し出した写真をあらためながら言った。サングラスの下は、日に焼けたサーファーのようななかなかの色男だが、彼は電波以外の波には乗らない。


 「博士が捜してるの? へぇ。あのおっさんが娘のこと気にかけるなんて、珍しいこともあるもんだね」


 「で、今どこにいるか知らないか?」


 「家にもここらにもいないんなら、商業区しか考えられないけどね。となると、顔写真だけで捜すのは無謀だよ。チセちゃんはケータイ使わない人だから、連絡がつかないってのも本当だろうし……。ちょっと待って」


 鉄太は、店の奥に引っ込んで、アンテナのついたカードラジオのようなものを持ってきた。


 「見つからないなら呼び出すのが早道だ。これを持っていきなよ」


 「何だ、これは?」


 祐人が尋ねると、眉ひとつ動かさずに鉄太は言った。


 「怪電波発信装置だとさ」


 「……テッタ……どこがどう『怪』なのか、とっくり聞かせてもらおうか」


 祐人は眉間にしわを寄せて詰め寄ると、


 「造った本人に訊いてくれ。おれは知らねぇよ」


 「?」


 「そいつはチセちゃんの製品だよ。スイッチを入れるとまったくイレギュラーな電波が流れ出す。……チセちゃんはプライベートでもその手の傍受アンテナは伸ばしてるから、たぶん気づいてくれると思うよ」


 「……」


 返す言葉もない。携帯電話を持っていないのに怪電波受信装置は常に持ち歩く女子高生。そんなプライベートには金輪際関わりたくないと思っていたのに、今回ばっかりは自分から首を突っ込まなくてはならない。祐人はあまりのありがたさに涙を流しながら、怪電波発信装置を受け取った。




 その頃当の田木千世は、商業区のど真ん中、宇宙港から延びる大通り沿いのパーラーで、友人の美沙とともにパフェをつっついていた。


 つきあいが嫌いというわけではないし、異性に興味がないわけではない。けれど、とにかくこの馬鹿っ話には閉口させられる。何でこんな生産性のない会話に、あたら短い青春を費やせるのだか。目の前の男の髪が何色だったってどうでもいいじゃないか。色素の組成を調べているわけでもあるまいに……。


 話題はいつものように、唐突に切り替わった。


 「そういえばさ、ユカの彼が超馬鹿でぇー、ダイヤモンドが燃えるなんていうのよー」


 どっちが馬鹿だ。


 「ミサ……それ、合ってるわよ」


 「え、ダイヤって燃えるの?」


 燃えるに決まってるでしょう、常識よ、と言いかけてやめた。千世の感覚では確実に常識の域内にある事象は、こういう会話の中では九割方次元を超越してしまうから不思議だ。


 「でもさ、でもさ、それがジュエリーショップで言うセリフだと思う?ユカねー、もうカンカンで、絶対別れるって」


 「買ってもらうたってどうせ安物でしょ? ダイヤだってピンキリなのに」


 だいたい、千世は甘いものが苦手なのだ。つきあいとはいえこんなに大きなチョコパフェを頼むんじゃなかった。今はもう、クリームではなくスプーンをなめながら、窓の外を眺めて、気のない会話を続けていた。


 と、千世の持っていたトートバッグの中から、ぴぴぴぴ、と電子音がした。


 千世ははっとした。カウンターの上で、誰に向けるともなく歌番組を垂れ流していたテレビを見ると、異常なノイズが走っている。


 「ミサ、ちょっとごめん!」


 町に出るにはちょっと大きすぎる、万引き用かと思われかねないトートバッグをあさって、中から奇怪な形状のアンテナとノートパソコンをつなげたものを取り出した。眼鏡の向こうの瞳は真剣だ。キーボードの上を素早く指先が躍る。


 「───何してるの?」


 その突然の行動に呆然と口を開けていた美沙が、ようやく声を出した頃、


 「逆探成功!」


 千世はそう叫んでノートパソコンのふたをばんと閉め、すべてを再びトートバッグの中に放り込むと、席を立った。


 「ごめんミサ、急用!」


 「えーーーーっ? ちょっと待ちなさいよチセ! チセったら!」


 「パフェ代、貸しといて! ごめんね!」


 怪電波! 怪電波! こんな市街地で! うきうき。


 美沙に軽く手を合わせてから、パーラーをだっと飛び出し、千世は子犬のように足どりを弾ませて駆けていった。

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